参加作品

01:カミングアウト

 黒く重苦しいおかっぱ頭の白上さんは、クラスに友達がいない。

 病弱らしく体育は見学、性格はおとなしいというか、暗い。

 そんな状況で、遠足の日を迎えた。


「白上さん、うちの班においでよ」


 そんな白上さんに救いの手を差し伸べたのは学級委員長の女子、黒杉さん。

 黒杉さんは俺の顔を見て目配せをする。

 何か言えってことなのか。


「……黒杉さんもこう言ってるから、入りなよ」


 結局俺は、黒杉さんの名前を借りて声をかけた。


 秋の遠足は、バスで移動する。

 一塊に座った車内、委員長は白上さんに話しかけていた。

 俺は、窓に流れる景色をぼんやりと眺めていた。


「もう着くぞー、準備しろー」


 明らかに頭髪に違和感がある担任教師が、パンパンと手を叩いた。

 バスが着いたのは、レジャー施設を兼ねた牧場だった。

 配られたパンフレットを開くと、乗馬体験とか乳搾り体験とか小動物とのふれあいエサやり体験とか、あまり興味のないイベントが羅列されて いる。

 俺は簡略化された施設内マップを眺めて、落ち着ける場所を探す。

 団体行動が苦手な俺は、この遠足という行事をやり過ごすことに決めたのだ。


「委員長、俺はこの休憩所にいるから」


 施設内マップを指差して、俺は委員長の顔を見る。


「え、でも、班行動……」

「班に誘ってくれたことは感謝してる。けど、苦手なんだよ」

「……わかりました。もしもそこから移動する時は、連絡くださいね」


 理解があるのか諦めなのか、委員長は俺の単独行動を許可してくれた。

 休憩所の自販機で買った飲み物を飲みながら、読みかけの文庫本を開く。

 平和だな。

 時折空を眺めると、遠くに筋雲が流れていた。

 今日は、暑くも寒くもない。

 風は穏やかだし、自然の中でこうやって過ごすのも悪くない。

 そう思っていたのだが、甘かった。


 頭髪に違和感がある担任と委員長が、俺のいる休憩所にやって来た。

 怒られるのかと身構えた俺に、思わぬ言葉がかけられた。


「白上がバス酔いしたらしい。おまえ、ここにいるなら看てやってくれ」

「頼みますね」


 なるほど。

 タダでは自由にさせてもらえない、か。

 担任教師は白上さんを俺の向かいに座らせて、不自然な頭髪を恐る恐るかきあげる。

 やめときなって。ズレたらバレるぞ。


 白上さんと二人きりで残された俺は、困ってしまう。

 話題がないのだ。

 とりあえず自販機でペットボトルの紅茶を買って、白上さんの前に置く。


「え……」


 不思議そうな顔で俺を見上げる白上さんに、思わずドキッとする。

 女子の上目遣いって、破壊力高いな。


「俺だけ飲んでるのが嫌だったから」

「……ありがとう、ございます」


 ぶっきらぼうに説明すると、白上さんは頭を下げてくる。

 ……なんだ、この違和感。


「あの」


 突然、白上さんが話しかけてくる。

 首だけ向けると、白上さんは俯いていた。


「私、変、ですか」

「どうして」

「な、なんでもありません」


……意味がわからない。

しかし、話のきっかけは見つかった。


「変といえば、担任の亀有先生だろ」

「それはいったい……」

「あの先生、カツラ疑惑がある」


 疑惑ではない。ほぼ確定だ。

 雨の降り始めに気づくのが遅かったり、夏は頭頂部に陽炎が立っていたり。

 すべて伝聞だが、クラス全体の共通認識でもある。


「カツラ、ですか」

「ああ。まあ、カツラは本人の自由だから何とも思わないけどな」


 だったらなぜその話をしたんだ、と脳内でセルフツッコミをしながら白上さんを見る。

 しかし、白上さんは無言で俯いていた。

 会話も途切れ、俺はそれ以上の話題を見つけられない。

 文庫本を開いても目は字面の上を滑るだけ。

 気まずい時間が流れた。


「……カツラ、何とも思わないんですか」

「まあ、本人の自由意思だからな」


 それでコンプレックスが解消できるなら、俺は構わないと思う。


「ちょっと、こちらに来てください」

「え、あ、おい」


 白上さんは俺の手首を掴んで引っ張る。そしてその勢いのまま、俺は休憩所に併設されたトイレの影に連れて行かれた。


「笑いませんか」

「え、どういう」


 ドキドキしていた。

 こんなふうに女子に腕を引っ張られるなんて、初めてだった。


「笑いませんか」

「笑わない、けど」


 俺が言うと、白上さんは自分の髪に手を置いて。


「私も、カツラ、なんです」


 黒い髪を取り去った白上さんの長い髪は、白髪はくはつ、いや銀髪に近い。

 風に揺れる白上さんの銀髪は、柔らかく踊る。


「私、色素が薄いんです」


 白上さんは、語ってくれた。

 昔、銀髪のせいで仲間外れにされたこと。

 黒髪に憧れていること。

 滔々と語る白上さんは、他人に興味がない俺が綺麗と思うほどだった。

 だから俺は。


「白上さんの髪は、綺麗だ。天使みたいに」


 およそ俺らしくない言葉を口走っていた。


「……ありがとうございます。みんなそう思ってくれたら、いいんですけどね」


そう言って微笑む白上さんは、本当に天使に見えた。

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