宝石は泳ぐ
「あの……先生。私、さっきからドキドキが止まらないのですが……」
お屋敷を出てからずっと、袋を抱きかかえながら周囲をキョロキョロしているシャロンを見ながら、セシルは呆れたように言いました。
「あのさ、シャロン。それ明らかに『襲ってください』って言ってるから止めたほうがいいよ。私がスリなら一日あなたをつけまわすもん。いくらここが首都で人が多くても、めちゃ目立ってるって」
「へえ! そうなんですか!? いやいやいや!」
そう言って私の背中にくっついて来るシャロン。
私はクスクス笑いながら振り向きました。
「大丈夫ですよ。自分で言うのも何ですが、私とセシル・ライトが居るのですから、不安がる必要はありません」
「はいい……失礼しました。うろたえちゃって」
「しかし、あの男爵。ここまでド派手に報酬くれるとは思わなかったね。私たち一人一人にこんな……宝石を」
そう言うと、セシルは両手で抱えている大きな皮袋を見ました。
この多量の宝石。
一週間前にカリン先生から、魔法使いの里を通してもたらされた依頼の報酬。
とある男爵家の奥様が突然床に伏せてしまい一月もの間目覚めなかったのですが、それが里を追い出された魔法使いによる呪いであると知った私たちは、その方を懲らしめて奥様を呪いから開放しました。
それに対し、男爵は大層喜んでくださり、当初聞いていた成功報酬の数倍の宝石を下さったのです。
ありがたや……
「そのくらい奥様を愛していたのでしょう。麗しき愛情ですね。私もいつかそのような殿方とめぐり合いたいものです」
「だったらケルベリオンを気まぐれに呼び出して、遊んでるの何とかしなよ。せっかくの殿方、奴に食われるよ」
「そんな意地悪言わないでくださいな。ケルベリオンは大人しい子だからそんな事しませんよ」
「……まあ、いいや。ところでこの宝石、置いとける所あるの? 首都の銀行に預けとけば良かったんじゃない?」
「う~ん、あまり人ごみの中に来るのは好まないのです」
「じゃあ先生、私が使いとして行きますよ」
「いいえシャロン。あなたに万一の事があったら大変です。セシルの言うとおり宝石を狙う乱暴なスリは多いですから」
「先生……感謝します」
「それに、この色とりどりの宝石を見てたら……ちょっとアイデアが浮かびまして」
「んん~? 何、またひょっとして……あれ?」
「はい。最近ますます暑くなって、夏も長いですよね。ちょっと我が小屋にも涼を追加したくなったのです」
●○●○●○●○●○●○●○●○
「いつの間にこんなでっかい池を……」
セシルは小屋の隣に「どん」と出来ている池をポカンと見ています。
「はい。仲良くさせていただいてる猟師さんたちが作ってくれたのです。『色々助けてもらったお礼だよ。ちっとは涼しくなるだろ?』と。感謝感謝ですが、せっかくのご好意。さらに有効活用できればと」
「でも……この池に何を……」
「ふふっ、シャロン。それは見てのお楽しみです」
そう言うと、私は自分の抱えている袋の中からジャラジャラと宝石を取り出して、布の上に並べました。
そしてそれを見ながら「変換の魔法」を詠唱し始めます。
「我が目に映る万物よ。七つの鍵にて開く扉より、仮初めの姿を示せ」
そうして現れた私の可愛い「変換の繭」
それをそっと宝石の周囲に広げます。
すると……
「ぴちぴち!」と、何かが跳ねる音が聞こえます。
むむっ、いきなり上手く行ったようです。
「さて、シャロン。繭を割ってください」
「へええ……先生、これって……まさか……」
そう言いながらシャロンが繭を棒でコツンと叩くと、繭が小気味宵音を立ててパカッと割れ、中から赤や青、緑の宝石が鱗や目になっている魚が一匹、元気に跳ねています。
私は急いでお魚さんを抱えると、池にポイッと入れました。
すると、お魚さんは嬉しそうに泳ぎだしました。
「ふむ、大成功ですね。名づけて『宝石魚』への変換は」
「宝石魚って……エミリア・ロー。なんたる贅沢の極み……」
「私たちはそんなに沢山の財は必要ありません。で、あればこうして人の目や心を豊かにする方が遥かに有用と言うもの」
「うわあ……綺麗。光に反射して、透き通ってる……夢の世界みたい」
「シャロン、気に入っていただきましたか? あなた、前に市場のお魚を見て、綺麗だと言ってたので、それが頭にあったのです」
「先生……」
「で、でもさ……せっかくの謝礼を……上手く使えば二人とも一生大金持ちじゃん」
「シャロンやセシル、それに山や町に住む皆さんが居ます。日々、穏やかに暮らして飢える事もない。そんな最高の贅沢を日々させていただいてるのに、バチ当たりますよ。さて、一匹だとこの子も寂しいでしょうし……」
私は他の宝石もどんどん並べていきましたが、思ったよりも一匹あたりに宝石を沢山使うので、三匹目で私の分は底を突いてしまいました。
あらら……
「では先生。私の分もお使い下さい。全部はなんですから、半分ほど……」
「……じゃあ私のもね。めちゃ綺麗じゃん。せっかくだから宝石魚でこの池、一杯にしようよ」
そう言ってシャロンとセシルがどんどん宝石を並べてくれました。
……よし、張り切っちゃいますか!
そしてしばらくすると、様々な色の宝石で出来た魚たちや、カニさん、ついでに海草なんかも宝石から変換し、池も澄んだ美しい光で溢れるように……
それはステンドグラスを水中に……いいえ、そんな言葉では言いあらわせられないような色彩の世界でした。
厳かで暖かくて、きらびやか……
「水の中に入れると、めちゃ綺麗だね……光の反射で」
「凄い……ずっと見てられるかも」
「ふむ、これはもしかしたら海とかでやったら一緒に泳げるかも……あ、でもうっかり宝石魚さんが漁師さんに捕まったら大変」
「だったら前にやってた『泡の中に入って池の中』ってのはどう? それなら宝石魚たちを目の前で見れるじゃん」
「確かに! 冴えてますねセシル。この池はいささか小ぶりなので、後日森の奥の大きな泉で……」
それから私たちは、池の傍でお昼を食べながらその計画を話していました。
綺麗な魚たちと美味しい料理に、私たちは暑さも忘れて楽しい一時を過ごしました。
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