episode.18

「サンス・エクルースよ、これはどういった訳か、きっちり説明してもらおうか?」


陛下の冷徹な声に、お父様はすくみ上がり真っ青になっていた。


そのお父様の隣からお継母様がいきなり荒げた声を上げる。


「陛下っ!その娘は恐れ多くも陛下を謀っておりますっ!

その娘は我が家の厄介者に過ぎませんっ!

エクルース伯爵だなどと、何かの間違いでございますっ!」


お継母様は口元を痙攣させてそう言うと、キッと私を睨み付けた。

だけどその瞳の奥に焦りがありありと浮かんでいる。


もしかして、お継母様は……。

私は自分の考えが正しいか知る為に、黙って様子を見る事にした。


「そうですわっ!エクルース家の正統な後継者はこの私ですっ!

何故そんな女に伯爵位を与えるのですかっ!

何もかもが間違ってるっ!

こんなの不正だわっ!そいつは皆を騙してるっ!

ペテン師ですっ!犯罪者だわっ!」


お姉様もお継母様同様、荒げた声を上げたけれど、こちらは瞳に揺るぎがなく、自分の言っている事に確固たる自信を持っているようだった。


……やっぱり。

私は2人の瞳の奥をジッと見つめ、自分の考えに確信を持った。



「陛下の許しもなく勝手に発言するとはっ!

不敬極まりないっ!」


2人を押さえている近衛騎士が再びその頭を押さえつけると、陛下がそれを無言で手で制した。


それに近衛騎士は頭を下げ、2人を押さえる手を少し緩める。


「ふむ、テレーゼの爵位継承がペテンとな?

そこの娘、面白い事を言うのぉ。

では、何故ペテンなのか申してみよ」


薄らと笑う陛下にお姉様は険しい表情を緩め、そしてまるで媚びるように陛下を見上げた。


「陛下、私の話に耳を傾けて下さりありがとうございます。

私はエクルース伯爵家の長女です。

ですから、私が伯爵家の後継者なのです。

その娘はお父様の前妻の娘ですが、私よりも年下ですし、それにお父様に愛されているのは私1人。

お父様は伯爵位をいずれ私の夫になる人に譲ると言っています。

だから、その女が陛下に言った事は全て嘘ですっ!

陛下はその女に騙されていますわっ!」


勝ち誇ったようにそう言うお姉様に、陛下は弾かれたように笑い出した。


「あっはっはっはっ!そうかそうか、なるほどのぉっ!

そう親に言われておったのだろうが、そなたの父親が誰かに譲れる爵位など存在せんぞ?」


ニヤニヤと笑う陛下に、お姉様は不敬にも小馬鹿にしたような笑いを口元に浮かべた。


「何を仰います、お父様はエクルース伯爵ですよ?

ですから私が伯爵位を頂く予定ですわ」


わざと丁寧に言い聞かせるような不敬なその態度にも、陛下は顔色一つ変えずに、悠然と微笑んでいた。


「……ほぅ?そのような事は初めて聞いたのぉ。

サンス・エクルースよ、おぬしはいつからエクルース伯爵になったのだ?」


陛下は一瞬でその顔から笑みを消し、ギロリとお父様を睨んだ。

その風格ある厳しい雰囲気に、お父様はますます縮み上がり、ガタガタと震え始める。


「あ……いえ、私は……そのような事は……」


しどろもどろに小声で呟くお父様。

その隣でお継母様も真っ青な顔で下を向いてしまった。


その2人の様子にお姉様はその顔から徐々に余裕を無くしていく。


「お父様、はっきりと仰って下さい。

お父様がエクルース伯爵だという事は当然の事実ではありませんかっ!

どうしてさっきから、そんな当たり前の事が伝わらないのよっ!

お母様っ!私がエクルース家の後継者だから、どんな貴族の息子でも選び放題だと仰ったでしょっ!

王族にだって嫁げると言ったじゃないっ!」


焦ったように声を荒げるお姉様に、お父様がバッと顔を上げた。


「うるさいっ!黙らんかっ!」


お父様がお姉様を怒鳴るところなど初めて見た。


お姉様はショックを受けた顔で、目を見開いてお父様を見つめている。


「さて、そこの娘。随分と勘違いしておるようだが、そちの父親、サンス・エクルースには爵位など無い。

エクルース伯爵とは、その男の亡妻セレンスティア・エクルースの事であり、また、そのセレンスティアの唯一の実子、テレーゼ・エクルースの事だ。

その男は運良くエクルース家に婿入りしただけの男だぞ?」


陛下の楽しげなその言葉に、お姉様はますます目を見開き、その顔色がどんどんと悪くなっていく。


「なっ、そんな訳っ、そんなっ!

そんなの嘘よっ!お父様っ、嘘ですよねっ!

ちゃんと嘘だとこの場で言ってくださいっ!」


お父様に向かってお姉様が金切り声を上げると、お父様がそのお姉様に真っ赤な顔で怒鳴り返した。


「いい加減にしないかっ!フランシーヌッ!」


目を尖らせ身体を震わせながら激昂するお父様に、お姉様はビクッと跳ねて、その場に固まってしまった。


その場に一瞬の静寂が流れ、ややしてお姉様が力無くボソリと呟く。


「じゃあ一体、お父様は何なの?」


その呟きに、お父様は顔を俯かせ、お姉様を見ようともしない。


そのお父様の代わりに陛下が、顎に手をやりお姉様に向かって答えた。


「ふむ、その男は前エクルース伯爵の夫、またはエクルース伯爵の父じゃな。

自分の爵位を得る事も、自分の名前を高める事も何もしてこなかったゆえ、特にこれといった名は無い。

その男は、唯のサンスという男だ」


陛下の言葉にお姉様はわなわなと震え始めた。


「……では、では私は……私は何になるんですか?」


お姉様の震える声に、陛下は顎に手をやったまま首を捻った。


「ふむ、そなたが何になるか……。

ジェラルドよ、どう思う?」


陛下に話を振られた宰相様は、無表情のまま簡潔に答える。


「サンスという男の娘、ただそれだけです」


宰相様の言葉に、お姉様は目を見開き首を振った。


「そんな……そんな馬鹿な事……」


現実が受け入れられない様子のお姉様は、ハッとした顔で私を見上げる。


「そうだわっ!私はそこにいるテレーゼの姉ですっ!

腹違いでも間違いなく姉妹なんだから、私もエクルース家の人間じゃないっ!

テレーゼがエクルース伯爵だというなら、私はその伯爵の姉よっ!

エクルース伯爵令嬢に間違いないわっ!」


お姉様の言葉に、宰相様が不快な物を見る目をお姉様に向ける。


「お前はエクルース伯爵から養子縁組された訳でも正式に家門に迎えられた訳でも無い。

エクルース伯爵令嬢だなどと名乗っていた時点で、身分詐称罪と貴族侮辱罪に当たるが、この場でも更に罪を増やしたいようだな」


宰相様の冷酷な眼差しに、お姉様はヒッと短い悲鳴を上げてたじろいだ。


「サンスから娘フランシーヌのエクルース家への養子縁組の書類が何度も提出されたが、どれもお粗末な偽文書であった為、そんなものはもちろん承認などされていない。

エクルース家では、個人の独自の魔法印以外で公的文書を発行する事は無いからだ。

つまり、テレーゼ・エクルース伯爵の魔法印以外は承認されないという事だ」


宰相様は続けてそう言うと、ギロッとお父様を睨み付けた。


「ふ〜む、ここまでで既に、身分詐称に貴族侮辱罪、それに公文書偽造。

まぁまだまだこんなものは序の口だろうな」


陛下が面白そうに笑いながら、お父様達一人一人を眺めた。


お父様達はそれぞれ、その陛下から目を逸らし、顔を俯かせる。


「のう、ジェラルド、こやつらの罪は他にもあるのだろう?」


楽しそうに宰相様を横目で見る陛下に、宰相様は少し呆れたように溜息を付き、部下から渡された書類を捲った。


「まず、既に周知の事実ではあるが、サンスがエクルース伯爵を騙っていた罪。

更に、正統なる後継者である、テレーゼ・エクルースを邸に囲み、虐待していた罪。

その際、テレーゼ・エクルースの魔力を抑える為、違法な魔道具を使用した罪。

エクルース伯爵の名で不正に利益を得、その上テレーゼ・エクルースの許可無く伯爵家の私財を横領した罪」


淡々と読み上げる宰相様に、陛下は大きな笑い声を上げながら、後ろを振り返った。


「はっはっはっはっ!随分と罪を重ねておるが、どう思う?王太子よ」


陛下にそう問われた王太子殿下は、玉座の隣の椅子からゆっくり立ち上がり、悠然と階段を降りてくる。


「陛下、残念ながら、彼らの罪はそんなものではありませんよ?」


透けるような淡い金髪に濃いロイヤルブルーの瞳。

彫刻のように美しいその顔は、親子なだけあって陛下とよく似ていらっしゃる。


この国の王太子殿下。

エリオット・フォン・アインデル第一王子。


殿下は陛下の隣に並ぶと、お父様達をゆっくりと見下ろした。


美形の殿方を好むお姉様が、殿下を一目見て頬を染めている。



「彼らは不法な人身売買にも手を出しています。

この国では廃止となった筈の奴隷を買い、非人道的な行為を強要しました。

それに、違法な薬物の売買もしていますね。

更に何より裁かれるべき罪は、エクルース家の後継者、テレーゼ・エクルースを違法なオークションにかけ、不正に金を得た事です。

幸いテレーゼ・エクルースはそこにいるローズ卿にその場で保護され事なきを得ましたが、そのオークションに関する取引自体は行われていますから、立派な人身売買ですね。

しかも、この国の高位貴族であるエクルース家の当主、テレーゼ・エクルース伯爵を売買した訳です」


殿下の言葉に、お父様達は真っ青を通り越して、白い顔でガタガタと震えていた。


「ち、違うっ!私は騙されたのだっ!

あのオークションは全て、ローズ侯爵家が仕組んだものに違いないっ!

不法な人身売買を行ったのは、ローズ侯爵家じゃないかっ!」


お父様の悲鳴のような声に、ノワールが氷のような微笑を浮かべ、一歩前に出た。


「我が家があのような忌まわしいオークションに関わっているはずが無いでしょう?」


聞いただけで耳から凍り付きそうなノワールの声に、お父様はぶるりと震えて、それでも震える声で尚も言い募る。


「嘘をつくな!あのオークションでテレーゼを落札したのは間違いなく貴様だ!

仮面を付けていたが、私には分かるっ!

貴様がテレーゼを5億ギルで落札したじゃないかっ!」


震えながらも激昂するお父様に、ノワールが摂氏0度の微笑みを浮かべた。


お父様達の周りの空気がパキッと氷が張ったように音を立てた。


「私が貴方がたと取り交わしたのは、テレーゼの後見人委任状だけですよ?

お困りのようだったので5億ギルは融資させて頂いたのです。

それを貴方がたが勝手に勘違いして、勝手にオークション取引書類にもサインをしただけです」


氷の彫刻のように感情の無い微笑みでお父様達を見下ろすノワールに、お父様が激昂して声を上げた。


「そんなのは無効だっ!

私は騙されて委任状にサインしたのだからっ!

テレーゼの後見人の座はローズ家などには渡さんぞっ!」


額に青筋を何本も立て、ノワールに噛み付かんばかりのお父様に、ノワールはふっふっと可笑そうに笑い出した。


「何を言うかと思えば……。

そもそもテレーゼはとっくに成人していて、後見人などもう不要なんですよ?

サンス・エクルース、貴方は既にテレーゼの後見人でも何でもない。

伯爵家の埃ひとつ、テレーゼの許可無く動かせない人間だと、いつになったら自覚出来るんでしょうね?」


凍てつくような眼差しで見下ろされたお父様は、ハッとした顔をして、わなわなと震えている。


「卑劣極まりない罪人共である事が分かったな。

さて、罪には罰を。

当然だが、貴様らはこれより断罪される訳だが、他に、こやつらに何か言いたい者は?」


陛下の問いに、あちらこちらから手が挙がる。


「ほぅ、まだ罪が残っておるか、大したものよ。

ジェラルド、聞いてやれ」


陛下にそう言われた宰相様が頷いて、一人一人を指差し、発言を許可していく。



「私はそこにいるフランシーヌに婚約者を奪われましたっ!」


「私の息子もそこにいる女に違法な薬の中毒者にされましたっ!」


「私の妻はそこの夫人に不当な嫌がらせを受け、心の病に……」


「私はサンス・エクルースに妾にならねば家を潰すと脅されています」



涙ながらに訴える人達の証言に、その場は怒りと怒号に包まれ騒然とした。


その中心で、お父様達は身を縮こませてガタガタと震えるだけだった。



ややして、白く美しい手がスッと挙がると、皆が一瞬で黙り込み、静寂が訪れる。


人々の注目は、その手を挙げている人物、王妃陛下に集まっていた。



「おお、我が愛する王妃までも、この者達に何か言いたいのだな」


陛下が玉座まで上がり、王妃様の手を取りエスコートしながら降りてくる。


王妃様もたおやかな金髪に、瞳の色は紫かかったラピスラズリの青色。

微笑みを絶やさない穏やかな印象を持った方だった。


しかし、陛下にエスコートされ、お父様達の前に立った王妃様は、その見た目からは想像も出来ないような厳しい声を出した。


「お前達、セレンスティアの弔慰金をどうした?」


微笑みの下に侮蔑を込めた王妃様の瞳に射抜かれて、お父様が口をパクパクとさせている。

声も出せない様子だ。


「……あれは、セレンスティアの遺児であるテレーゼが、伯爵位を継ぐまで苦労しないようにと国から払われたものだが……。

まさか、自分達の私利私欲に使ったとは言うまいな?」


華奢で女性らしい王妃様から発される言葉とは思えず、私は少し動揺してしまった。

もちろん、そんな事は表に出さなかったけれど。


あっ、とか、うっ……とかしか返さないお父様に、王妃様はその微笑みは崩さず、瞳に冷徹な光を浮かべた。


「……あい分かった。

陛下、この者達に、セレンとテレーゼの受けた痛みを何倍にもして返されよ」


淡々とそう言う王妃様に、陛下がニッコリと笑う。


「もちろんじゃ。余とて盟友であり戦友でもあるセレンをここまでコケにされては、我慢など出来ようはずもない」


ギロっとお父様達を射殺すように睨む陛下の気迫に、お父様達はその場で飛び上がって後退りしようとして、近衛騎士達に押さえつけられた。


「で、ですがっ!私はテレーゼの父親ですっ!

エクルース伯爵の父君っ!エクルース家の者である事は事実。

私を断罪なさるなら、エクルース家も無事では済みますまいっ!」


ニヤリと笑って私を見るお父様は、邸にいた頃と何も変わらない、私を蔑み切った目をしていた。



その目は、私はまだ自分の支配下にあるのだと、暗く卑しく光り輝いていた………。



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