episode.16

微睡みから目覚めるとすぐに近くにノワールの美しい微笑みがあって、驚くと同時に幸せが込み上げてきた。



……そうだわ、私、昨夜ノワールと……。


そう考えた瞬間、急に恥ずかしくなって掛布で顔を隠すと、ノワールがクスクスと笑っている。


「どうしたの?テレーゼ。

昨夜はあんなに大胆だったのに」


そう言われてボッと顔を赤くすると、私は慌てて掛布から顔を出した。


「だ、大胆に振る舞ったつもりはなかったんだけど、そんなにはしたなかったかしら?」


ビクビクしながらノワールに聞くと、ノワールはクスクス笑いながら私をその胸に抱きしめた。


「嘘だよ、ごめんね、テレーゼ。

君ったらイヤイヤばかりするから、少し意地悪言っちゃったね。

本当はもっと大胆になってもらいたいくらいだよ」


ぎゅうっと抱きしめられて、私は心臓が壊れるんじゃないかと思った。

それくらい、胸の鼓動が激しかったから。


だって私達はまだ一糸も纏わない状態で……つまり2人とも裸で……。

その上昨夜の事を思い出させるような事をノワールに言われて、恥ずかしさに身悶えそうだった。


ノワールはまだ物足りなさそうだけど、私は十分過ぎるほどにはしたなく乱された気がする。


……途中からあまり記憶が鮮明ではないし。

何だか色々恥ずかしい事も言っていた気がする。


それにしても、やはりノワールは騎士なのね。

昨夜は、その、何度も求められて私は起き上がれそうにないのに、ノワールったら全然平気そうだわ。


「ねぇ、テレーゼ、もう僕以外の男なんて必要ないよね?

君は僕のものになってくれるでしょ?」


甘く囁くようなノワールの声に、私はその胸から顔を上げて、頬を染めた。


「ええ、ノワールがいてくれれば、もう他に誰も要らないわ」


私の言葉にノワールはその瞳を潤ませ、はにかむように微笑んだ。


「良かった、もう離さないよ、テレーゼ」


そう言ってノワールの唇が私の唇に重なる。

その温かさに私はゆっくりと瞳を閉じた。


角度を変えて何度も口づけているうちに、それはだんだんと熱っぽいものに変わってゆく。

ノワールの舌が私の唇を分け入り浸入してきて、気がつくと貪られるように深く口づけられていた。


脳が蕩けるような甘い口づけに、私も夢中で舌を絡ませた。

たった一晩で全てを塗り替えられてしまったようだ。

私の身体はノワールの口づけにとても従順で、すぐに火照りだす。


「んっ、んんっ……」


苦しいくらいに深い口づけに、自然に甘い声が漏れる。

ノワールがその私の吐息にピクリと身体を震わせ、胸に手を伸ばし優しく触れた。


その柔らかい刺激にも私の身体は敏感に反応して、ピクピクと震えると、強請るように身体をくねらせた。


ノワールの指が頂に優しく触れ、スリっとそこを撫でると、すぐにビクッと反応を返す。


深く口付けながら、ノワールが口の端を上げてクスリと笑った。




その時、特殊な魔法の気配を感じて私は目を見開いた。


「んっ、ノワール……何か、きたみたいだわ……ノワール?」


私が離した唇をノワールはすぐにまた自分の唇で塞いだ。


「んっ、んぁっ、だ、ダメよ、ノワール……ちゃんと受け取らなくちゃ……」


私は無理やりノワールから顔を離し、その逞しい胸を押しのけようとする。

微動だにしないノワールはふふっと笑うと、顔をずらし胸に近づけると舌を這わせた。


「あっ、ダメ、ノワール、伝達魔法の気配がするの……受け取らなきゃ……ノワール」


グイグイとその肩を押しても、やはり微動だにしない。

ノワールは我関せずといった雰囲気で、私の言う事を聞く気がないらしい。


頂に吸い付いて、舌でそれを扱き始める。


「あっ、あんっ、ノワール……ダメぇ……聞いて……お願い……あんっ、ちゃんと受け取らないなら、もう……これ以上は、ダメだから」


少し責めるような口調で言うと、ノワールは名残惜しそうに胸から顔をあげ、ちょっと拗ねたように私を見た。


「テレーゼ、いいの?僕にお預けをしたら、次にどんな目に遭うか、分かってる?」


不満そうなノワールの顔が、何だか幼く見えて、私はクスクスと笑った。


「分かったわ、次はダメなんて言わない。

だから今はちゃんと伝達を受け取らなくちゃ。

ねっ?ノワール」


その頬に優しく口付けると、ノワールはパァッと嬉しそうに笑って、私のおでこに口づけを返す。


「今言った事、ちゃんと覚えておいてね、テレーゼ」


何だか可愛い子供みたいなノワールに、私はますますクスクス笑って頷いた。


「ええ、ちゃんと覚えておくわ」


私の返答に満足したのか、ノワールはベッドから降りると窓際に歩いていく。


もちろんその姿は裸のままで、その美しく筋肉の整った後ろ姿に、私は自分の顔を手で覆った。


あんな彫刻のように美しい筋肉を持つ男性を、どうして今まで女性だと思い込んでいたのかしら……。


今更に自分の思い込みの激しさに、顔から火が出る思いだった。



ノワールがカーテンと大窓を少し開けると、一羽の小鳥が飛び込んできた。


小鳥型の伝達魔法だ。


ノワールはその小鳥を指に止まらせると、クチバシに耳を近付け、伝言を聞いている。


ややしてブワッとノワールの背後に真っ黒な薔薇が咲き誇り、ノワールは妖艶にニヤリと微笑んだ。



「テレーゼ、断罪の時がきたよ」











「酷いわ、ノワール」


私は王宮の廊下をノワールに手を引かれ歩きながら、まだぐちぐちと不満を口にしていた。



あの伝達魔法は王宮からの呼び出しだった。

すぐに参じるようにとの事だったのに、私は一晩中ノワールに貪られていたので身体に力が入らず、ベッドから起き上がる事も出来なかった。


どうしょうかと悩んでいると、ノワールがいとも簡単に回復魔法をかけて、私はあっという間に動けるようになったのだ。


何故もっと早くかけてくれなかったのかと聞いた私に、ノワールは照れたように頬を染めた。


「テレーゼが気を失う度に、気付け程度の回復魔法はかけていたよ?

だって、抱き潰して動けないようにしておかないと、君が逃げ出したら困るからね」


そう言って花のように微笑むノワールに、私は開いた口が塞がらない。


「そんな、酷いわ。私は逃げたりなんかしないから、もうそんな事はやめてね」


唖然としながらもそうノワールに何とか伝えると、ノワールは首を捻りながら、どうも釈然としない顔をしている。


「テレーゼがいなくなったらって思ったら不安で仕方ないのに、じゃあどうやって安心すればいいの?

寝ている時は拘束魔法を使ってもいい?」


事もなげにそう言うノワールに、私は口をパクパクとさせてしまった。

酸素をうまく取り込めず、眩暈まで起こしてしまう。


「そ、そんな魔法お願いだから使わないで!

私は貴方から離れないわっ!何があってもっ!

だから不安に思う必要なんてないのよ?」


クラクラする頭を何とか上げて、ノワールの瞳を真っ直ぐに見つめると、ノワールはまだ不安そうにその瞳を揺らした。


「でも、君にずっと会えなくて……苦しかったんだよ。

まだこうして君が目の前にいる事が信じられない気持ちなんだ……」


哀しげに睫毛を震わせるノワールに、ズキリと胸が痛んだ。


私は背伸びをしてノワールの首に抱きつき、私に合わせて屈んでくれたノワールの耳元で安心させるように囁く。


「もう、貴方を置いてどこにも行かないわ。

貴方を愛しているの。

だから私を信じて」


私の言葉にノワールは幸せそうに目を細め、ギュッと抱きしめてくれた。


良かった。

信じてもらえたみたい。


そう思った次の瞬間、ノワールはまた信じられない事を口にした。


「分かったよ、テレーゼ、君を信じる。

だから僕が寝る前に、君と僕の手首を繋ぐだけにしておくね」


にっこりそう微笑むノワールに、私はいよいよ本格的に眩暈を感じたのだった。




そんな事があったものだから、私はまだノワールに文句を言っているところだ。


ノワールはそれを聞きながら、ずっとニコニコしている。


「ちゃんと聞いているの?ノワール」


横目でチラッと睨むと、やっぱりノワールはニコニコしながら頷いた。


「もちろん、ちゃんと聞いているよ。

ただ、君の話し方がやっと以前のように親しくなったから、嬉しくて」


そう言ってニッコリ微笑むノワールに、私はハッとして自分の口元を押さえた。


本当だわ。

いつの間にか砕けた口調になってる。


自分で自分に驚いている私に、ノワールはふふっと笑って私の腰を抱いた。


「こんな風に親しくなれるなら、もっと早く君を抱いてしまえば良かったね」


耳元で甘く囁かれ、顔に熱が集まるのが自分で分かる程だった。


「ノワール、ここは王宮よ」


私も甘く睨み返すと、ノワールは楽しそうに破顔した。






王宮の一室の扉をノワールが開き、私を招いてくれた。

室内に入ると、懐かしい顔が目に飛び込んできて、私は口元を手で覆う。


「テレーゼお嬢様っ!」


私の顔を見て駆け寄ってきたのは、ずっと私を支えてくれていた侍女のルジーだった。


「ルジーッ!」


私も彼女に駆け寄り、私達はお互いの存在を確認し合うように抱き合った。


「ああ、テレーゼお嬢様っ!

よくぞご無事でっ!

あの邸を追い出されてから、ずっとお嬢様の事が心配で仕方なかったのです。

お救いするのが遅くなり、本当に申し訳ありませんでした」


ボロボロと涙を流すルジーに、私も同じように涙を流しながら首を振った。


「ノワールに聞いたわ。貴女がお父様に恐ろしい呪をかけられていたって。

自分の身を顧みず、私を助けてくれるように言ってくれたのでしょう?

ありがとう、ルジー。

本当に貴女が無事で良かった」


目の前のルジーには傷一つない。

私にとってそれは何よりの救いだった。



「お2人とも、どうぞこちらにお掛けになって。

積もる話もあるでしょうし」


そう声をかけられ振り向くと、背の高い美しい女性が優雅に私達に微笑んでいた。


長く艶やかなパールブラックの髪に瞳の色はアメジスト。

スラっとした手足に、高貴な佇まいの溜息の出るような美しい方だった。


「初めまして、テレーゼ・エクルース女伯爵。

私はシシリア・フォン・アロンテン。

アロンテン公爵の娘です」


そう言われて私はハッとして、カーテシーで礼を取った。


貴族に関しての授業は一通り受けていた。

シシリア様は宰相閣下の娘で公爵家のご令嬢。

王太子殿下や王子殿下の又従兄妹にあたる方だ。


現在、王妃様に次いで高貴な女性の1人でもある。


「シシリア・フォン・アロンテン公爵令嬢様。

お初にお目にかかります。

テレーゼ・エクルースと申します」


カーテシーを深くすると、アロンテン公爵令嬢様は私の肩に手を置いて、優雅に微笑んだ。


「テレーゼさん、どうか楽になさって下さい。

私の事はシシリアとお呼び下さいね。

さぁ、あちらでお茶を頂きながらお話いたしましょう」


高貴な方だというのに、そんな素振りは一切見せないシシリア様に促され、私とルジーはソファーに腰掛けた。


ルジーは恐れ多いと断ろうとしていたが、シシリア様にまぁまぁと促され、恐縮しながら私の隣に座った。


「ルジー、テレーゼさんに今までの事を話して差し上げて」


シシリア様にそう言われて、ルジーは頷くと私に向き直った。


「テレーゼお嬢様、私があの邸を追い出されたのは、お嬢様を社交界デビューの場に何とか連れ出そうとしていたからです。

社交界デビューの場にさえ連れ出せれば、お嬢様の正当な権利を取り戻せた筈でした。

ですが、あの卑劣な男はそれに気付き、私に忌まわしい呪をかけ、邸から追い出しました。

何度もお嬢様の事を周りに訴えようとしましたが、呪のせいでお嬢様の事だけうまく言葉が出ず、文字も書けませんでした……。

それでも無理に伝えようとすれば、その箇所が爆ぜて欠損すると言われていたので……。

私にもっと勇気があれば、もっと早くお救い出来ましたものを……。

お嬢様、お許し下さい……」


そう言って嗚咽を漏らすルジーを私は抱きしめて、何度も首を振った。


「いいえ、ルジー、そんな事ないわ。

貴女はずっと、あの過酷な状況で私の側にいて守ってくれた。

それだけで十分だったのに。

自分の身を犠牲にしてノワールに私の事を伝えてくれた。

貴女のお陰で今の私がこうしていられるのよ。

本当に、本当にありがとう、ルジー」


涙を流しながらその顔を見つめると、ルジーもまた涙を流しながら、私達は見つめ合った。


「お2人共無事でこうして再会出来て、本当に良かったわ」


シシリア様が優しく微笑みそう言って下さったので、私とルジーは共に深く頭を下げた。


「皆さま、お嬢様をお救い頂き本当にありがとうございました」


ルジーが周りを見渡してから、また深く頭を下げる。


ルジーに再会出来た事に胸がいっぱいで気が付かなかったけれど、そこにはレオネル様、ジャン様、それにもうお一人の方の姿があった。


「テレーゼ、彼はまだ初対面だよね。

彼はミゲル・ロペス・アンヘル。

大司教様のご子息だよ」


ノワールが紹介してくれたミゲル様は、背中の中ほどまである淡い水色の髪に銀色の瞳の神秘的な雰囲気の方だった。


「初めまして、テレーゼ様」


フワッと微笑むミゲル様は、神の使徒らしく慈愛に溢れている。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。

ミゲル様がルジーを救ってくれたとノワールに聞きました。

心より感謝致します」


涙の滲む瞳でミゲル様を見つめると、ミゲル様は緩く首を振った。


「彼女を救ったのは彼女自身の勇気ある行いですよ。

神は全てを見ておられます。

彼女を救うとお決めになったのは、神のお心ですから」


謙虚なミゲル様に、私とルジーは改めて深く頭を下げた。



「さぁ、それでテレーゼさん、これからの事なのだけど…」


シシリア様が喋り始めると同時に、廊下の方からパタパタとした足音が聞こえ、部屋の扉が開かれた。


「テレーゼお姉様っ!」


そこに現れた女性に、私はハッと息を呑んだ。


ピンクローズのふわふわの髪に、新緑を思わせるようなエメラルドグリーンの大きな瞳。

華奢で可憐なその女性は……。


「まぁっ、テティッ!」


思わず立ち上がると、テティ……いえ、ノワールの妹君のキティ様は私に向かって駆け寄ってくる。


そのキティ様に両手を広げると、キティ様は迷いなく私の胸に飛び込んできた。


「テレーゼお姉様っ!ご無事で良かったですっ!

ずっとずっとお会いしたかったっ!」


そう言って泣き出すキティ様のふわふわの髪を撫でながら、私も溢れ出す涙を止められなかった。


キティ様、こんなに大きくなって、立派な淑女になられて……。


またお会い出来るなんて……。


幸せな再会を喜び合う私達を、ノワールが優しい眼差しでずっと見つめてくれていた……。



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