飛鳥III 豪華客船クルーズ

あめはしつつじ

世の中は何か常ある

 近所の商店街で、福引を引いた。

「おめでとー、ございます。おおーあたりー」

 カランカランカランと鐘がなる。

「えっ、本当に? やったー!」

「飛鳥Ⅲで行く、豪華客船クルーズの旅。ほい、一等賞。いやー、おめでとうおめでとう。うらやましいねえ」

「わ、ありがとうございますー」

「いやー、良かった良かった。あっ、お嬢ちゃん。たまーによ、うっかり、忘れちまう奴がおるから、日程。気をつけるんやで」

「いつからなんですー?」

「明日から」

 私は電話をかけた。

「もしもし、部長。私明日から、休みます」




 翌日。私は、山のような仕事をほっぽりだして、命の洗濯。川へと。

 川? なんで、川? 豪華客船の旅なのに?

 桟橋の上で、そう思っていると、川上から、どんぶらこー、どんぶらこー。

 大きな大きな豪華客船、ではなく、小さな小さな、渡し舟。

 舟の上に、船頭さん? 櫂をにぎった、おじいさんの、口が割れた、というか、口火を切られた、というか。

「おうわれこの女、何ぼけっと突っ立ってるんかい、はよ乗れぼけかす、しばきまわすぞ」

「えっ、えーーーー? あっ、あっ、あのっ、クルーズの?」

「見ての通りやないかい。はよ乗らんかい、あほんだらー」

「あっ、あの、あっ、飛鳥Ⅲ?」

 私はボロ舟を指さし、たずねた。

「あすかすりぃ? なんやそれ? ここは、飛鳥川やがな」

「あっ、飛鳥川?」

「世の中は何か常なる飛鳥川、昨日の淵ぞ今日は瀬になる。つう歌にも歌われとる、飛鳥川やがな、なんや、知らんのかい?」

「知らないです」

「かっー、最近の若いもんは、ちっとも、ものを知らねえ」

「えっと、すいません。川の名前じゃなく、舟の名前を、聞きたかったんですけど」

「ふねえ? 水玉丸だよ。書いてあんだろ、ここに」

「どこに?」

「ここ!」

 おじいさんは、船首のところに描いてある模様を、指さし言った、

◯◯◯◯◯◯みずたままる

 なるほど。◯◯◯◯◯◯みずたままる

「なんか、可愛いし、面白い名前ですね」

「別にそないなことあらへんがな。ちゅーか、嬢ちゃん、乗るんかい、乗らんのかい? 流れる川ん上でずっと同じとこ舟留めとくん、大変なんやぞ」

「すいません、すいません。乗りますー」

 私は舟に、キャリーケースを乗せ、桟橋から、飛び乗る。

 舟は、大きく、左右に揺れる。

「えらい重い荷物やのー、余計なもん、ぎょーさん、詰め込んでっからに」

「いや、長旅やって、聞いてたもんで」

「長旅やけどなー。いらんでー、こんなん」

「そうですかー? あっ、あのー、すいません。そういえば行き先って、どこ行くんです?」

「なんや、知らんのかい?」

「急だったもので」

「描いてあんだろ、ここに」

「どこに?」

「ここ!」

 おじいさんは、船首のところに描いてある模様を、指さした。

「最近の若いもんは、ちっとも、ものを知らねえ。聞いたことねえのかい? 三途の川の渡し賃。六文銭だよ」




 ◯◯◯◯◯◯みずたままるは飛鳥川を下っていく。

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