第2話 場違い

 場違いだ。

 血のむせ返る事件現場。4畳半の小さなアパートの一室。部屋の中央には切り刻まれた女性の死体。せかせかと動き回る警察官たち。

 一部の若い警察官は、訝し気に僕を見ているが、先輩の警察官が何も言わないため不審に思っていても言い出せないのだろう。

 本当に申し訳ない。本来、僕もこの後来る人物も、この場所にいるはずのない、いるべきではない人間なのだから。

「やぁやぁ皆の衆、少し遅れてしまってすまないね。言いつけ通り、現場を動かさないでおいてくれたかな?」

 凄惨な事件現場には似つかわしくない、甘ったるく、底抜けに明るい中性的な声が現場に鳴り響く。

 僕は特大のため息をついて、やってきた人物に振り返った。

 見た目はゴシックロリータ風の衣装を身にまとった(僕は衣装には詳しくないので”風”と言っておく)妖艶な見た目の人物。

 しかし、近くにその人物が近くに寄ってきた時、皆わずかな違和感を感じる。

 デカい。

 可愛らしいその衣装とは裏腹に、その人物の身長は176センチの僕が見上げるほど大きく、よく見るとその喉元にうっすらと喉ぼとけが確認できる。

 彼の名前は柳隆一(やなぎ りゅういち)。もっとも本名で呼ぶと親の仇を見るような目で睨みつけられるのだが。

「……ヤナさん。一応事件現場なんですから、そんなテンションで来られても困りますって」

 僕の言葉に柳は見るものを惑わせるような妖艶な微笑を浮かべた。

「あぁ、コータロー。私は君のその困った顔を見るために型破りな行動をしているのかもしれないね。今日も可愛いよ」

 ウットリとした表情で僕を見つめる柳。僕は再び特大のため息をつく。

 今年で40になるオッサンの、何が可愛いものか。

「やめてくださいヤナさん。僕にそのケはありません」

「ふふ……やめないさコータロー。私はそのために君を雇っているのだからね」

 そう、目の前のゴスロリ男はあろうことか40代無職の

惨めな敗者だった僕に、「顔がタイプだから私の元で働かないか」と下心を隠すこともせずにアプローチしてきたのだ。

 正気の沙汰じゃない。そして、そんな馬鹿げだ誘いに乗った僕も同類だ。

「さてさて戯れはこれくらいにして、ちょいと失礼すると警察の皆さん。私にもかわいい子ちゃんを見せておくれ」

 そう言いながら死体の元に移動する柳の姿を、現場の警察官たちは異常者を見る目で見つめていた。

 少女の死体の隣に柳が立つ。その目は獲物を見つけた肉食獣を思わせる、怪しい光を帯びている。

 漆黒の口紅で彩られた形の良い唇をペロリと舐めると、柳はしゃがみこみ少女の遺体をじっくりと観察する。

 彼に付き添うように移動した僕も、必然的に遺体が視界に入ることになる。

 見るも無残という言葉が良く似合う。かつて少女だった遺体は、辛うじて人間の形を保っていた。

 床中に広がる彼女の血と、何か切れ味の鈍い刃物で切り刻まれたかのようなズタズタな肢体。

 一層目を引くのは、ぽっかりと穴の開いた腹。その中にはあるべきはずの内臓が存在せず、ただ虚無が広がっていた。

 遺体を観察していた柳が熱いため息を吐く。その頬は薄っすらと赤く染まっており、彼がこの無残な遺体に対して高揚していることがわかる。

 趣味の悪い事だ。

 僕は思い切り顔をしかめながら柳に話しかける。

「ひどい遺体だ……容疑者であるこの部屋の住人は、おとといから職場を無断欠勤しているようですよ」

 先ほど警察たちが話していた内容を柳に聞かせる。彼はゆっくりとその端正な顔を僕に向けるとニヤリと唇をめくりあげて笑った。

「飯塚聡34歳。会社員、親しい友人、恋人ナシ……休日はパチンコに入り浸っている男だ」

「……それは、容疑者のプロフィールですか?ヤナさん。一体いつ調べたんです?この遺体が発見されたのは数時間前ですよ?」

 当然の疑問に、柳はその笑みを深めた。

「私を誰だと思っているんだい?柳家の4代目当主だよ。本気を出せば、私に得られない情報なんてほとんど無いのさ」

 柳家。

 詳しくは知らないが、彼から聞いた話によると柳の一族は古くから「呪い」を生業として生きてきたという。

 呪い(まじない)

 それは占いであったり祝福であったり、はたまた読んで字のごとく呪い(のろい)であったりと……まあ、簡単にいうと超常の力を扱う一族であるという。

 その力は強力で、時の権力者はこぞって柳家の力を求めた。

 ビジネス・政治の将来を占ったり、仇敵を呪ったり、生まれた子供に祝福を与えたり。

 何せ柳家は”本物”だ。

 その力を欲しがるものは後を絶たない。

 故に、その一族の後継たる柳隆一も権力者とは仲が良く、こうして本来なら立ち入れない場所にも易々と入り込むことができるというわけだ。

 いつだったか、僕は柳に「アナタは超常の力を持っているのか」聞いたことがある。

 すると柳はその端正な顔を歪に歪めて答えた。「持っているよ。現代社会において最強の力……”金”と”コネ”をね」

 彼が超常の力を持っているのかどうかは知らない。しかし、本人のいう通り、彼には凡人には理解できないほどの圧倒的な財力と、底の知れないコネを持っている。

 柳は目を輝かせながら遺体に向き直り、腹に空いた大穴を見つめた。

「内臓が見当たらないねぇ。コータロー、行方不明のハラワタは一体どこに消えたのだと思う?」

 歌うような声音の質問に、僕は思い切り顔をしかめながら答える。

「どうでしょうね?異常者の考えることなんてわかりませんが……別の場所に捨てた?」

「おいおい、いくら興味がない分野だからって適当に答えるのは関心しないねぇ。わざわざ手間ひまかけて死体からほじくり出したハラワタを捨てた?何の意味があるってのさ」

 柳は呆れたような表情を浮かべているが、異常者の行動なんて僕に分るわけがない。

「意味なんて知りませんよ。そもそも異常者の行動に意味があるとは思えません」

 吐き捨てるようにそう言った僕の唇に、柳はそっと彼のすらりと長い人差し指を押し当てた。

「思考停止は良くないねコータロー。異常者の行動にも意味はあるさ。ただソレが、一般的な思考からかけ離れているというだけ」

 そして柳はゆっくりと人差し指を僕の唇から離すと、同じ指で遺体の腹部に空いた大穴を指し示した。

「怖がらないでよくご覧。穴の中には何もないわけじゃない」

 そんなことを言われても、視界に入るだけで吐き気がするような無惨な遺体をマジマジと観察したくない。

 しかし、一応柳は僕の雇用主だ。これも仕事だと思って我慢するしかないだろう。

 柳に言われるがまま、僕は遺体の腹部を観察する。

 内蔵が全て抜き取られた空虚な穴。よく見ると、ところどころにピンク色の肉片が落ちているのが見える。行方不明の内蔵の肉片だろうか?歪なギザギザの傷跡がついた肉片は、見ていると心がザワザワと騒ぎ出す。

「歯型……だねぇ」

 喜色を含んだねっとりとした柳の言葉に、僕は背筋が凍るような感覚を覚えた。

「歯型……?」

 オウム返しに呟く僕の方に、ポンと柳の手が乗った。

「人間の歯型……つまり、消えた内蔵は犯人の腹の中だね」





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