第二章 わたしが殺したあなた 2

「絞殺した人物についてはまったく心当たりがないのですか、桜井さん」

「真裕美と呼んでくださってけっこうですのよ、仙師さま。覚えているのは両手で絞めた首の感触くらいです」

「どんな感触でしたか」

「手が首にずぶずぶと沈むような……細胞がぶちぶちとつぶれていくような、いやな感じでした。でも不思議なことに顔は覚えてないんです。男だったのか女だったのかもまったくわからず……」


 両手をひろげてみる。しっとりした肌の感触がよみがえってきて、ぞわりと肌が粟立つ。

 そして気がついた。わたしは『人を殺した』とは言ったが、『絞殺した』とは言っていない。

 やはり仙師さまの霊能力は本物なのだ。


「誰か殺したい人がいたんですか。恨んでる人とか憎んでる人とか」

「いえ、まさか。そんな人はいません。一年半前に再婚して専業主婦をしておりますが生活にはゆとりがありますし、なんの不満もありません。人間関係もいたって良好です」

「首を絞めてやりたくなる衝動、わからなくもないですよ。儲け話を気まぐれでご破算にされたらわしもイライラしますからねえ。でも誰かわからない人の首は普通は絞めませんよ。あ、あの公園ですね」


 仙師さまは近くのコインパーキングに車を駐めた。

 一昨日、夫が車を駐めたのもここだ。


「……どうしました。呼吸が苦しいのですか?」

「ええ、フラッシュバックのような……まだ少し怖いですわ。あれは一昨日のことですけれど、いまその場所に行ったら死体が転がっている……なんてこと、ありますかしら」


 仙師さまは軽く首を振った。


「思っていたよりも人通りがありますね。周囲は新築の住宅が建ち並び、駐車場も満車状態。もし桜井さんが人殺しをしていたらすぐに通報されて逮捕されていないとおかしいですよ」


 やはり信じてはもらえないのだろうか。


「駐車場が満車状態なのはすぐ裏手にお寺があるからなんです。住宅地のなかの公園ですが遊歩道がぐるりと巡っていて、けっこう広いんです。近所の人が散歩しているくらいで、穴場なんですよ」

「ふうむ、では行ってみましょうか」

「あの……そばにいてくださいますね」

「もちろんです」


 仙師さまはボストンバッグを片手に提げていた。側面には棍棒のような形が浮きあがっている。


「ゾンビって存在するんでしょうか」

「え、なんですって」

「あ、あの、ゾンビ……」


 荒唐無稽なことを口走ってしまった。だがこちらはそれだけ困り果てているのだ。なぜ首を絞めてしまったのかが自分でもよくわかっていない。だから同じ場所に身をおいたら、また同じことが繰り返されるのではないかと不安がわきあがる。

 次は素手で触れたくない。仙師さまが棍棒で退治してくれると思うと心強い。


「ゾンビの定義は難しいですね。絞殺で倒せるかどうかもわかりませんが、ゾンビなら物理的な肉体が残るでしょう」

「首を絞めて殺したんです、わたし。死体は足下に転がったはずなのに、次の瞬間消えてしまって……。もしあれがゾンビだったら永遠に襲われて終わりがないのかしら。恐ろしいこと」


 仙師さまは瞠目してわたしを見つめると、


「大丈夫ですよ。ゾンビならわしが退治できますから」


 朗らかに笑ってくれた。冗談のつもりかもしれないけれど、頼もしい言葉が聞けてほっとした。やはり棍棒をふるうのは男性に任せたい。


「ここですか?」


 仙師さまは遊歩道の途中で足をとめた。

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