魔法使い

第29話


野宿していた場所にクリスはいた。

下に敷いていた鹿革はなくなり、自分の荷物を持っている。


「夜に歩くのか?そりゃ、今は興奮してるだろうが、明日がきついぞ」


ディヴィットはクリスの背中に話しかけた。


「行くわ。あなたから少しでも離れないと、私の命が危ないから」

「は?何言ってんだ?」


ディヴィットは問い返す。


「命が危ないって、どういう事だ?」


その言葉に、クリスがくるっと振り返った。

その手には杖があり、杖先はディヴィットに向いている。


「惚けないで。私は魔女なのよ。持たぬ者は領主に魔女を教えたら金貨を貰えるんでしょう?」

「らしいな。かなりの褒美だって聞いた事がある」


ディヴィットは肩を竦めた。


「確か革袋1つ分だ」

「だったら!あなたが私を売らないという理由はない。違う?」


クリスはぽろっと涙を流した。


「普段ならあなた達に捕まったりしない。その前に魔法を使って逃げるから。でも!今はダメなの。この旅が終わるまで、魔法を使っての移動は禁じられている。あなたから逃げるには自分の足を使うしかない。だからあなたから離れる必要があるの」


クリスは1歩前に出た。

ディヴィットはその目を見ている。


「ごめんなさい、ディヴィット。痛くはないわ。ほんの少ししびれるかもしれないけれど。でもちゃんと魔法をかけて行くから。眠っている間も火が絶えないように。あなたの眠りを妨げるものが近寄らないように。だから………だから1日。眠っててちょうだい」


クリスは頭の中で呪文を唱えようとした。


「クリス、俺はお前を売らないぞ」


ディヴィットの言葉にクリスは呪文を止めた。


「俺がいつ魔女狩りに精を出してるって言ったよ?俺は魔法使いには恩がある。だから一生魔女狩りで得る金貨とは無縁なんだ」

「魔法使いに……恩?」


クリスは驚いた。

恩があるという事は、過去に魔法使いと知りあっているという事だ。

ディヴィットは頷いて、それから話し始めた。


「俺の左足、切らずに済んだのは、医者よりも医者っぽい奴のおかげだって言ったの、覚えてるか?」


クリスは頷いた。


「最初にあなたに声をかけられた時ね。傷口も見せてもらったわ」

「そうだ。あの時、傷口が抉れてるの、気付いたか?」

「えぇ。縫った痕が化膿して、そこをまた切り取ったのだと思った」


ディヴィットは笑顔になった。


「魔法使いってのは、誰でもそうなのか?みんな医者よりも医者みたいだ」

「さぁ。でも病気やけが、薬草の知識は、大抵の魔法使いは持っていると思うわ」


クリスは気付いた。

ディヴィットの足を治療した医者っぽい人が魔法使いだったのではないかと。

そして、ディヴィットはクリスが思った通りの事を口にした。


「その知識に俺は救われた。医者は俺の脚を切断しようとしたんだ。俺は諦めきれなくてな。様子を見に来た戦友に泣き付いたんだ」

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