第9話


翌日は日の出と同時に起き、森を歩いた。

出来ればこのままスタッフィードまで行きたい、とさえ考えてもいた。


でも。

先が明るい。

森は終わった。

木々の隙間から空を見れば、薄い日はまだ上りきってなかった。


クリスは少し休憩してから街道に出ることを決めた。

背中の荷物を下ろし水を口に含んだ所で、クリスは遠くから聞こえる声に気付いた。

数人の男の声。

どうやら争っているようだ。


「…………っ前の所為だろ?!」

「……………ざけんなっ!」


クリスは荷物を背負うと、そっと声の方に向かった。

声はだんだん大きくなる。

木の陰から覗き見れば、一人の男を数人の男が取り囲んでいる。

クリスは顔を顰めた。

囲まれている男はディヴィットだった。


「そこをどけよ。早いとこ獲物を捕まえなくちゃならねぇ」


男達の一人が剣を抜いた。

それを見ても、ディヴィットは肩を竦めるだけ。

剣を抜いたひげ面の男にクリスは見覚えがあった。

宿にいた男だ。

他にいる3人の男は分からないが、多分同じく宿にいたのだろう。


「ウサギじゃぇねんだから、獲物って言い方はどうかと思うがな」


なにをぉ?!と男達がすごむ。

今にも飛びかかりそうになる3人をひげ面が手を広げて押さえる。

どうやらひげ面が男達のリーダーのようだった。


「良く考えろや。こっちは4人。俺は剣を、こいつらは短剣を持ってる。あんただって怪我したくないだろ?」

「怪我はしたくないな。まぁ、する気もないが。あんた達だって怪我させたくないんだろ?」


ひげ面の言葉をディヴィットはのらりくらりと交わす。

その腰に下がっている剣を抜こうともしないで。


「だったらもう家に帰った方が良くないか?どうせあいつは捕まらんよ」


あいつっていうのは私の事だろうな、とクリスは思った。

やっぱり追って来ていた。

でも分からない。

どうしてあの男達はこんな所まで追って来たんだろう?

どうしてディヴィットは彼らと言い争っているんだろう?

私を逃がす為?

ほんの少し話した……しかも一方的に彼が話した……ただそれだけなのに。


「これだけ追っても影も形もない。多分あいつは夜の内に宿を出たんだ。あんた達の縄張りはとうの昔に出ているさ」

「そいつは分からねぇ。いまならまだ間に合うかもしんねぇからな。俺はあきらめが悪くてな。あんな上玉、滅多にねぇ」


だからそこをどけ、とひげの男はディヴィットを恫喝した。


「どかない。大体あんた達、あいつがいないのに気付くの遅すぎだぜ。俺でさえ夜明けと同時に宿を出る事を考えた。だから部屋をノックしてもぬけの殻だったのを見てすぐに追ったのに。見た所走って来たようだが、今頃ここで会うなんて、よっぽどのんびりしてたんだな」


この辺の山賊ってのは随分のんき者だ、とディヴィットは唇の端を片方だけ上げた。


「うるせぇっ!親分はな、朝めし食って出すもんださねぇと動けねぇんだよっ!」

「ぷっ!」


クリスは急いで身を隠し、口を押さえた。

思わず噴き出してしまった。

気付かれたかもしれない。

しかし、それは杞憂というもの。

同じくディヴィットが盛大に笑ったからだ。


「はぁっはっはっ!そりゃ遅くもならなぁな。食堂にあいつが降りて来るのを待ってたのか。さらに便所に寄ってただと?なんともまぁ、言葉もないね」


ディヴィットの言葉に、クリスはそっと顔を出した。

ひげ面は顔を真っ赤にして、反論した手下の頭を叩いた。


「余計な事言うんじゃねぇっ!お前ら、この男やっちまえ!!」


手下が腰に差していた短剣を抜いた。

うち一人は叩かれた頭をさすっている。

ひげ面も一緒になってディヴィットに一歩近寄った。

クリスは出て行くか迷った。

出て行く義理はないけれど、でもこの争いがクリスの為に起きているのは確かで、1対4ではディヴィットの分が悪すぎる、と思う。

クリスが決めかねている間に、ディヴィットは剣を抜いた。


「しょうがねぇな。あんた達が先に仕掛けたんだ。これは正当防衛だぜ」


そう言って、剣を構える。

そうして。

ものの1、2分で片がついた。


その間クリスは木の陰で目を見張っていた。

今も目の前で起きた事が信じられない。

4人の男達の手から短剣も剣も落ちていた。

ある者は肩を、ある者は腕を、背中や腰を押さえて蹲り、呻いている。

対してディヴィットは剣を鞘に納めて男達を見下ろしていた。

ディヴィットは男達が突き出す剣や短剣を交わし、両刃の剣でなぎ払う事なく剣の腹で相手の肩や腕、背中や腰を叩いた。

それはクリスが初めて見る剣法だった。


「一応切るのは止めておいた。でも骨にひびくらいは入ったかもな。これに懲りたらもう俺達を追うな」


男達は呻くばかりでそれに返事をする事はない。

ディヴィットは肩を竦めると顔を上げ、森の中に目を遣った。

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