体目当ての量産型イケメン(クズ男)に襲われる!!

爽せき

第1話 俺と付き合って

「夜空くん、ずっと好きだったの! 付き合ってください!!」

「ごめん。俺好きな人がいるんだ……」



 トイレから戻ると、教室を出てすぐの廊下で、女子生徒が一人の男を壁に追い詰めるようにして告白しているのが目に飛び込んできた。


 自分より遥かに小さい女の目を、ただじっと見つめているのが兎川夜空うさぎかわよぞら

 今さっき告白されていた男子生徒の名である。


 そして、告白をしたのは先輩だろうか?上履きの色が青色なので、女の方は2年生の先輩であることがわかった。


 やがて先輩は、泣きながら夜空くんの胸に顔を埋め、両手でポコポコ叩いている。

 しばらくして小さな声で何かを言った後、先輩は去っていった。


 毎日のように誰かが夜空くんに告白しては打ち砕かれる。

 この風景も日常茶飯事と化していた。

 

 そんな彼と、私平谷楓ひりたにかえでは同じ高校一年生で、同じクラス。

 私の目から見ても夜空くんの顔は芸能人と遜色ないレベルで整っていて、それでいてスタイル抜群。髪型は流行りの黒髪マッシュ。

 透き通るような白い肌に高身長であるから、非の打ち所が一切ない。まさにって感じの顔つきである。


 そんな兎川夜空うさぎかわよぞらだが、入学してまだ数ヶ月なのにこんな噂が流れていた。

 

 兎川夜空といえば女たらし。

 兎川夜空といえばクズ男。

 兎川夜空といえば体目的でしか女を見ない。

 

 どれもあまりいい噂ではないが、きっと夜空くんに振られた女子が憎んで広めたのだろう。

 ——いずれにせよ、私には縁のない人種だ。



「ねえ、さっきからずっと見てた?」

「……! あ、いや……ごめんなさい……」



 気がつくと夜空くんが目の前に立っていた。

 考え事をしていたせいで、私がじっと見ていたと勘違いされたかも。

 私は慌てて教室に駆け込む。



「ちょっと待って」

「ひぇぁっ、どどどどうされましたか……?!」



 私は右手を掴まれ、身動きが取れずその場に立ち止まる。

 正直びっくりした。男の子の力ってこんなに強いのか。



「まだ休み時間あるよな。ちょっと着いてきて……」

「は、はい……」



 幸いにも、廊下には人がいなくて騒がれることはなかった。

 ぎゅっと掴んだ手はそのままで、私を引っ張って連れてきたのは人気ひとけのない選択教室だった。



「名前、平谷ひりたにさんで合ってるよね」

「あ、うん……」



 教室に入った後、夜空くんは静かに扉を閉めて、私に話しかけてきた。



「ねぇ、急だけど俺と付き合って」

「…………つ? つづづ、づき合って?!」



 さも当たり前のように、平然とした顔で言うもんだから気づかなかったけど、付き合ってって言いました?

 学年一のイケメンが、私なんかになんで……?!


 そんなふうに、余計な妄想が頭の中を一人歩きして混乱している私の姿を、夜空くんはただじっと見つめていた。

 再び目が合うと、ゆっくり話してくれた。

 混乱していてあまり話が入ってこなかったけど、どうやらをして欲しいらしい。なんで私なのかな……


 心の声が全部漏れていたかのように今一番気になっていることを夜空くんは言った。



平谷ひりたにさんは可愛いし、俺の彼女でもなんの文句も言われないと思うんだよね」

「かかか、かわ! かわいい……っ?!」



 ちなみにめっちゃ距離近い。

 今までこんな近くで顔を見たことがなかったけど、長いまつ毛にシュッと鼻筋が通っていて、ピンク色の綺麗な唇をしている。意外と、中性的というか可愛い顔をしていた。

 それになんか、女の子みたいな甘い香りがする……



「……さん、平谷ひりたにさん聞いてる?」

「女の子……」


「それに平谷ひりたにさん、俺みたいなタイプ苦手でしょ。だから本当に好きになることなんてないと思うからどうかな? 演じてくれるだけでいいから……」



 そっからというものあまり記憶がない。緊張して心臓が破裂しそうだった私は、その場の流れで了承してしまった。

 それに次の授業が始まっちゃうっていう焦りもあったから……

 急いで私と夜空くんは教室に戻って席に座った。私と夜空くんが一緒に教室に入ってきたもんだから、クラスメイトがざわついていた。


 そして肝心な、いつまでお付き合いを続ければいいのか、なんでをしようと思ったのかを聞き忘れていたことに今になって気づいた。

 私から聞きに行くのもなんか気まずいし、真反対の席に座っている夜空くんになぜか視線が行っちゃうわで授業にまったく集中できません。

 なんだろ。ドキドキする……


 私は必死に忘れようと真面目に授業を聞いていると、夜空くんが急に立ち上がった。

 どうやらおトイレらしい。


 夜空くんは後ろの扉から教室を出て、ゆっくりとドアを閉める。私は無意識に、彼の姿を目で追ってしまっていた。

 その視線に気付いたのか、夜空くんはドアが全部閉まりきる少し手前で止めて、小悪魔のようなズルい微笑みを私に向かってこっそりやってくれた。

 その瞬間、特別感というか周りにこの関係がバレないかっていうハラハラ感も相まって余計にドキドキした……


 夜空くんはやっぱり女たらしなのかな。私のくすぐったいところ、よくわかってる。

 それでもなお、少しだけ気になっちゃうこの感じ。生まれて初めて体験したけど、夜空くんのことが好きなる女子の気持ち、少しわかったかも。



 授業が終わると、同じクラスの女子に夜空くんは囲まれていた。



「ねね夜空くん、この数学の問題分かんないんだけど、教えてくれない……?」



 夜空くんに絡んでいる女子は、胸元があからさまに開いた制服の着こなしで、前のめりで胸元を強調しながら質問していた。

 眠そうにしていた夜空くんが言った。



「ごめん。俺、平谷ひりたにと付き合ってるから別の人に聞いて」

「……は?」

「んんんん、ひ、平谷って……夜空くん?!」



 教室中がざわついた後、一斉に私の方に視線が集まる。

 その視線は、殺意そのものだった。


 ————これ、結構やばい状況なんじゃ……





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