奇天烈令嬢、追放される ~変な魔道具しか作れないせいで婚約破棄されたので、隣国で気ままに暮らしていこうと思います~
しんこせい
第1話
ファセット王国が首都ルセット、その中央に鎮座する白亜の宮殿であるゲーリッツ城。
その裏庭の庭園は、ファセット王国の名物となっているほどの幻想的な空間だった。
驚くほどの躍動感がありまるで生きているように見える鹿の番を模した樹木や、色とりどりの花を咲かせる草花達、涼しさをあたりに振りまきながらさらさらと心地よい音で耳をくすぐる噴水……王がその才に惚れ口説き落としたと言われる伝説の庭師によって、それらが見事に調和しているのだ。
そんな見る者に感嘆のため息をこぼさせる見事な庭園に、一人の男と二人の女が立っている。
まるで彼女達の立ち位置を示すかのように一人は男の隣に、そしてもう一人は男に向かい合う形になっていた。
「アリス、君との婚約を破棄させてもらう!」
「――ハイケ殿下、自分で何をおっしゃっているのか、わかっておられるのですか!?」
「ああ、私は至って正気だよ、アリス」
男の名はハイケ。
ハイケ・フォン・ザルツブルグ=ファセット。
ファセット王国の第一王子であり、王位継承権第一位を持つ次期国王である。
その卵のように丸い顔から、『玉の王太子』のあだ名で呼ばれている。
彼と向かい合っているのは、アリス・ツゥ・ヘカリスヘイムだ。
ルビーの赤い右目とラピスラズリの青の左目というオッドアイを持つ彼女は、魔道具作りの名門であるヘカリスヘイム公爵家の次女である。
彼女は王太子であるはずのハイケよりも有名な異名を持つ、一風変わった公爵令嬢だった。 一体何が変わっているのかといえば……。
「貴様のような『奇天烈令嬢』と結婚などできるか! 性懲りもなく妙な魔道具ばかりを作りおって!」
彼女は作る魔道具が、なんというか、その……変なのである。
通常魔道具は、能力と形状にある程度の相関関係があることが多い。
透視能力を持つ魔道具を作るなら眼鏡型にした方がよく見えるし、防御力を上げたいと思ったら盾や鎧を魔道具にした方が効果は上がりやすいのだ。
けれどアリスが作る魔道具には、その法則がまったく当てはまらない。
彼女が透視の魔道具を作ればそれは眼鏡ではなくなぜか靴下になってしまい、防御力を上げる魔道具に適した形はなぜか槍になってしまうのだ。
なぜ槍を持つと防御力が上がるのか。
それは制作者であるアリスですらわからない。
ただ、そういう風にできてしまうのだ。
アリスは魔道具職人としては右に出る者のいないほどの腕を持っており、彼女の作る魔道具は日夜王国を支え続けている。
彼女はその作る道具のおかしさから、広く『奇天烈令嬢』の二つ名で親しまれていた。
二つ名というより、愛称と言った方がふさわしいかもしれない。
変な魔道具こそ作るものの彼女の国民からの人気は高く、貴族達からの信頼も篤い。
だがハイケからすると、アリスの奇天烈さが我慢ならなかったらしい。
「見ろ、これがメルシィが作ってくれた結界の魔道具だ。素晴らしい出来だとは思わないか?」
「いやですわ、恥ずかしい……」
ハイケが首につけているペンダントを軽く握ると、隣にいる女性がいやいやと首を振る。
頬を赤くしながら派手な身振り手振りで感情を表現するかまととぶった様子は、同性から見れば天然ものでないことが丸わかりだ。
だが彼女を見るハイケは、今まで見たことのないほどにだらしない顔をしていた。
どうやらぶりっこの演技に、コロリといってしまったらしい。
さりげなくハイケの手まで握っている彼女の名は、マルシア・ツゥ・タンネンベルク。
魔道具職人を排出することで有名になりつつあった、タンネンベルク男爵家の娘だ。
アリスが頭角を現すまでは、ヘカリスヘイム家の商圏を荒らしていたいわゆる商売敵だった家だ。
もっとも今ではアリスの名が大きすぎるため、ライバルと呼べるほどの存在ではなくなったのだが。
(もしかしてなんとかして自家を盛り返すために、殿下をたぶらかしたのかしら?)
たしか彼女本人も魔術師ギルドに席を置く魔道具職人だったはず。
もっともその腕は、そこまでのものではなかったと記憶している。
だがどうやら恋に盲目なハイケから見ると、自分よりもマルシアが作った魔道具の方がよく見えるらしい。
「対して――見ろ、お前が作った結界の魔道具を!」
そう言ってハイケが手に取ったのは、以前誕生日に彼にプレゼントしたアリス謹製の結界の魔道具――『結界のナイトキャップ』だった。
ファンシーな水玉模様をしているが、たとえ街を灰燼に帰すような超強力な攻撃魔法だって防いでみせる、アリス渾身の一作である。
「なんでナイトキャップなのだ! お前はふざけているのか!?」
ナイトキャップを、王子は思い切り投げつける。
自分が作った魔道具がぞんざいに扱われる様子を見て、アリスの中にある何かが壊れた音がした。
たしかに『結界のナイトキャップ』は、王太子が常日頃から身につけるにはあまりにも寝間着過ぎる。
でもアリスがかつて王命で色々と試した結果、最も結界の硬度が上がる形がこれだったのだ。
自分の婚約者に最も効果の高い魔道具を渡したいと考えるのは、魔道具職人であれば当然のことだった。
ただ、どうやらハイケにとってはそれは不正解だったらしいが。
ハイケの持つマルシア謹製のペンダント型の魔道具は、おそらくは攻撃魔法を一度か二度弾き飛ばすくらいが関の山のものだ。
たしかに宝石が象眼されており見た目は美しいが、その内実が張りぼてであることは、アリスから見れば一目瞭然だった。
「それに攻撃力の上がる耳栓に回復の効果のある傘など、例をあげればきりがない! こんな変なものばかり作りおって……頭がおかしいのではないか!? アリス、貴様は公爵令嬢として恥ずかしくないのか!」
「――恥ずかしくなど、ありません」
たとえどれだけ性能の高い魔道具を作ることができるからといって、アリスにだってなんでもできるわけではない。
一流の魔道具職人の彼女であっても、使う材料や形状に関してはどうしようもないのだ。
弘法筆を選ばずというが、彼女の場合は弘法筆を選べずといった方が正しい。
アリスにできるのは、性能の高い魔道具を作ることだけなのだ。
けれど彼女は、そんな自分を恥ずかしいと思ったことは一度もなかった。
公爵である父や国王陛下、それに自分のことを親しみを込めた愛称で呼んでくれるファセット王国の国民達。
アリスは自分が彼らにしてきたことを、胸を張って誇ることができる。
「むっ……」
アリスの毅然とした態度を見たハイケが、眉間にしわを寄せる。
恐らく彼はアリスが頭を下げて、婚約破棄を解消してくれと懇願するとでも思っていたのだろう。
そしてそれを一蹴し悦に浸ろうという魂胆だったに違いない。
自分の価値のわからない人間と一緒にいたいと思うほど、アリスは馬鹿ではなかった。
女はいつだって、自分の価値を本来の自分以上だと信じさせてくれる人と共に在りたいと思う生き物なのだ。
「いいだろう、フィアンセの言葉も聞けん女に用はない。アリス・ツゥ・ヘカリスヘイム――貴様を国外追放処分とする」
王国が信奉する神聖教では、離婚だけではなく婚約の破棄も禁じられている。
故に王権神授を標榜する王族が婚約破棄を行うのは、通常の手段では不可能だ。
であるからこそ、このように婚約破棄をされる場合には尋常の埒外の手段を取られることがほとんどだ。
(国外追放なら……まだマシな方ね)
最悪の場合、覚えのない犯罪で拘禁されそのまま斬首というところまで彼女は考えていた。
先ほどアリスは、そうなっても構わないという覚悟を持って発言をしたのだ。
今回の処分は最悪のケースと比べれば、比較的穏当な部類ではあるだろう。
生活能力なんてあるはずもない公爵令嬢を国外追放処分にする時点で、ありえない話には違いないが。
「謹んでお受け致します」
ただ何事にも例外はある。
アリスはそんじょそこらの公爵令嬢とは違う。
『奇天烈令嬢』の二つ名は、伊達ではないのである。
アリスが婚約破棄を言い渡されてからも、彼女は不服をこぼすでもなく父である公爵やハイケの父である国王ヴァナール二世に抗議をするでもなく、粛々と国外へ向かうための準備を整えていた。
一連の騒動から三日が経った日、アリスは本当に家を出ていった。
供回りを一人として連れて行くこともなく、馬車を使うこともなく王都の城壁に背を向け北へと向かっていった。
子飼いの兵士達から情報を得られたことで、ハイケはふーっと大きく鼻で息を吐く。
「まったく、ようやくあの気持ちの悪い女と別れることができた……待たせてしまってすまないな、マルシア」
「いえ、そんな……うれしいです、殿下」
目にもとまらぬ一瞬のうちに手を取ったマルシアが、ポッと頬を赤く染める。
その様子を見て庇護欲をそそられたハイケが、その華奢な腰に手を回す。
ハイケは元々、アリスのことが嫌いだった。
公爵家の次女の分際で、自分より国民に気に入られているというのが気に入らなかったからだ。
父であるヴァナール二世が彼女のことを気に入っているせいで、なかなか婚約にケチをつけることはできなかったのにも腹が立っていた。
本当に好きな人であるマルシアと出会ったのは、運命だったに違いない。
彼はマルシアに奮い立たせられる形で、アリスへ最後通牒をたたきつけ……そして見事国外追放を勝ち取ったのだ。
「やってみると案外他愛なかったな……ふふっ」
「そうですね、これで私のタンネンベルク家も……うふふ」
マルシアにもらったペンダント型の結界の魔道具に触れながら、高笑いをするハイケ。
それにつられて笑うマルシア。
ハイケは今後、魔道具をアリスの実家であるヘカリスヘイム公爵家からマルシアのいるタンネンベルク男爵家へと切り替えていくつもりだった。
魔道具の違いなど、所詮は些細なものだ。
落ち目だと言われていても、タンネンベルク家もかつてあと一歩のところで天下を取れるところまでいったのだ。
しっかりと地力は持っているのだから、入れ替えても問題などあるはずがない。
「俺が王になったあかつきには、マルシアを王妃として迎え入れてみせるぞ!」
「うれしいです……ハイケ陛下」
「ハハッ、陛下はよせ。気が早いぞマルシア」
「あらいけません、私ったらついうっかり」
「まあそう遠い話ではないかもしれんがな……フハハハハッ!」
そう高らかに宣言するハイケ達は、正しく人生の絶頂の真っ最中であった。
それが束の間しか持たぬ仮初めの幸せであることを、彼らはまだ知らない――。
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