第33話 三人の英雄 2


 それから十年後、練気術は龍族の戦闘を大きく変えた。

 刀本来の斬れ味を更に鋭くし、治療術と強化術で怪我を減らした。守護術はさらに強固に、魔法は遁術に置き換わり、魔力の消費量を減らした。

 個人の戦闘能力の向上は、武具の材料の調達を容易にした。およそ五年で全ての戦士の武具を一新した。


「龍王様、鬼族に不穏な動きがあります」


 今年で停戦から百年。

 クリカラの元に斥候からの報告があった。


 龍国は大陸の左下。

 東の仙神国とは、南北に伸びる『パラメオント山脈』で仕切られている。山脈の最南端と海の間に陸路があるが、軍を通す程広くはない。その為戦闘にはならず、龍族と仙族は比較的友好関係にあった。

 龍族は主に北の鬼族と、仙族は魔族と交戦していた。


 鬼族は、龍族よりもかなり大きい種族だ。男の龍族二人分程の個体も存在する。そして額の角が特徴的だ。

 異常なまでの体力と力に、龍族は手こずっていた。それも以前までの話。


 龍族の反撃が始まる。

 


 ◆◆◆



「鬼族との決戦はいつも通り北の湖と山脈の間の平地になるはずだ! 一度押されたふりをして引いてみな。あのバカ共は勢い付いて進軍するだろう。それを伏兵で叩く! そんな初歩的な戦法でと笑うかい? 初歩的な戦法だからこそ、奴らは舐めて掛かってくる! 悪いけど、そこまで念入りに作戦練らなくても練気術を隠してる私達の圧勝だよ。皆! 蹴散らしてやりな!」


 参謀リンファの演説で士気は上々。


「儂から皆に伝える事は唯一つだ。死ぬな! 練気術で生まれ変わった守護術と強化術で、鬼族共の攻撃は防げるであろう。負傷しても治療術で元通りだ。我々の刀の斬れ味は以前とは比べ物にならぬ。これは命令だ! 誰一人として死ぬことは許さん! 必ずここに戻れ!」


『オォォ――ッ!!』


 以前と同じ攻撃役、盾役、治療役の三人一組での戦闘。

 しかし以前と変わったことは、精度こそ違えど全員が練気術を駆使した全ての術を扱える事。空を駆ける者もいる。

 ここに、クリカラの誰一人失いたくないという想いが詰まっている。

 国内に留まっていても敵は来る。国と民を守るには敵を迎え撃たねばならない。民を失いたくない。が、戦わねばならない。

 クリカラは葛藤していた。


 総大将は、龍王クリカラ。

 参謀は、龍王の妻リンファ。

 次男リンドウ率いる先鋒隊が鬼族と戦闘し、一時退却。それを、長男フドウと、長女メイリン率いる伏兵が両脇から叩く。

 鬼族は、自身の力の過信から猪突猛進。今までは、その異常な体力と力に押され続けたようだ。

 それも今日までと皆勇んでいる。


 

 メイファにとっては初陣、リンドウ先鋒隊として参加している。


「よし、迎え討つぞ! 進め!」


 総大将の号令で先発隊が進軍した。

 


 

 リンドウ先鋒隊は、すでに主戦場付近に差し掛かっている。

 

 眼前には、余裕の進軍をしてくる鬼族が見える。話で聞く以上だ、男も女もでかい。額の角が一本の者や二本の者、髪色は様々で肌は浅黒い。

 鬼族の武器は、金棒、大斧、刺股さすまた、薙刀等だ。防具は、胸当てに篭手と脛当て。

 敵の先頭に一際大きい男がいる。


「おいおい……そりゃ無いっしょ……敵さんの総大将が先陣切ってる……」


 鬼王きおうイバラキだ。


『よしお前らァ! 身体強化だ! 死ぬなよォー!』


 リンドウの怒号で開戦した。

 しかし、恐るべきは鬼王イバラキ。一際大きいその体躯から繰り出される一撃で、味方は強化された守護術ごと吹き飛ばされた。


『守護術 堅牢・じん


 リンドウは、隊全体を守護術で覆った。


「防戦一方になってる場合じゃ無いっしょ! 俺が守るから攻撃に転じろォ!」


 一斉に攻撃に転じる。

 メイファ達が治療術で仲間を癒す。手遅れの仲間もいた。鬼王の一撃は練気の守護術を貫いた。


 隊長リンドウの活躍で押し返す。

 が、イバラキ率いる敵先鋒隊の勢いは凄まじい。


「だめだァ! 引けェー!」


 リンドウを殿しんがりに退却を始めた。

 鬼王の隊はそれを追撃する。


 母リンファの作戦通り。

 湖の茂みと、山脈の麓に隠れていたフドウ隊とメイリン隊が鬼王の隊を挟撃した。リンドウ隊も反転し攻撃に転じる。


 鬼王イバラキを先頭に、鬼族隊は大混乱に陥った。こうなったら軍は脆い。

 敵は総崩れだ。


「流石は猪王だなぁ、イバラキ殿ぉ!」

「くそっ、フドォー! 駄目だぁ! 全軍、引けぇー!」


 まさかの総大将を殿にしての退却。

 鬼王の誤算は龍族の大幅な戦力の増大。今までなら、この程度の挟撃は跳ね返していた。鬼王は自らの過信で自軍を窮地に追いやった。

 

 総大将を討ち取るまたとない好機、フドウ隊がイバラキを襲う。


「逃さねぇぞ、イバラキ殿ォ!」


 フドウが練気を纏った刀で鬼王に斬りかかり、鬼王イバラキの左腕を切断した。


「クソぉ! オメェらオラを守れェ!」


 総大将の腕を斬られた鬼族隊は、死物狂いで王を守った。


「絶対逃がすなよ! こんな好機は二度と来ねぇぞ!」


 しかし、鬼族の抵抗は凄まじかった。

 半数以上の鬼族を犠牲に、鬼王イバラキは退却した。


「くそぉ、逃した……」

「まぁでも、大勝だ。これ以上望むのは贅沢っしょ」

「戦死者は出てしまいましたね。父様が悲しむ……」


 鬼王イバラキの左腕を手土産に、意気揚々と帰陣した。

 

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