第五十二話 扶桑 改装

ドッグから引き出された扶桑は、タグボートにひかれる形で横須賀の岸壁に横付けされた。

艦内で操舵作業を行っていた三菱造船所の作業員達と入れ替わるように扶桑には軍人達が乗り込んで行った。同時に弾薬、燃料と言った可燃物。水、食料と言った生活物資も次々に積載されていった。

そうして全ての積み込み作業が完了した一週間後には扶桑の喫水線は丁度岸壁に横付けされたところから1メートルほど下がっていた。


その間にも扶桑が入っていたドッグは慌ただしく排水が行われ、ドッグのそこに木枠が設けられていた。新たな艦が建造される予定だそうだ。


「随分と様変わりしたものだ」

扶桑の様子を見にきた成田大佐と新堀は呆れたように艦の後ろ半分を見ていた。


扶桑の後部艦橋は修理の際に大きく形を変えていた。

流石に後楼のトップにある予備射撃指揮所と測距儀、信号マストは変わらなかったものの、そのマストには新たに電探が追加されていた。

トラス構造の本体からアンテナがいくつも前後に伸びている構造の電探は扶桑の前楼トップに設けられた金網のような二号電探よりも小柄なものだった。


 だがそれは扶桑にとっては些細な違いだった。

甲板から上の二階層分を箱型の構造物に置き換えられ、そこから連続する形で船幅いっぱいに広がった航空機格納庫が四番砲塔跡地の後ろまで続いていた。

 流石に甲板の作業スペースの関係で最後尾の部分は元の甲板が露出していたがそこまでの合間に箱型から逆三角を描く台形に整形された格納庫はかなりの艦載機を収容できそうなものだった。

その上には艦の後部から1mほど後ろに飛び出すように飛行甲板が設けられていた。

もちろん空母のような甲板ではなく水上機を運用するための滑車レールやターンテーブルがお口も設けられたものであった。

その飛行甲板も鉄板の上にコンクリートを貼った構造になっているらしく従来のような木製甲板ではなくてザラザラとした滑り止め塗料が塗りつけられていた。だが木製甲板は海洋での太陽光を吸収して艦内の温度をある程度下げる効果も期待されている。それがないと言う事は格納庫は場合によっては蒸し焼きになってしまうのではないかと新堀は不安に思った。その格納庫も全体を見ると随分とバランスが悪そうに見えた。と言うのも格納庫の左右には張り出しを設けて対空火器と水上機を回収するためのデリックが増設されていた。

カタパルトも後部艦橋の左右に飛行甲板と高さを合わせる形で油圧式のものが二基設けられていた。


前半部分は艦橋の上部に新たに見張り指揮所や対空機銃が追加されたくらいで艦の前と後ろで全く違う装いをした扶桑は中々奇抜な見た目をしていた。


「ここまで変わってしまうと元の姿が想像できないな。いっそのこと艦橋と主砲を無くして空母にでもしてしまうか?」

冗談のように言う成田大佐だったが、新堀には冗談に聞こえなかった。このまま前方部の主砲が破壊されれば本気で海軍は扶桑を空母に仕立て上げるのではないか。

「それでは時間がかかりすぎるのだろう」


しかしその手間はここで扶桑を完全な空母にするのとそう変わらないものである。それをしなかったのは結局のところ時間がないからなのだ。

「ああ、米軍の動きがここ最近活発化しているらしい。本格的な攻勢かどうかはわからないが長くても二ヶ月後には何かしらの攻撃があるらしい」


実際作り始めたばかりの戦時急増空母や開戦前から建造されていた装甲空母はどんなに急いでも1942年の末にならないと戦力化出来ない。

それなのに扶桑を空母化するとなればその再戦力化がいつになるのかわかったものではなかった。


現在次々と就役している艦は戦前からの建造計画と建造中だったものだ。

空母に至っても客船改造の隼鷹がようやく実戦配備についたばかりだ。姉妹艦の飛鷹は就役こそしていたが習熟訓練が未だ続けられており戦力化までは時間が必要だった。

しかしアメリカの反撃は待ってくれなかった。扶桑に至っても改装後の習熟訓練を一ヶ月ほど切り上げる形で作戦に編入されたのだった。





しかしいつまで経っても格納庫に収めるべき艦載機は到着しなかった。

航空機関連の整備員や飛行科の中でも甲板で作業するものや士官などは既に着任していたが、彼らも一様に首を傾げていた。


新堀が確認をしようにも出撃準備が慌ただしく行われる中では扶桑の艦載機の事など聞ける様子でもなかった。暑いので扶桑は放って置かれている状態だった。

新堀はこのまま空っぽの格納庫のままで出撃でもするのだろうかと思っていると、出撃の直前になってようやく艦載機が到着したのだった。


 だが作戦前に格納庫に載せられた機体を見て新堀は驚愕した。最初は零式戦闘機をベースにした水上戦闘機である二式水戦と開戦直前に量産が開始された水上爆撃機瑞雲を搭載すると考えられていた。

だが港のクレーンと扶桑のデリックによって速やかに載せられていく機体はどれもフロートをつけない艦載機だった。


扶桑は完全に航空母艦の補助として考えられていたのだった。





 

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