第9話「ハルが王子様!?」
あれから色々とあった。
ガラティア元侯爵令息をお城の衛兵に引き渡したりとか、
白装束の人達が私を家まで送ってくれたりとか、
怪我をして帰ってきた私を見て母が失神、
私は怪我の治療を受けたあと、
父に長時間お説教され、
兄にチクチクと嫌味を言われた。
「世間知らずの令嬢が、調子に乗って一人で外出するからこんなことになるんだ」
特に兄にドヤ顔で説教されたのが堪えた。
兄が私の事を心配しているのがわかるし、本当のことなので反論できないのが辛い。
幸い私の捻挫は大したことがなくて、一から二週間もすれば治るらしい。
私が治療を受けてる間に、失神していた母が目を覚ました。
それで、白装束の人達が両親と兄と私に話したいことがあるというので、応接室に集まってる。
もちろんハルも一緒だ。
ハルは怪我の治療の時も、私から離れなかった。
白装束の人達が、「殿下、こちらにおいでください」と言っても聞かないので、ハルは私の膝の上にいる。
全員揃ったところで、白装束の人達が事情を話し始めた。
「ハルが獣耳族の犬族の王子様で、本名が、ハルヴァート・レインウッド様!?」
なんとなく予想はしていたけど、急に現実を突きつけられた気分だ。
私の膝の上で欠伸をしているハルが、王子様なんて……。
白装束の人達はレインウッド王国の近衛兵で、ハルの護衛をしていたそうだ。
彼らは全員犬族で、犬耳は本物らしい。
彼らの犬耳は物音がする度にピクピク動いて、なんとも可愛らしい。
こんなこと口が裂けても言えないけどね。
行方不明になったハルの匂いを手がかりに、公園を散策していたところ、ハルの唸り声を聞いて駆けつけたらしい。
白装束の人達は匂いでハルのこと探してたんだ。
もしかして地面に鼻をつけて匂いを嗅いでいたのかな?
そのシーンを想像したら、おかしかった。
「殿下、いい加減お屋敷に帰りましょう?
陛下や王妃殿下が心配されてますよ!」
白装束のリーダーらしき人が、ハルの前に跪いた。
ハルは私の膝の上にいるから、白装束の人が私に跪いているみたいな格好になって、なんだか落ち着かない。
ハルは白装束の人から、ふいっと顔をそむけた。
こうしているとハルは普通の犬にしか見えない。
「聞いてもいいですか?
ハルはなぜ家出したんでしょうか?」
私は疑問に思っていた事を口にした。
権力争いがもとで何者かに命を狙われたとか、そういうことだったらお屋敷には返せない。
「殿下は、この国に花嫁探しに来たのです。
侯爵家以上の家格の未婚の令嬢を屋敷に招き、パーティーを開き、殿下と気の合いそうな女性を選別し、後日個別にお見合いしていただく予定でした。
ですが殿下はこの国に来てすぐに、
『僕は政略結婚なんかしない! 番を探す!』
とおっしゃられて、滞在先のお屋敷を飛び出したのです」
花嫁探し……?
ハルが結婚相手を探してる……?
そんなのは新聞を読んで知っていたことだ。
だけどあの新聞記事と、目の前の仔犬の姿のハルが結びつかなくて……ずっと現実から目を逸らしていた。
どうしてだろう? ハルの結婚相手の事を考えたら……胸がチクチクする。
ハルは他国の王子様。
伯爵令嬢に過ぎない私は、彼の婚約者候補にすらなれない。
ハルが遠くへ行っちゃう……そんなのやだ!
私は気がついたらハルをぎゅっと抱きしめていた。
「ハルと離れるのは嫌だよ……!」
「フィオナ様は、殿下の事を……」
白装束の人が何かを察したらしい。
「あー、妹のことはほっといてください。
それより聞きたいのですが、『番』とはなんですか?」
兄は私とハルの事より、自分の知的好奇心を満たすことを優先した。
兄はそんな人だ。
「犬族にとっての番とは、人生でたった一人出会える運命の人のことです。
番を見つけた犬族は、何があってもその相手の事を手に入れ、死ぬまで離しません。
いえ、死後も相手のことを一途に思い続けます」
番って、そんな仕組みなのね。
ハルもこの国に番になる女の子を探しに来たんだよね。
ハルの恋路の邪魔をしちゃ駄目。
ハルをお家に返さないといけない。
そんなことはわかってる……!
でも、それでもハルの事を離したくないよ!
「時を重ねるに連れ、国が発展し、人口が増えました。
今では番を見つけられるのはほんの僅かな国民です。
恋愛結婚や、貴族や王族であれば政略結婚するのが常です」
「貴方がたもこの国に王子様の番探しではなく、政略結婚の相手を探しに来たわけですね?」
兄の質問は続いている。
「見つからない番を永遠に探し続けるよりは、どこかで諦めて、政略結婚した方が殿下の為になると思いました。
ですが、殿下が番を探す為に家出をするとは……」
「その番って、どうやってわかるんですか?
『私はあなたは俺の番です』って、顔に書いてあるわけじゃないですよね?」
「犬族なら番は匂いでわかります」
「なるほど……匂いね」
兄は疑問を次々に白装束の人にぶつけていた。
「ところで殿下はなぜ犬の姿をしてるんですか?
貴方がたのように人型に犬の耳と尻尾だけ付いている訳ではないんですね」
白装束の人達は裾の長いローブを着ていたからわからなかったけど、よく見るとローブの隙間から尻尾が覗いていた。
犬耳だけでなく尻尾もあったのね。
「若い犬族の場合、旅先で犬の姿になってしまうことがあります。
殿下も我々が少し目を離した隙に犬の姿になったようで……窓の隙間から逃げ出したのです」
「人間の姿に戻す方法はないんですか?」
「このチョーカーを首に着ければ、魔力が安定して人型の姿を保てます。
先程、殿下に着けようとしたのですが手を噛まれてしまって……」
白装束の人の手には、包帯が巻かれていた。
「なるほど、では話が早い。
フィオナ、殿下に首輪……チョーカーをお付けしろ。
殿下もお前の手に噛みついたりはしないだろう」
兄は白装束の人からチョーカーを受け取ると、私に手渡した。
「先ほどから妹の匂いを鼻を鳴らして嗅いでいる変態……、
もとい妹の抱きしめられてニヤけてるゲス……、
いや犬の振りして妹のベッドに潜り込んでいたドスケベ……、
いえ聡明な殿下を人間の姿に戻し、妹への気持ちを聞けばいい」
兄がちょいちょい毒を混ぜて説明してきた。
そうだ、ハルを人型に戻して話を聞くのが一番いい。
でも……ハルに嫌われていたら……?
それでも、ハルを犬のままにはしておけない。
それに……いつか白装束の人達がハルを連れて行ってしまう。
このまま、ハルの気持ちを聞かないで別れるなんて嫌……!
「あの、確認しておきたいんですけど、このチョーカーに洗脳機能とかないですよね?」
白装束の人がハルにチョーカーを付けようとしたとき、ハルが白装束の人達の手を噛んだのが気になるんだよね。
このチョーカーなんかやばい物なのかな?
「ご安心ください。
そのチョーカーは魔力を安定させ人型に戻す以外の効果はありません。
それに王族を洗脳する行為は死罪に値します。
そんな危険は犯しませんよ」
そっか、それならチョーカーをハルの首に付けても大丈夫だよね。
それにハルが邪魔なら、白装束の人達はハルがガラティア元侯爵令息に襲われていたとき、助けたりしなかったはず。
私の考えすぎだったみたい。
白装束の人達はハルの味方だから心配いらないわ。
「ハル、あなたにチョーカーを付けたいの?
いいかな?」
ハルは少し考えたあと、首をコクンと縦に振った。
私はハルをソファーの上に座らせ、今付けている首輪を外して、白装束の人達から貰ったチョーカーをハルの首に付けた。
その瞬間、ピカッと眩い光が辺りを覆い、私の前に黒髪の男の子が立っていた。
人型のハルはサラサラのロングストレートヘア、黒真珠の瞳、白くて綺麗な肌の絶世の美少年だった……。
「…………っ!」
彼の姿を見て私は言葉を失った。
「……すみません、伝え忘れてました。
人型に戻ったとき、衣服を纏っていないのです……」
白装束の人が申し訳無さそうに言った。
そう、人間の姿に戻ったハルは何も身に着けていなかったのだ。
ハルはソファーの上に立っていて、私はそれを見上げている訳で……。
「きゃーーーーっ!!!!」
私の悲鳴が応接室に響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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