異世界もそんなに悪くない 〜きみとの”異世界生活”癒しのひととき〜

宮崎世絆

第1話 電車を降りると

 雀の囀る声が聞こえる。



 少し意識が覚醒したがまだ眠気が勝り、少しチクチクする枕に頬を寄せて俺は再び眠りにつく。




「……きて……」




 どこからか、微かに声が聞こえる。



「……おきて……」



 優しい声で誰かが俺の肩を優しく揺する。……眠い…もう少し、寝かせてくれ……。



「もう朝だよ? ねえ、起きて?」

「うーん……あと、五分、だけ……」


 薄い掛け布団を頭まで引き上げて、俺は二度寝を決め込む。


 しかし愛しの掛け布団は、ものすごい勢いで剥奪されてしまった。


「もうっ今すぐ起きないと、脇をこちょこちょしちゃうよー?」

「うわああぁぁ! おきる! 起きます!!」


 くすぐられるのがほとほと弱い俺は、慌てて飛び起きた。


「やっと起きた。おはよう、お兄ちゃん」

「うーんまだ眠い……おは、よう……」


 俺は妹に寝惚けながらも何とか朝の挨拶を済ませる。


「お兄ちゃんって本っ当、朝弱いんだから。ほら、朝ご飯出来てるから顔洗って来て?」

「ふわあぁぁ……分かったよ」


 妹は呆れたように肩を竦ませて部屋から出ていった。


 俺は仕方がなく寝床から起き上がる。自分の部屋を出て、数歩で辿り着くこの小さな家の玄関を開けた。

 そして家のすぐ横の井戸まで歩くと、桶で水を汲み取って顔を洗った。



 すぐ側からまた小鳥の声が聞こえる。今度は違う鳴き声だ。

 顔を上げて近くの木々を見上げると、可愛らしいピンク色の小鳥が数匹枝に止まっていた。


「あー、確かあの鳥はピノンって名前だったかな? 森の中であの色は目立つだろうに。何でピンク色なのか、今だに謎だ」


 因みに、寝ている時に雀と勘違いした雀によく似た鳴き声の鳥は、この世界ではチュンメと言われる森に生息している小鳥だ。朝、日の出頃にチュンチュン鳴くからチュンメと名がついたそうだ。



 ……今の説明で何となく察してくれただろう。


 そう、ここは異世界。


 俺はこの世界に来て、もうかれこれ三年の歳月が過ぎていた。




 とりあえず自己紹介から。俺は牛富海斗うしとみ かいと。しがない壮年初期の独身サラリーマンだ。


 朝、いつものように通勤ラッシュの電車に乗っていた。その日は運良く目の前の席が空いたので、いそいそ座ったんだ。すると日頃の寝不足が祟ったのか、そのまま爆睡してしまった。


 そして目が覚めて起きたら、見渡す限り乗客は一人も居なくなっていた。


 寝落ちして車庫まで連れて来られた! と思って焦ってたら、電車の扉が急に開いたので俺は慌てて飛び降りた。


 そしたら、そこは森だったんだ。



 そう森。電車を降りたら森。お分かりだろうか。


 どんな田舎の電車ホームでも電車を降りてすぐ森だなんて通常あり得ない。最低でも電車ホームや駅名の立て札がある筈だ。でもそんなモノは無く、自分が立っている地面は草の生えた大地。

 遠くから小鳥の囀る声が聞こえ、見渡す限り樹齢が何百年もありそうな幹の太い見事な木々が、緑の葉を揺らしていた。


 ハッとして俺は後ろを振り返った。すると今さっきまで乗っていた電車が跡形も無く忽然と姿を消していた。


「マジか……」



 電車を降りたら、そこは異世界でした。とさ。

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