3.疑念と決意
「オリビア、クロウディア嬢はどうだった。君の見立てを聞きたい」
「はい、ユリウス様……やはりクロウディア様は暗部の技術を持っておられます」
「ふむ……それは何故わかる」
私室に戻ってすぐ執務机に着き尋ねるユリウスにオリビアが答える。
「エンゲルシュタンの者は物心つく前より姿を隠す術を、そして姿を見せぬ者を探る術を学びます。そして……クロウディア様は対面して話されていてもまるであの場にいないかのように気配が希薄なのです」
エンゲルシュタン公爵家は、古くより暗部として皇家に仕えてきた家であり、分家含め連なるものは暗部としての技を仕込まれる。
本家の者であり、英才教育を受けてきたオリビアをしてクロウの技は自分より遥か高みにあると感じた。
「私では、いえ我が家の誰であってもクロウディア様が本気で姿を隠したなら見つけることは叶わないでしょう。宴の一件といい、彼女は只者ではないと言わざるを得ません」
「それほどか……兄上は武門の国の者と言っているが、そちらで学んだ可能性は?」
「無い、とは言いきれませんが……フライハイトなる国のことは我が家も掴んでおりません」
「調査は?」
「家の者にさせていますが、無駄骨になるかもしれませんよ」
「君の家の者が見つけられないならフライハイトという国は無いということだろう。それが分かればいい」
「でしたら、あらかじめ小国群に潜らせている草に探らせていますのでわかり次第結果が届くでしょう」
「結構」
ユリウスは顔の前で手を組み深く考え込むようにすると半ば愚痴のような感じで声を漏らした。
「全く……兄上は何を考えているやら。得体の知れない婚約者に、何故か急接近しているファウフィデルの令嬢……まったく読めん」
「……頼まれていますがファウフィデル公爵家の内偵もあまり上手くいっておりません」
「あぁ、あの家も一筋縄ではいかないな……オリビア、付き合って貰って悪かったな、今日はもう大丈夫だ」
「はい、ユリウス様もあまり根を詰め過ぎませんよう」
「あぁ、気遣い痛み入る」
オリビアが退室した後、ユリウスは独りごちる。
それは静かな決意のようだった。
「父上が倒れた今、私は私に出来ることをするだけだ、帝国の為に。それが例え兄上を敵に回すことになっても」
▽ ▽
一方、ユリウスとオリビアの去った大書庫では……。
「何これ……ロマンス小説ばかりじゃない」
「違いますわよ! ほら、これは指南本ですわよ」
「『政略結婚のすすめ』?……あのね、私とアレクセイは……」
「はいはい、ですわ。政略結婚じゃないとおっしゃるんでしょう? その言い訳は聞き飽きましたわ!」
「はぁ……(マルタといいブリジッタといい、ペチュニアといい……この間からやたらとアレクセイとくっ付けようとしてくるのよね)」
それは、ペチュニアとお茶をしていた時につい溢してしまった愚痴からだった。
▽ ▽
「え、じゃあ、クロウ様はアレクセイ殿下がお嫌いなんですか?!」
「……嫌いっていうか、好きじゃないっていうか……無理やり国に引き留められてるわけだし……婚約者っていうのも何も聞かされずにいきなり宴で。滅茶苦茶過ぎるのよ」
ペチュニアとお茶をしていた時のこと、ブリジッタに「クロウ様はアレクセイ様のどこがお好きなのですか?」と尋ねられ「えっ!? 好きじゃない! 好きじゃないから!」とクロウが慌て答えた後の話だ。
そこからマルタ、ペチュニアも加わり質問責めにされ、禁により素性は話せない為作り話を交えながら質問に答えた結果、クロウはアレクセイに半ば無理やり国に留められている……ということになったらしい。
「嫌なら逃げれば良いでしょう? クロウディアにはあんな異能があるのですから」
「それは……色々あって出来ないのよ……」
「フフ……本当は離れたくないのではなくて?」
「ペチュニア! 違うったら!」
否定するクロウディアをからかうペチュニアだったが少し声音を真面目なものにして語りかける。
「ですがクロウディア、王族や貴族の結婚とはそういうものですわ。下手をすれば互いに顔をしらぬまま……なんてこともあるのですから。互いの気持ちより家同士の繋がりが優先される中、少なくともアレクセイ殿下は貴女に懸想していらっしゃいますわ。あの方、あんな風に異性に笑いかけたりはあまりしませんでしたのよ?」
「でも……私は……」
「本当に嫌ではないでしょう?」
「う……うぅ……そ、外の空気を吸ってきます!」
クロウディアはたまらず席を立ち、勢いよくバルコニーから飛び出し、そのまま転移して庭に降りていった。
「あっ、逃げた」
「逃げましたわね」
「そのようですね」
残された3人は呆れたように、それを見送っていたがやがて控えていたマルタがお茶を自分とブリジッタの分を用意しペチュニアと同席する。
ブリジッタは用意されたお茶を一気に飲み干すと腹に溜めていた言葉をぶちまけた。
「クロウ様、
「あらあら、ブリジッタ。言葉遣いか乱れていますわ。叫びたい気持ちは分かりますけれど」
「やはり無自覚なのではないでしょうか? 武に打ち込んでこられた方は色恋に疎いかと存じます……ヴェルナー様も最初はそうでしたがいまでは……くふふ」
「マルタ……貴女は正式にヴェルナー様と婚約を結んでからというもの惚気過ぎですわ」
いまや身分の差を超えてこうしてお茶を共に楽しむまでになった3人。
専ら話題はアレクセイとクロウの仲のことだ。
「でもたしかに、マルタの言う通りかもですね。クロウ様は初心っていうよりは無自覚か……気持ちを認めたくないか、そんな風に見えます!」
「そのようですわね。では私たちはクロウディアに少しずつでも自覚を促すよう周りを固めていきましょうか」
「はい、ペチュニア様!」
「勿論協力いたします」
こうして密かに【アレクセイとクロウディアをうまいことくっつけ隊】の3人は決意を新たにするのだった。
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