第17話 皇帝
この国の皇帝は30代半ばのとても精悍で逞しい男性だ。
もとは乱世となっていたこの地域にあった小国の貴族の武家の出身で、わずか3年で軍をまとめ上げ、反乱を起こして国王となった。
そこからの10年で周辺国に戦争を仕掛けまくり、ほぼすべてに勝利して吸収合併を繰り返し、帝国を名乗るまでに国を成長させた立志伝中の人物だった。
その性格は残忍で、倒した国の王族はたいてい皆殺しであり、復興不可能な状態に追い込み、憂いなく土地と民を取り込んでいく。
その一方で、民には公平だと言われている。その噂は恐らく正しい。じゃないと帝都であんなに多くの種族が活き活きと暮らすような景色は生み出せないだろうから。
そんな皇帝との謁見ということで、私は少し緊張しながら謁見会場である広間に入った。前を行くクリストファー王子の表情も少し硬い。
そこで王国からの使節団を迎えたにもかかわらず、1週間も待たせたことを何ひとつとして悪いとは思っていない様子の皇帝陛下に迎えられた。
「よく来たな。待たせて悪かった。予定が立て込んでいてな」
言葉と表情と魔力の動きが違いすぎる。
「皇帝陛下。私はレフィスオール王国の国王アルベルトの子であり、第二王子であるクリストファーです。お忙しいところ、お時間を割いていただきありがとうございます」
そんな皇帝に対して、クリストファー王子は形式的な挨拶をする。
「うむ。以前より東の王国には興味があったのだ。一度、責任ある者と話してみたいとな」
皇帝はとても強い興味を持ってクリストファー王子を見つめていた。
ギラギラした目だ。
「ありがとうございます。まずは王国自慢の品々を持って参りましたので、お納めください」
王子がそう言うと、外交官の2人が引いてきた台車を前に押し出す。
これは謁見に際しての贈り物だ。
目録ではなく、実物を豪華に飾り付けている。
いわゆる見栄ね。
様式美とも言うのかしら。
「かたじけない。帝国はどんどん発展しており、様々なものが作れるようになってきているが、やはり歴史が浅い。勉強させてもらうとしよう」
間違いなく、そんなものは帝国にもあるものばかりだが、お前の顔を立てて受け取ってやろう、とかそんな感じだろう。
待たせておいて厭味ったらしいこと。
昨日の散策で感じた帝国の凄さが急に萎んで感じる。
所詮は侵略国だ。
いかに素晴らしい統治をしようが、外部には災厄をまき散らす存在なのだ。
「歴史だけは長い王国ですから、そう言ったことではお役に立てるかもしれません。ぜひ今後の付き合いを」
しかしクリストファー王子は一切表情を崩すことなく、探りを入れるような発言をする。
この方は一歩も引けを取っていないわね。
そこは頼もしい限りね。
こんな皇帝が納める国が侵略してくる可能性があるんだから、やっぱりあのアホ王太子では自滅を選択するようなものだと思うわ。
「あいわかった。我が国の当初の目的はそろそろ達する。この平原から争いをなくし、発展することを目指してきた。東の王国とは、ぜひ互いの領分を守ってともに発展していこうではないか」
これはお前らは進出してくるなよ、という警告でしょうか?
それともあくまでも今はであって、将来は分からんぞ?ということでしょうか?
「ありがとうございます。その言葉を聞いて安心しております。ぜひ建設的な対話をお願いしたいですな」
私の悩みとは裏腹に、王太子はそのように発言して、対話という名の腹の探り合いを終わらせた。
「うむ。今後ともよしなにな。今晩は歓待のため、宴を開くのでぜひ参加してくれ」
「ありがとうございます。ぜひとも」
ふむ。一応は終わったわね。
これで対話終わりということは、きっと王子の中での目標は達したということだろう。
「して、隣の方は、ルイン伯爵と言ったか」
「えっ……はっ、はい。わたくしはエリーゼ・ルイン。国王陛下より伯爵位を頂戴しております」
なんで私に声をかけるのよ。
完全に気を抜いていた私が悪いんだけど、ちょっと予想外だった。
王子との謁見はどう考えても横柄な態度を示しつつ、そちらが分を弁えているなら今のところは侵略はしないぞ、ということしか言っていない。
決して友好的ではなく、ただただ今は敵対はしないということだけの関係であることを確認した形だと思う。
なのになぜ王国のたかが伯爵に声をかけるの?
「高い魔力を誇る一族と聞いた。クリストファー王子の許しが得られるのであれば、ぜひ一度食事でもどうだ?」
歓待の宴があるのに、それとは別に???
さすがにそれは予想外よ。
さっきまで王子に向けられていたギラギラした視線を向けられた私は、確認のため王子の表情を窺う。
「受けると良い。皇帝陛下から街の散策を許され、行ってきたのだ。その礼もある」
「わかりました。それでは皇帝陛下。お誘い、ありがたく頂戴いたしますわ」
許しを得たので私は覚悟を決め、カーテシーを披露して誘いを受けた。
「ふむ。では、明日の夜、使いのものをやるから応じてくれ。楽しみにしている。ではまた今日の夜にな、クリストファー王子」
そう言い残して皇帝陛下は部屋から出て行った。
なお、歓待の宴は信じられないくらい無難に終了した……。
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