第3話 教祖との面会
「ようこそグラシウス正教会へ。あなた方を歓迎しましょう」
予想通りのホテルに着くと、なぜか一緒にやって来たものたちの中で私とライラだけが違う部屋に通された。
そこで荘厳な衣装をまとった男が出迎えた。
彼が教主なのでしょう。
世間一般で女性に受けそうな風貌の、恐らく40にはなっていないと思われる精悍な男。
赤茶色の髪は短く切りそろえられており、肌は浅黒い。
それでも、チラッと私とライラの顔と胸とお尻を見たのは見逃さないわよ?
「ありがとうございます。私たちはもともとグラシウス様を信仰しておりましたが、"正教会"ですか」
「そうだったのですね。それは僥倖。私は古代の文献を探っていて、気付いたのです。グラシウス神とラディフィウス神の関係に。彼らはまるで恋人のように描かれることが多いのですが、それは誤りです。実際には娘のようなものだったのではないかと思っています。だからこそ力の一部が受け継がれているものの、不在となってもグラシウス様は世界創造を続けられたのです。そう考えると、彼の悲しみは本当のものでしょうし、神としてラディフィウス神を慮るのも理解できます。一方で、ラディフィウス神が落ちる原因となったこの世界に対して、1人で完成させたものの上手く運営されなければ消滅させるという愛憎の混じった反応もまた、理解できます」
熱心な様子を装って喋っていますが、全くもって聞く必要はなさそうね。
この人が語ったことは長い歴史の中で散々議論されてきた内容であって、今さら発見したなどと言えるものではないし、それをもって正教を名乗れるようなものでは全くない。
そもそもグラシウス様はラディフィウス様を失った後の悲しみの中でもきっちり世界を構築し、力を使い果たして眠りに落ちたのよ。いつか目覚めたときに世界が正に傾いていれば残し、負に傾いていたら浄化すると言い残して。
私たち魔族の間では、長命で多くの伝承を保存しているエルフから教わった教義が信じられている。
もし私が敬虔な信者だったら、この場で誤りを指摘して罵っていたでしょう。よくもこんな堂々と話せるわね。
もしかして薬でも入れているの?
唯一、驚いたことは、この教主の魔力量は王国の騎士や、宮廷魔術師を上回っていること。
私たち魔族と一緒に戦ってもおかしくないくらい。
悩ましいわね。
明らかに怪しいけど、戦力にはなりそう。
これはもう少し様子見をすべきかしら。
もしダメならそれこそ洗脳して……
「教主様、東側の演説を終えた者が戻りましたが、どうも……あっ、すみません。来客中とは思わず」
「……行きなさい。報告は後で」
教主に話を聞きながら考え事をしていると、突然壮年の男が入ってきた。
そして何やら報告をし始めてから私たちに気付いてすごすごと戻っていった。
『どうも……』なんなのよ?上手く人を集められなかったとかなら、そりゃそうでしょうと思うわよ?
でも違うわよね?何かしてきたのかしら?
「部下が失礼しました。お話を続けましょう」
「そうね。私の立場にはもう気付いているのではないかと思うけれど……」
ここで私はあっさりと手札を切る。
教主も驚いた顔をしているから予想外だったかしら?
でも無意味な会話をだらだらと続けるのは嫌いなのよ。
「エリーゼ様!?」
完全な独断専行だからライラも驚いているけど、まぁいっか。
あとで怒られたら謝っておこうかしらね。
「えっ、えぇ、ルイン伯爵。聞き及んでおりますとも。まさかこうして語り合えるときが来るとは思ってもみなかったことですが、すべて神の思し召しでしょう」
正体を明かして反応を窺ったけどこれはビンゴね。
私が彼らを利用しようとしているのと同じように、彼らも私たちを利用しようとしていたということよ。
「どうしてこの街を選んで布教活動をしているのでしょう?」
「この街には多くの困っている人々がいます。我々の教えが彼らに希望をもたらすのです」
ふぅ、まだ警戒されているわね。
間髪入れずに目線すら逸らすことなく答えるにしては曖昧よね。まぁいいわ。
「もしよければルインに来てくれないかしら?」
「それはありがたいお話です。同じグラシウス様を信じる者同士、じっくりと語り合い、教義を深めましょう。そうすれば我らを敵視する者にも抗えるでしょう」
ふむ……明らかに魔族の境遇を知っている反応……だからこそこちらを利用しようと考えたのでしょうが、どこまで知っているのか確かめる必要があるわね。
大仰に髪をかき上げるしぐさで目線と口元を隠していますが、感情が動いているのは魔力の揺らぎから明らかなのよ。
ふむ、この感情は歓喜ね。ここから何かを仕掛けてくるのかしら。
魔力の揺らぎである程度把握できるから準備は簡単だ。いつも思うけどありがたい能力ね。
これのおかげでアッシュを見つけたんだし、これまでの任務でも役に立ってきたわ。
そして……
「では、エリーゼ殿。この私と一緒にぜひ世界に正しき教えを」
「えぇ。話はだいぶ進んだわね。それではそちらも信徒の方々と相談もあるでしょうし、こちらも準備があるので私たちはこれで失礼するわ。また明日来るわね」
私は彼の目を見てしっかりと答え、そうしてこの場をライラと共に辞した。
後ろで教主がにやりと笑ったような気がしたわ……。
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