第36話 旅の終着点
宿に戻り、荷物をまとめる。出発の準備はそう手間取らなかった。
宿は前払い。精算を終え、すぐに二十層へ続く階段へ向かう。
入り組んだ道、強いモンスター、そして即死級のトラップ。
ここから先は、これまでの道とは比べ物にならないほどの困難が待ち構えている。
一人で迷宮内を歩くのは、これが初めてだ。二十層に入るとまずダンウォッチの電子地図を起動。探索ルートを確認する。先駆者達が残してくれた道標に感謝だ。
が、よく見ると隅の方に注意書きがある。『※二十層は探索が進んでいないことと、モンスターによって通路が破壊されることが多々あり、構造は頻繁に変動する。あくまでも参考程度に見ること。危険度も高く、パーティーでの探索推奨。単独で立ち入ることはお勧めしない』……まじか。
またまたー、脅そうたってそうはいかないぞー。なんたって私には師匠のバールがあるからな。
そう自分を勇気づけて、私は一歩踏み出した。
瞬間。
「ぎゃあ地面が!?」
足元が! 崩れた! なんてこった巨大な蟻地獄⁉
砂粒に足が包まれる。しかもまるで足元から火が迫っているかのように熱い。
さらにさらに。足に細長い蔓のような触手が絡まって、私を地中に引きずり込もうとする。
ものすごい力だ。あっという間に胴体まで沈んでいく。
どうやら地中深くにモンスターが潜んでいるらしい。
相手の姿が見えないのでは、師匠のバールを振るうこともできない。
ああ、走馬灯が見える……。
もうだめだとあきらめかけた時、頭上から伸びてきた太い腕が私を掴んだ。
「何してんすか、センパイ」
「野郷くん……!」
野郷くんは私を引き上げようと、腕に力を籠める。そうはさせるかと、地中のモンスターも力を強くする。まるで綱引きだ。
「いだだだっ、もうちょっと優しくしてくれよ」
「優しくしたら一気に呑み込まれますよ!」
それはそうだけど、このままだと胴体の辺りでちぎれる。
痛みと、野郷くんが駆けつけてきてくれたことに感極まって目が潤んだ。涙の雫は垂れ、すり鉢状の砂にしみこむ。
……おや? 心無しか足元の吸引力が弱まったような。
「その調子ですセンパイ! もっと泣いてください!」
「鬼か君はぁ!」
ところがあら不思議。徐々に、足を引っ張っていた触手がするすると抜けていく。
その隙を見逃さず、野郷くんが一気に私を引き上げた。
「こいつは水が苦手なモンスターなんす」
なるほど。それで逃げていったのか。
その場に残るのは大量の砂だけ。モンスターは逃げたようだ。
「さっきはよくも言いたい事言ってくれましたね。センパイ、カッコつけても似合わないっすよ」
野郷くんは膝についた砂を払いながら立ち上がった。
「危険なことなんか初めから分かってます。センパイ放っておいたら目覚めが悪いんすよ。化けて出られても困りますし」
失態を晒した手前、何も言い返せない。
「地獄の底までお供しますよ」
言うようになったじゃないか。
ふっ、と私は唇を緩めた。
「前言撤回はなしだよ?」
「当たり前っす。さあ行きましょう、センパイ」
野郷くんは私目掛けて腕を伸ばした。
その手を取る前に、私は言う。
「うん、その前にトイレ行ってもいい?」
「え? もしかして……」
野郷くんが胡乱な目をする。
「何も言わないで!」
こうして私たちは心持ちを新たし、ついでにトイレで下着を履き替え、旅を再開する。
過酷な旅だった。
これまでの旅とは比べ物にならないほどの困難が、私達を襲った。
とはいえ私には師匠のバールがある。真正面から向かってくる敵にはこれをぶつけてやればいい。
「センパイ、最近モンスターに遭遇しても悲鳴上げなくなりましたね」
「まあね。君こそ前より生き生きしてるんじゃない?」
「ここは道幅が広いっす。むしろこっちの方が俺にとっては戦いやすいっすね」
私の場合、RPGでいえば多分毎回戦闘後レベル10くらいは上がってると思う。ファンファーレが鳴りぱなっしである。
やがて私達は、二十層の奥地でとある掘っ立て小屋を見つけた。
ここだ、と私には分かる。
「ここだよ、野郷くん。間違いない。師匠の拠点だ」
旅の目的地に 屋根はトタン、扉は完全には締まり切らず少し空いている。
ホームレスの小屋のようだ。
小屋の傍には背の低い柵に囲われた畑があった。
小屋の中は、物で溢れていた。
雑に畳まれたシーツ。般若の面。黒ずんだしめ縄。日用品からおそらくは呪物に該当するようなガラクタであふれている。
懐かしい匂い。そこには確かに、人間の営みの名残が残っていた。
「ねえ野郷く」
何気なしに振り返ると、野郷くんが虚ろな目でご自慢の大太刀を振り上げているところだった。
え?
嘘でしょ?
刃は私目掛けて振り落とされた。
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