第 5 話  魔獣の出現

 この世界には魔力という物がある。

 生まれながらに魔力を持った人々は神がこの世界に作ったとされる泉に浸かり洗礼を行う事で精霊による加護を頂き、魔力を使える様になる。それから魔術を習うことで、様々な事が出来るようになる。火を起こす、水を出す、風を起こすなんて事は造作なく、上級の魔術師になれば、この世界とは全く異なる世界の人間、 “異世界人” をこの国に召喚する、なんてことも出来る様になる。魔力には、<青・緑・黄・橙・赤・白・白金>の七段階があり、青が一番弱く、赤は人間が生まれ持つ魔力で一番強い。白や白金は、異世界人しか持たないとされる。この色は、この大陸の虹の色でもあり、世界を創造したのが虹の女神だったことに由来する。

 しかし、これはごく一部の国の話だ。この国にはそのような習慣はなく、神の泉はあるものの、洗礼しても魔力を持たない者ばかり。この国に生まれる者はほぼ、魔力を持たずに生まれてくる。

 困るのは、魔力を持つ獣、魔獣がいて、我が国がこの様な状態でもそれがこの国にも現れる事だ。その獣は様々な形をしており、あるものは大きな鶏のようだったり、氷像のようなものだったりする。凍るような強風を吹き出すものや、火を噴き出すもの、急所なども様々だが、変らないのは、魔剣という魔術を付与した剣ではないと殺せないことだ。

 この剣も魔力がある者にしか作れず、我が国は友好国のエシタリシテソージャに全て依存している。

 その様な危機的状況なのにも関わらず、ここ十数年ほど魔獣の出現が明らかに増えている。これは、隣国ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンに異世界人が来て、の国の結界を強化したからだと思われている。

 結界は、国ごとに張られていて、白金の魔力を持つ者でないと張る事は出来ない。我が国が張ったものは五百年前のもので、本来ならば二百年前に結界を張り直していなければならないが、その頃にはもう、異世界人を召喚する力が我が国にはなかった。耐用年数がとうに過ぎている結界は穴だらけで修復する術も持たない。もう殆ど結界の役を果たしていないのが現状だ。魔獣の出現を減らすには、彼の国と同じように、結界を張り直す必要があるのだが。友好国のエシタリシテソージャが我が国のために異世界人を召喚し、結界強化を申し出てくれていると言うが…


「兄上それでは、我がエパナスターシは友好国などではなく属国ではありませんか。」


 黙るヘンドリックに、ヴィレムは畳み掛けるように話しを続ける。


「既に軍も置くことを制限され、騎士団が貴人警護と国境警備を兼務しています。その国境警備の任務の殆んどは年々出現数が増えている魔獣の討伐。重ねて、その討伐の指揮はエシタリシテソージャの騎士任せです。兄上、本当にこのままで良いのでしょうか。」

「しかし、七百年前の世界大戦を機に何故か我が国に魔力を持つ者は生まれにくくなり、持って生まれても青ばかり。やはり、エシタリシテソージャの助けがないと安全を維持できない。」

「それは、分かっていますが…我が国と同じ様に属国であったゲウェーニッチは、完全な独立を果たし、今では豊かな国になっていると有名です。国の規模もゲウェーニッチと我が国とでは大差はありません。我が国もその道があるはずです。」


 ヘンドリックは、腕組みをして一つ頷いた。

 

「私たちが、エシタリシテソージャから完全な独立を果たしたとして、次の敵は大国のゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンだ。例え、エシタリシテソージャとの戦いに勝ったとして、直ぐに彼の国に攻めてこられたら、国力が落ちた状態の我が国はひとたまりもない。それに、魔獣討伐はどうする?魔剣を作ることすらも我が国は出来ないんだ。」

「兄上、やはり彼の国は攻めて来るでしょうか?」

「我が国の始祖はゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンの大公だ。かれが独立宣言をして、我が国は大公国となり、世界大戦の末に完全な独立国家となった。エシタリシテソージャと言う抑止力がなくなったら、の国が我が国に侵略しようとしても不思議ではない。」

「何百年も関わりがなく、今や言語や宗教はエシタリシテソージャの影響の方が強いです。」

「それでも、大公の血はこの国にまだ続いている。彼の国が民族統一を掲げ攻め入るとも限らない。用心するに超したことはないのだ。」


 そこに力強いノックの音が響いた。返事をすると入って来たのはヘンドリックの侍従アルヤンだった。


「マッティス領にまた魔獣が出現したとの事です。今度はリッティパゴウが確認できただけで三体。三日間連続で発見されているそうです。」


 リッティパゴウとは、太古の昔、北の国で氷の彫刻に魔力を込めて戦わせたものが始まりで、それがいつの間にか野生化し魔獣になったと言う、氷像の竜。翼を動かすと冷たい突風が吹き、口から触れるものを瞬時に氷結させてしまう息を吐く。尻尾に急所があり、火の魔術を付与した剣で討伐する。討伐が大変に難しい上級の魔獣だ。


「あぁ。分かった。父上のところへ前触れを頼む。」

「兄上、ご提案したいことがあります。なので私もご一緒致します。」

「あぁ。」



∴∵



 着実に夏に向っていると感じるような日差しの日、いつもの様に庭の木陰に用意されたベンチに座りユリアーナは本を読んでいた。


「お嬢様、ユリアーナお嬢様。」


 ユリアーナ専属のメイド、ボーが駆け足でこちらに来る。


「ボーどうしたの?」

「コンスタンティン様から先触れが参りました。お召し替えを。」

「わかったわ。」


 二人は急いで屋敷に戻った。



∴∵

 


「コンスタンティン。婚約式の打ち合わせは明日ではなかった?」


 華美ではないものの、美しく整えられたフェルバーン家の客室で待っていたコンスタンティンにユリアーナは部屋に入ってきた途端にこやかな顔で話す。それに対し、コンスタンティンの顔はどこか曇っている。


「ユリアーナ。婚約式は少し延期になりそうなんだ。」

「えっ?何かあったの?」


 ユリアーナはコンスタンティンの座っているソファーの隣に駆け寄った。


「マッティス領に出た魔獣の討伐隊に入ることになったんだ。」

「何でコンスタンティンが?文官なのに…。」

「今、勉強のために国防府にいるのは話していたよね?」

「えぇ。内務長官されているお父様のお手伝いのためにも、色々な勉強をしたいのでしょう?次は外務府へ行きたいと言っていたわよね?」

「普通、文官は戦地などには行かないけれど、記録係として行くことになった。」


 ユリアーナは例えようもない不安な気持を表情には出さないように努めた。


「そんなには長くならないだろうけれど、マッティス領はここ十年ほど年々魔獣の出現率が高くなっていて、立て続けに出ると、長くなることもあるようなんだ。」

「分かったわ。待ってる。無事に帰ってきて。婚約式のドレスは、アンナが色々と助言をくれたのよ。コンスタンティンに見せるのが楽しみだわ。」

「僕もそれを着ているユリアーナを見るのが楽しみだ。必ず無事に戻ると約束するよ。だから待っていて。」


 コンスタンティンはユリアーナの手の甲に一つキスをした。

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