今日もその手を…
榊 ダダ
第1章
中谷 かこ
第1話 プロローグ
ガタンゴトンガタンゴトン……
一人暮らしの自宅から会社までは、一回乗り換えの電車通勤。
最寄りの駅から毎朝、同じ時間にまず一本目の電車に乗る。
乗車して5分ほど経つと、いつも背中のあたりに人の手の感触を感じる。
足の置き場もやっとくらいに混みあった車内だから、人の手が体に触れるくらいは当たり前かもしれない。
だけど、私の背中に感じるその感触は手のひらだった。
しばらくするとその手のひらは強くもなく弱すぎもしない力で、私の背中を愛おしく愛でるように動き始める。
乗り換えまでは20分弱。
その残り時間を計算しているように、手のひらは一定の感覚で場所を移動してゆく。
背中を堪能し終わると、次は腰。
腰へ降りた手は背中に触れている時よりもいささか情熱的になり、動きも少し早くなる。まるで次の場所へ移動することを我慢しきれない様子で、触れる力も強くなる。
その手の持ち主の体も私の背中により近くなり、必死に高揚を抑えているような吐息を背後からかすかに感じる……。
そこからまた3分ほどの決まった駅に着くと、乗客の乗り降りが終わって扉が閉まるタイミングで、その手はさらにまた下へと降りてゆく。
この段階になると体はぴったりと密着し合い、すごい早さで打つ鼓動が背中越しに伝わってくる。その状態でお尻から太ももの辺りを、いやらしい手の動きが
あと二駅になると、またさらに下へ、手は慌てるように滑り降りる。
私はいつもパンツスーツなので
こんなに勝手なことをしてくるくせにその手には一応自制心があるようで、太もものつけ根より先へは絶対に上がってくることはなかった。
これだけでも十分だと、これだけでもこの上ない
そして残りの一駅になると、また次に
この二ヶ月以上、毎朝同じことをされている。
初めの一週間は本当に悩んだ。
後ろを振り返って捕まえようと、毎日試みてはいた。だけど小心者の私はその場になるとどうしてもそれが出来ず、悪戯に時間だけが過ぎていった。
結局私は、電車の時間を変えることも、車両を変えることもしなかった。
本人にはもちろん、電車内の周りの人にも、友だちにも、家族にも
会社の人にも、誰にも言えなかった。
……誰にも言えなかった
毎朝毎朝、女性専用車両でチカンされていることを。
そして、それを受け入れてしまっていることを……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます