第24話 今に至る二つの失敗
人と他人は完全に分かり合う事は出来ない。
どんなに素晴らしい絵画、物語、そして教えを見ても百人が百人同じ反応をするとは限らないのだ。
応供はその事実を転移前からよく理解していた。 星と運命の女神の教えをいくら説いたとしても完璧に伝え、理解させるのは至難の業と言っていい。
応供は無意識に拳を握って閉じる。 思い出したからだ。
初めて人を殺した時の事を。 アレは小学生の頃だった。
ズヴィオーズ様から力を授かり見るもの全てが変わった時、応供は脳内にのみ存在する女神の威光をどうにか現実に反映させようと必死に知恵を絞っている時だ。
幼く、拙い応供には上手い方法が思い浮かばずに取り敢えず、記憶力を頼りに絵を描いてみたのだ。
自分の画力では女神様の美しさを1%も表現できないが、少しでもと行動したのだが――
隣の席にいた子供に邪魔をされた。 バラエティー番組に歪んだ形で感化され、他人を笑いものにしてクラスで一定の地位を獲得し、自身が他よりも上等と錯覚した愚かな生き物だった。
正直、自分の事は割とどうでもよかったのだが、拙いとはいえ女神様を象った絵を破り捨てたのは看過できなかった。 ミュリエルの父親と同じように謝罪させようとしたが、女神様の素晴らしさを欠片も理解できない愚かな脳みそに非を認めるといった行為は断じて許容できなかったようだ。
その為、謝るまで殴りつけたのだが、周囲に止められてしまった。
応供は自らの正当性を周囲に説明したが、誰も彼も――応供の両親ですら彼の考えを理解できなかったのだ。 それどころか暴力はいけない事だ、お前が悪い、やりすぎだと話を聞く気がない。
その時に子供心に応供は悟った。 こいつ等は結局、目に見える事しか信じないのだろうと。
誰も応供の世界を理解しない。 理解しようともしない。
殴ったクラスメイトの親にはお前の所為で俺の息子は障害を一生抱える事になったどうしてくれると詰られた。
――この世界では正しい事を正しいと叫んでも理解されない。
何故なら正しさの定義が個々人で異なるからだ。
応供は目の前で怒鳴り散らす大人に自らの正当性を正面から説いたが、返って来たのは拳による一撃だ。 そこは納得できた。 彼等は身内を傷つけられて怒っている。
救いようがない生き物を生み出したという欠陥はあるが、その怒りは正当なものだ。
だから素直に殴られていたのだが、彼等は救いようのない生き物の生産元という事をすっかり忘れていた。 あろう事かそいつらも女神様の事を馬鹿にしたのだ。
だから応供は目の前の知能が存在せず、猿のように喚く事しか出来ない生き物達を殴り殺した。
女神様から賜った力を以ってすれば小学生でも大の大人を正面から殴り殺すなど朝飯前だ。
やはり女神様のお力は素晴らしい。 だが、猿以下の産廃でも一応は人間とカテゴライズされる生き物を殺すのは不味かった。
面倒事になるのは応供にも理解できたので、彼はその日にこれまでの日常と別れを告げたのだ。
――その事件は応供に大きな学びを与えた。
他人を信じさせるには目に見える物で信じさせねばならない。
つまりは女神様の素晴らしさを他人に理解させる為には
だから彼は自らに与えられた力を磨き、他者に施す事で女神様の素晴らしさ、そして信奉する事がいかに得なのかを伝えたのだ。 こうして生まれたのが星運教。
最初は上手く行っていた。
人が増え、女神ズヴィオーズの素晴らしさを間接的ではあるが、理解し始めた者も現れる。
組織の運営としてもそこそこ以上に上手く行っていた。
――だが、ここで応供は新しい失敗を経験、気付きを得る。
出る杭は打たれる。
よく聞く言葉だが、彼の二度目の失敗を表現するのにこれ以上のものはなかった。
応供はこの時点で他人に干渉し、その才能を開花させる術を身に付けていたのだ。
異能力と呼ばれる才能を。
それはその力を以前から操り、独占していた者達からすれば非常に目障りだったようだ。
こうして闘いの日々が始まった。 彼の尊厳を踏み躙ろうとする者達に応供は持てる力の全てを使って抗う。
次第に他者を傷つける術に長け、破壊する術に通ずるようになった。
戦いの日々の果てが応供の今だ。 応供はこの世界に流れ着いてからもずっと考えていた。
自分は何をしくじったのだろうかと。
彼が把握している失敗の要因は大きく二つ。
他人とは完璧に分かり合えない。 出る杭は打たれる。
この二つを念頭に置いて動かなければならない。
同じ失敗を繰り返すのは愚か者の行為。 応供は自身が完璧だとは思っていない。
だが、女神から力を賜った身としては彼女に恥じない自分でありたい。
――だから――
「さぁ、俺の手を取ってください。 俺はただ、教えを通して皆で幸せになりたいだけなんですよ」
目の前にいる疑念でいっぱいの村人に手を差し伸べる。
村人――確かオムという男は差し出された応供の手を見て迷うような素振りを見せた。
表情から半信半疑と言ったところだろう。 頭から疑っているにもかかわらず信が半分なのはそれだけ加護がないという事が彼にとってのコンプレックスであった事を意味する。
信じられない。 でも本当なら是非とも欲しい。
基本的にこの世界で得られる加護は生まれつきだ。 後から手に入れる事も可能ではあるが、誰でも容易という訳には行かない。 そうでなければオムもとっくに何かしらの加護を得ているはずだ。
「ほ、本当なんだな!?」
「はい、嘘ではありません。 そこまで深く考える必要はありませんよ。 気軽に試すだけでもいかがですか? あなたがするのは同意して俺の手を掴むだけ、難しい事ではありませんよ」
「わ、分かった。 う、嘘だったら許さないからな!?」
「えぇ、お好きにどうぞ」
オムは応供の手を掴む。 これでいい。
応供はこの世界に存在するステータスという仕組みを短時間でかなり深い部分まで理解していた。
同時に自身がどの程度の
だから、こんな事も簡単にできてしまう。 オムの中に応供の力が流れ込んでいく。
スキル欄に阿羅漢の加護が入り、対応したステータスが爆発的に上昇する。
「お、おぉ……」
オムが自身に漲る力とスキル欄に追加された加護を見て歓喜の涙を流す。
応供は笑顔を絶やさない。 オムは応供の手を握ったまま跪いた。
意識しての行動ではなく、自然とそうなったのだ。
「ありがとう。 ありがとうございます」
長年のコンプレックスが解消され歓喜の涙を流しながら感謝を口にするオムに応供は――
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
――そう返した。
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