第22話 恐ろしい時間

 「ねぇ、私の知らない間にそんな恐ろしい事をしていたの?」

 「恐怖耐性を獲得するのですから恐ろしい目に遭って頂かないと困ります」


 応供は悪びれもせずに真っすぐに朱里の目を見てそう言い放った。

 

 「いや、そういう意味で言ったんじゃなくて――」

 「ですが、これは必要な事です」

 「だから説明をして欲しいって言ってるの!」

 

 事情は分かったが、本人の同意なしにこんな真似をされるのは困る。

 応供はなるほどと小さく頷く。


 「分かりました。 今後は説明しますが、スキルは取得して頂きます。 その点は理解してください」

 

 ここは譲れないのか応供は真っ直ぐに朱里の目を見る。

 それにやや気圧された形にはなったが、朱里は分かったと頷く。

 正直、知らない間に得体の知れない事をされたのは不快ではあったが、今の朱里は拒める立場ではなかった。 応供は敢えて口にしなかったが、現状で最も弱く、死ぬ確率が高いのは朱里だ。


 彼女自身も応供もそれはよく理解している。 

 だからこそ応供はこんな強引な手段で能力の底上げを行ったのだろう。

 不快ではあるが、このような事を平気で実行する応供に対する恐怖心のようなものはかなり薄まっている。 確かに恐怖耐性は今の自分に必要なのだろう。


 不快感や怒りは存在するが、かなりの割合で理性が勝る。 

 その結果、応供の行動は自分の為に必要だと思って行ったのだろうといった納得が先に来るのだ。

  

 「怒っていますか?」 

 「怒ってる。 この有様を見たら意識を失ってる間、私がどうなったのか分かるからね」

 

 着替えさせられた服、ひりひりする喉、空腹、そしてよくよく見てみると床には拭いた跡。

 間違いなく、応供に何かされている間、様々な物を垂れ流したのだ。

 ミュリエルも説明ができないのも無理のない話だった。 


 「――でも必要だって事も理解はしてる。 多分だけど何もしなかったら私は早々に死んでしまうって思ってるんでしょ?」

 「はい、朱里さんは俺が守りますと言いたい所ですが、依存させるのは本意ではありません。 ですので、朱里さんには自力でこの世界で生き抜く力を手に入れて頂きます」

 「うん、それは分かってる。 少なくとも自分の身ぐらいは守れるようになるよ」


 朱里は強くなるといった漠然としたものだが、目的を得た事に少しだけ安心していた。

 やはり目的地以前に進行方向さえ分からない旅は精神的に負担がかかる。

 状況が好転した訳ではないが、モチベーションを維持する上で当面の目的を定めるのは決して悪い事ではない。 


 「私はそれでいいとしてミュリエルはどうするの?」


 そう、朱里はこれからの方針がはっきりとしたが、ミュリエルはどうなのだろうか?

 彼女の目的は加護を得る事だが、それは達してしまった以上はやる事がない。

 ミュリエルは苦笑して見せる。


 「確かにオウグ様の加護は頂きましたが、行く当てもありませんし、しばらくはお二人のお手伝いをさせてください。 今更な話ですが、お二人を召喚した事もあってできる限り力にならせていただきます」


 正直、ここまで来るのに必死で少し忘れかけていたが、朱里達を召喚したのはミュリエル達だ。

 それに対して思う所がない訳ではないが、朱里は日本での日々を思い出す。

 家族を失って無気力に過ごす毎日。 死んでいないだけで生きていない時間。


 別にこの世界の方が良いとは欠片も思っていないが、ミュリエルを恨む気持ちはあまり湧いてこなかった。 帰る手段があるのなら帰るつもりではあるが、今は目の前の事だけを考えていたい。

 応供は大きく頷く。


 「俺達としてもミュリエルさんがいてくれると助かります。 では、朱里さんと一緒にスキルの取得訓練を行って頂きましょう。 俺は俺でやる事があるので付きっ切りという訳にはいきませんが、二人で協力して強くなってください。 目標としては今後はレベリングと並行して戦闘に役立ちそうなスキルを取得して頂きます」

 「やる事?」

 「それは成果が出たら説明しますね。 取り敢えずは明日にミュリエルさんに耐性を獲得して貰い、その後は俺の指示したメニューをスキルを獲得するまで続けて貰います」


 応供は明日から忙しくなりますよとだけ言って二人に食事を勧める。

 朱里とミュリエルは顔を見合わせると互いに小さく頷いて食事を続けた。

 


 ――翌日。 


 朱里は震えていた。 恐怖耐性があるはずなのに目の前の光景が恐ろしい。

 ミュリエルが狂ったように床をのたうち回っていた。 

 汚れるのが目に見えていたので服を脱いだ後、応供による謎の催眠を受けたのだが、その後は夢に見そうなほどに凄まじかった。 美しかった彼女が恐怖に顔を歪め、失禁しながらのたうち回り、限界が近づいたと応供が判断すると緩める。 そして多少、回復したら続行といったもはや拷問としか思えない所業だった。


 ミュリエルが意識を取り戻した朱里を見て心底から安心した顔をしていた事を思い出し納得する。

 あぁ、自分もこんな感じだったんだろうなと他人事のように思ってしまった。

 昨日、応供にちゃんと説明しろと言った手前、何も言えないがこれは知らない方が良かったかもしれない。 それほどまでのミュリエルは酷い事になっていたからだ。


 拷問のような時間を経て、ミュリエルは恐怖耐性を獲得したが、応供は情け容赦なく次の耐性獲得の為に動き出した。 今度は苦痛耐性を獲得させるつもりのようでミュリエルは苦悶の表情を浮かべ、あまりの激痛に気分が悪くなったのか嘔吐を繰り返す。 


 ――あぁ、私も床にぶちまけたんだろうな。


 朱里は目が覚めた時に床に拭いた跡があった事を思い出して遠い目をした。

 出る物がなくなっても嘔吐を繰り返し、悲鳴を上げ、涙を流すが応供は情け容赦なく作業を続行。

 しばらくすると応供はふむと小さく頷くと解除した。 どうやら苦痛耐性を獲得できたようだ。


 次は精神汚染耐性だろう。 

 応供が手を翳すとミュリエルは水揚げされた魚のようにビクンビクンと床を跳ね回る。 

 しばらくそうしているとやがて痙攣を始めたが応供は一顧だにせずに続行。

 

 思わず目を背けたくなるような酷い光景だったが、どんなものにも終わりはある。

 朝早くから始め、昼を少し過ぎた頃だろうか。 応供はふうと小さく息を吐くとミュリエルに翳していた手を下ろした。


 「終わりました。 では部屋の掃除をするとしましょうか」

 「……そ、そうだね」


 朱里にはそう答える事しかできなかった。

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