第13話 目的地までの話

 応供が用事を済ませて戻る頃にはすっかり日が暮れかけており、薄暗くなっていた。

 二人に服を渡し、着替えている間に火を起こす。 パンなどの食料はそこそこの量を買い込んだので数日は問題ないはずだ。 


 「お待たせしました」


 応供が振り返ると二人は着替えを終えていた。

 地味な色合いの服に同色の外套。 この世界の住民は髪色が随分とカラフルだが、このオートゥイユ王国の人間は全体的に赤っぽい印象を受ける。 実際、ミュリエルは燃えるような赤毛だ。


 そんな中、朱里と応供の黒髪は多少ではあるが浮くのでフード付きの外套が隠しておく方が無難だと思ったので用意した。 一応、金銭の使用は必要最低限に抑えたつもりだが、少し軽くなった袋をミュリエルに返す。 ミュリエルは軽く中を確認すると謎の空間に袋を入れた。


 「それ便利ですね」

 「運が良ければレベルが上がると使えるようになりますよ」


 三人が焚火を囲んだ所で応供は話を始めた。


 「この後ですが、予定通り南東の邪神の領域へと向かいます。 残念ながら俺には土地勘がないのでミュリエルさんに全てを任せる事になりますので、説明を」

 「……これから私達が向かうのはヴォイバルローマと呼ばれる場所です。 山脈の向こうなので山をいくつか越える必要がありますが……」

 「それに関しては気にしなくても問題ありません。 俺が二人を抱えて飛びます」

 「お願いします。 ただ、山脈内部は飛行が可能な魔獣がいるので、そのまま一息に辿り着くのは難しいでしょう」

 「飛行可能な魔獣? ドラゴンでもいるんですか?」

 「近いですね。 ワイバーンです」


 応供がなるほどと腕を組んでいたが、朱里はあまりついていけなかったので小さく手を上げる。


 「あのー、ワイバーンってなんですか? 話の流れからドラゴンと似たような生き物っているのは分かるんですけど……」

 「俺の認識ではドラゴンの下位互換で形状は羽の生えた蜥蜴に近く、日本のフィクションではより実際の生物に近い形でデザインされている印象を受けます。 媒体によっては火を吐いたり吐かなかったりとはっきりしないぐらいですかね? ――合っていますか?」

 「概ね正解です。 ワイバーンはドラゴンの下位種で知能も低く、基本的に獲物を見つければ襲ってくるといった習性を持っています。 ブレスに関しては高レベルの個体が適性のある属性のものを使用するという話ですが、私は見た事がないのでどの程度の物なのかは何とも言えません」

 「個々の戦闘力としてはどうですか?」

 「レベルは低くても15以上、高くても50以下なので単独であるならどうにか私でも倒せるぐらいですね」

 「正直、数字を言われてもあまりピンとこないんですよ。 俺は今レベルが10ですが、あのアポストルとかいう奴を仕留めた時は1だったので、あまりステータスとレベルとやらの恩恵が感じられないと言いますか……」

 「そんな事が言えるのはあなたぐらいです。 加護などが同条件であるならレベルの差が5あれば余程の技量差がなければまず勝てません。 それだけステータスの恩恵は凄まじいのです」

 

 成長率などの要素もあるが、基本的にレベル差は絶対だ。

 3の差で厳しく、5で諦め、10は逃げ出す事を推奨される。 

 それを覆すのが物量と技量だが、絶対的な強者は少々の差を物ともしない。


 「お話は分かりました。 まずは実物を見てから判断するとしましょう」


 応供の言葉でその場はお開きとなった。


 

 交代で眠ると朱里が提案したのだが、応供は寝ないでも大丈夫だと言って二人に寝るように促した。

 それに押される形でミュリエルは毛布を被り、その場で丸まって横になる。 

 朱里は中々寝付けずに何度も寝がえりを打っていたが一向に眠気が襲ってこない。


 何かリラックスできる事を考えようとしても脳裏を占めるのは先が見えない状況に対する不安だ。

 薄く目を開けるとミュリエルは小さく寝息を立てていた。

 お姫様だったのにバイタリティ凄いなと思いながら今度は視線を応供へと移動させる。


 応供は焚火をぼんやりと眺めていた。 

 時折、木の枝を折って放り込んでいたがそれ以外は何もしていない。

 しばらくの間、じっと見ていると「眠れませんか?」と声をかけられた。


 一瞬、惚けようかと思ったが諦めて身を起こす。


 「うん。 何だか眼が冴えちゃって……」

 「不安なのはなんとなく分かりますよ」

 「言っても仕方ないんだけど、これからどうなるんだろうとか、どうするんだとか、そんな事ばっかり言いそうで……」 

 「誰だって手探りで歩くのは怖いものです。 だから人は目標や目的を持って行動します。 目的地があれば到着、目標があれば達成というゴールがある。 誰しも何かしら自身の目標を持って生きています。 あるとしたらどこまで明確なのかというぐらいでしょうか」


 明らかに高校生ぐらいなのに随分と悟った事を言うなと思ったが、言葉の響きに彼の経験とも呼べる重さが乗っていた。

 この子はどれだけ濃い人生を送ってきたのだろうか? 凡人であると自負する朱里には想像もできなかった。 だからだろうか? 彼の事が少しだけ気になった。


 「応供君の目標は何?」

 「それは今? それともここに来る前の話ですか?」 

 「どっちも」

 「……その様子だと眠くなる話の方がよさそうですね。 では、日本での話をしましょう」

 

 応供は空を見上げる。 もうすっかり日が落ちて星が瞬いていた。


 「ズヴィオーズ様の話はしましたね?」

 「うん。 会って力を貰ったって」

 「えぇ、お陰で物の見方がすっかり変わってしまいましたよ。 俺が感じた感動を世に広める事、それがズヴィオーズ様からお力を賜った俺にできる事だと今でも信じています。 だから、星運教を立ち上げ、目標も目的もなく苦しんでいる者達に力を与え、居場所を与えて共に行こうと声を掛けました」


 応供は少しだけ嬉しそうに笑う。


 「打算塗れの者も多かったですが、中には俺の理想を理解して一緒に来てくれる仲間が出来ました。 元々の俺は何の目的も目標もなく影のように生きているだけの存在で、学校のクラスでもいても居なくても変わらない地味な奴。 それが俺の正体です。 ですが、そんなどうしようもない俺にあの方は力を授けてくれたのです。 俺にとってはそれだけで充分で、一生分の幸福を頂きました。 だから、俺の全てはあの方の為だけに使おうと決めています。 それは今も変わりません」

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