第7話 破門

 少女の体が爆散し、残骸が光の粒子となって消えていく。

 荒癇はふうと小さく息を吐く。


 「大した力でしたが兵器としては二流もいい所ですね。 まだ、結社の連中が繰り出してきた魔導書使いの方が手強かった」

 

 そう呟いていたが、朱里は目の前で起こった出来事に呆然とするしかなかった。

 明らかにあの少女は人間に太刀打ちできる存在ではなかったが、荒癇はそれをあっさりと殺して見せたのだ。 


 ――人間じゃない。


 朱里がそう結論付けて震えている間に荒癇は腰が抜けたのか座り込んでいるミュリエルの方へと歩き出す。


 「そ、そんな……。 力神プーバー様の加護を直接受けたアポストルが――」

 「さて、何か言う事があるんじゃないですか?」

 「ひっ!? も、もう充分でしょう、これ以上どうしようというのですかぁ」


 ミュリエルはあまりの恐怖に泣き出してしまったが、荒癇は全く表情を変ない。


 「何か、言う事があるのでは?」

 

 荒癇の威圧するような視線にミュリエルの視線はぎょろぎょろと彷徨う。

 恐らくはこの状況から脱する、もしくは荒癇が何を求めているのかを必死に考えているのだろう。

 やがてはっと思い至る。 彼等には知る由もなかったが、それはミュリエル達にとって大きな、大きすぎる意味を持っていた事を。 


 「だ、駄目。 それは、それだけは言えないのです。 それをしてしまうと私、私は……」

 「何か、言う事が、あるのでは?」

 

 究極の二択。 恐らくミュリエルの脳裏にはそんな単語が浮かんでいただろう。

 ミュリエルは凄まじい葛藤を表情に刻み――やがて何かを悟ったかのように無表情になった。

 

 「……申し訳ありませんでした」

 「聞こえませんね。 もっと大きな声で」

 「申し訳ありませんでした! 星と運命の女神を侮辱してしまい申し訳ありませんでした! 全て我々が間違っていました!」


 やけくそ気味にそう叫ぶとミュリエルの体から光が抜けていく。


 「あ、あぁ……。 は、はは、あーぁ、私、わたしはもう……」

 

 半笑いのような表情でミュリエルは涙と鼻水を垂れ流して笑いとも嘆きとも取れる声を漏らす。

 満足したのか荒癇は踵を返そうとしたがその足にミュリエルがしがみつく。

 荒癇は首を傾げた。


 「まだ何か? 謝罪は頂けたのでこれまでの事はお互いに水に流しましょう。 俺もこれ以上、あなたに危害を加える事は――」

 「……責任……」

 「はい?」

 「責任を取りなさい! あなたの所為で私は力神プーバー様の加護を――」


 荒癇は何を言っているんだと首を傾げたがややあって納得したようにあぁと声を漏らす。


 「加護を失ったのですか? 確かに気配が消えていますね。 他の神に阿るような事を口走ったからですか? その程度の事で破門とは随分と狭量な神ですね」

 「加護を失った以上、私はもうこの国に居られません。 だから、私をここから連れ出してください」

 「……まぁ、この世界に付いて詳しい話も聞きたい所なので連れて行くのはやぶさかではありませんが、困った事に行く当てがありません」

 「この騒ぎを聞きつけて衛兵が来ます。 一先ずここを離れて下さい」

 「了解しました。 誘導はお任せします」


 そう言って荒癇はミュリエルを脇に抱え、ふと何かを思い出したかのように止まると朱里の方へと振り返った。


 「ところであなたはどうします? もしよろしければ一緒に行きませんか?」

 「是非、お願いします!」


 即答だった。 こんな所に置き去りにされたら確実に死ぬ。

 なら、強い荒癇に守って貰った方が生存率は跳ね上がる。


 「分かりました。 では少し失礼を」


 荒癇は朱里を空いた手でしっかりと抱きしめると壁に開いた穴から飛び出した。

 建物から飛び出すと見慣れない街並みが広がっており、その先には日本では見た事もない山や平原が何処までも広がっている。 


 「まずは何処へ行けば?」

 「王都から出て北側にある山脈へ向かってください。 そこならそう簡単に見つかりません」

 

 荒癇は分かりましたと頷くと空中を蹴って加速し、王都と呼ばれる街の空を矢のような速度で縦断した。 全身に当たる暴力的な風を感じながら朱里はこれからどうなるんだろうと不安を抱きつつ、もうこの流れに乗るしかないと諦めて考える事を止めた。

 



 「さて、取り敢えずですが、街から離れました。 次の行動をと言いたい所ですが、俺達はこの世界に付いて知らない事が多すぎる。 えーっと、ミュリエルさんでしたか? 加護に付いてなどを詳しく教えて頂けますか?」


 場所は変わって山脈内の洞窟。 

 荒癇が軽く見て回って安全を確認したので少しの間であるなら安全との事らしい。

 僅かな時間で別人のように憔悴したミュリエルは乾いた笑みを浮かべている。


 「答えますがもう少し具体的にお願いします」

 「……そうですね。 ならもっと根本的な所からお聞きしましょうか。 ではこのステータスという存在に付いて詳しく」

 「私も教わったただけの話なのでそれを念頭に置いて聞いてください」


 ステータス。 個々人の能力を数値化し、優劣を可視化する事ができるシステム。

 単純に数字が大きければ優れているのでこれ以上に分かり易い評価基準はないだろう。

 

 「このステータスという仕組みはこの世界を創造した神々の手によって齎された物です」

 

 この世界は五柱の神によって生まれたとされている。

 その神が人に自らの可能性を切り開く道具として与えたのがステータス。

 

 「つまりその五柱がこの仕組みを生み出したと?」

 「少なくとも私はそう聞かされて育ちました」


 力神プーバー。 硬神ジュー。 賢神テリジョン。

 芸神ティスノー。 速神ヴィテー。


 以上、五つの神がこの世界における信仰の対象となる。

 そしてこのオートゥイユ王国は力神プーバーの信仰国だ。 

 朱里はそこまで聞いてふと気になった事があった。 信仰される神は五。

 

 なのにこのオートゥイユ王国では力神プーバー以外の名前を聞いていない。


 「あのー、この国では他の四つの神の扱いはどんな感じなのでしょうか?」

 「全ての神は平等に尊ばれる存在ではありますが、信仰できる神は一柱と定められているのでオートゥイユ王国では力神プーバー様のみを信仰しております」

 「理由は加護の存在ですね」


 何故と聞きかけたが荒癇はそれだけで察したのか答えを口にする。


 「恐らくは信仰する事により加護という名のリターンがあるのでしょう。 ですが、複数の神からは加護を受けられない。 つまり一柱からしか加護が貰えないのではないですか?」

 「……はい」

 「だったら他所との関係性も見えてくる。 つまりは他の四柱を信仰している国は敵国です。 違いますか?」

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