第13話 婚約

「スレン様、お呼び出しです。」


使用人から声をかけられた。また父か...と僕はため息をつく。最近は父はずっと寝たきりだ。正直いつ死んでもおかしくないだろう。

今日もまた公務の押し付けだろうか。

僕は憂鬱な気分で父の部屋へと向かった。


だがその部屋で目にしたのは思いもよらぬ光景だった。


1人の少女が父の部屋にいた。


父が今更、なき妻を忘れ後妻を娶るということなのだろうか?僕は困惑を隠せなかった。


「ははっ、驚いてるな、スレン。彼女はリトリシエ嬢。お前の妻となる人だ。」


「...........え?」


話が、違う。


僕は父と契約をした。公務を請け負う代わりに、好きな人と結婚させてほしい、と。なのに.....どうして...。


「スレン様。お初にお目にかかります。リトリシエと申します。」


彼女はどうして家名を名乗らないのだろう.....。


僕が彼女に対して抱いた、最初の疑問だった。



───


父に、2人で話してきなさいと部屋を追い出された。父は本当に良心でやっているように見える。何かがおかしいのではないだろうか。


僕は父に、昔から気になる人がいると言ったはずだ。だが、この人では無い。彼女は、「氷の令嬢」と噂されるほど冷たい人だと言う。だけど僕が好きなのは.........。


1人で考え込んでいると、向かい側に座っていた彼女が口を開いた。


「スレン様、何を難しい顔をして考え込んでおられるのですか?これからは婚約者同士なのです。仲良くしませんか?」


そう言うと彼女は笑った。



笑ったのだ。絶対に笑わないと言われていた彼女が。


そう思うと、何故か背中に寒気が走った。どことない違和感に襲われた。やはり、何かがおかしい。



───


彼女が婚約者となり3日が経った。

夕食などでたまに顔をあわせ、少し話すが、どうしても違和感が拭えない。だが周りの使用人達はみな、まるで彼女が数年前からいる婚約者のように、フラットに接している。僕の適応力が足りないのだろうか?それとも他に要因が.......?


どれだけ考えても、僕には分からなかった。



「スレン様。そんなに難しい顔をせずに、笑ってください。」


急に彼女が目の前に現れた。少し驚いてしまったが、それほどリアクションしてないからバレてないだろう。


「笑えるような余裕など、僕にはありませんよ。」


なんだか嫌味みたいになってしまった。僕より頭ひとつ分ほど下にある彼女の顔を見下ろすと、彼女は少し泣きそうな顔をしていた。


また寒気を感じた。



───


1ヶ月が経ち、父から婚約のお披露目をすると言われた。もう婚約破棄などはできないだろう。まるで誰かにそう計算されたようだ。


「あらスレン様。今日も難しい顔をされていますのね。そんなに悩まなくてもいいのではないですか?」


急に彼女が現れ、にこりと僕に声をかけてきた。最近、なんだか彼女の言う通りにしてもいいのではないかと、少し思ってしまっている僕がいる。おかしい。

何度か彼女に触れてみようと試みたこともある。心さえ読めれば、何か分かるかもしれない、と。だがそれは今まで一度も叶わなかった。


彼女は何かを隠している。


ただの違和感が、気付けば僕の中で、確信へと変わっていた。


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