29. 【東の辺境】武術の師匠はガチで強い
「突きぃ!」
「うお!払いじゃねーか!ずっる!」
「勝てば何でも良いと言ったのは師匠でしょ!」
「その通りだな!チッ、避けたか」
「剣技で勝負だって言うのにこっそり握った砂を投げてくる癖、治ってないね」
「昔はお前も『卑怯だー』なんて叫んでたのにな」
「おかげさまで慣れちゃったよ!」
屋敷の庭で、ホワイトとスープ辺境伯が木刀を手に何度も打ち合っている。
砂を投げて目つぶししたりこっそり魔法を使って足元の地面を盛り上げようとしたりしているが、二人は剣術の勝負と信じて止まない。
なお、訓練中ということもあり、ホワイトは一時的に口調をブラックからホワイトのものへと戻している。
「ならここからは真剣勝負だ!」
「なんて言いながら自分だけ木刀の中に金属の芯を仕込んでるの気付いてるからね!」
「ハンデだハンデ!」
「師匠の方が強いのにハンデとか意味が分からない!」
「そりゃあ魔法抜きの場合だろうが!」
「魔法抜きだって言ってるのに、そっちが魔法使ってくるのが悪いでしょ!」
「言っている意味が分からんなぁ!」
「クズ師匠め!」
なんて言い合いながら、超高速で打ち合っている。
一つ一つの技が鋭く、単なる払いの一動作だけでも洗練されていると同時に力強く、たとえ木刀であっても一撃でも当たってしまえば即座に戦闘不能なってしまうだろう。
木刀による小気味良くリズミカルな打撃音をベースに、素人では目で追うのもやっとな流れるような連撃を結び続ける。
大陸の東から押し寄せる魔物の大軍を食い止めるリーダーであるスープ辺境伯は、世界トップクラスの武術の達人だった。そしてホワイトはその達人に幼い頃から武術を学んでいた。
世界最強になるという条件を達成するために。
そもそもハーレムのためには世界最強になれと言い出したのはスープ辺境伯だったりする。
「よし、次は槍にすっか」
「了解」
武器を変えるために木刀を捨てるフリして相手に襲い掛かる。
もちろん二人ともだ。
「チッ」
「バレバレだよ」
木刀で鍔迫り合いをしながら至近距離でにらみ合う。
幼い頃からスープ辺境伯の卑劣な、もとい、工夫に満ちた戦い方を徹底的に味わったホワイトは、何をしてこようとも対処できるようになっていた。
「こんなことしなくても普通に強いんだから、普通にやろうよ」
「それじゃあつまらねーだろ」
「はぁ……先生はまともに教えてくれたのに。そういえば先生は何処にいるの?」
「俺の代わりに前線にいるよ。後で挨拶に行くと良い」
「そうする」
先生とはホワイトに武術を教えてくれたもう一人の人物。
流石にスープ辺境伯が島に残り付きっきりで武術を教えるなんてことは出来ず、スープ辺境伯が戻った後に代わりに教えてくれる人を寄こしてくれた。それがホワイトが先生と呼ぶ人物であり、スープ辺境伯に武術を教えた師匠でもある。
ややこしくなるので、ホワイトはスープ辺境伯のことを師匠、その人物のことを先生と呼び分けていた。
「あいつだって昔は俺に散々卑怯なことをやってきたんだぞ」
「それを後悔したから私にはまともに教えたって言ってたよ」
「なぁにぃ!俺みたいな立派な弟子が育ったというのに、何が不満なんだ!」
「そういうところじゃないかなー」
ちなみに今も鍔迫り合いの最中だが、お互いに足を踏んでやろうと牽制し合っていたりする。
「うし、遊びは終わりだ」
その言葉を合図に二人はさっと離れた。
今度は余計な小細工をしようとはせず、そのまま木刀を持ったまま向き合った。
「三分間耐えて見せろ」
「それはこっちの台詞だよ」
「ふっ」
スープ辺境伯は煽り返したホワイトを小馬鹿にしたかのような笑みを浮かべると、これまでとは比べ物にならない速さで突撃し、木刀を振るって来た。
「(ぐっ……やっぱり速い。それに重い!)」
久しぶりに受ける師匠の本気の剣は、島の時と全く変わらず、いや、もしかしたらそれ以上に強かった。
フェイントを入れることなくただ技を連続で放ってきているだけなのに、受けるだけで精一杯だ。
「(でも私だって何もしてこなかったわけじゃない!)」
強くなったのはホワイトも同じだ。
島を出て、サンベールに移動してからも、時間を見つけてはトレーニングを欠かしてはいなかった。
着実に腕を上げていた。
「(ここだ!)」
スープ辺境伯の最も鋭く重い上段からの振り下ろし攻撃。
ホワイトは敢えてそれを選んで、強引に力任せに弾き返した。
「ぬ!?」
まさかその攻撃を狙われるとは思っていなかったのだろう。
スープ辺境伯は僅かに動揺し、その隙にホワイトが木刀を胴に叩きつける。
「…………私の負けだね」
「惜しかったな」
ホワイトの木刀はスープ辺境伯の脇腹のところで止まっていた。
そして同時に、スープ辺境伯の剣がホワイトの首元で止まっていた。
相打ちのように見えるが、ホワイトの方が急所を狙われているため負けというのが彼らの判断だった。
「あっぶねぇ。まさか上段を狙ってくるとは思わなかったわ」
「冷静に対処してたくせに」
「体が勝手に動いただけだ。偶然だよ偶然」
「はぁ……偶然でも良いから一本取りたかったなぁ」
「冗談抜きでそろそろヤベェな。もっと鍛えねーと」
「それ以上強くなるつもり?」
「当然だ。強さには上限なんかねーからな。それに簡単にお前に負けてやるわけにはいかん」
武術だけでは今はまだホワイトは師匠に適わない。
世界最強という称号を得るためだけなら、魔法とセットで圧倒すれば良いのだが、せっかくなので武術だけで師匠に勝ちたいとホワイトは思っていた。
「んじゃ、次は槍だな」
「うん」
木刀を捨てるフリをして仕掛ける、なんてことはせずに、今度は素直に模擬戦用の槍に持ち替える。
槍、斧、弓、短剣、その他諸々。
スープ辺境伯はあらゆる武器に通じており、どの武器を使っても一級品の強さを誇る。
世界最強では無いかと言われているが、辺境の地を任されているが故に長期間領地を離れることが出来ず、武闘大会などに出場したことが無い。そのため実力が世界的に見てどの程度なのか、本人にも分かっていない。
「そろそろわたくしとも遊んで欲しいわ」
「う゛……本当にやるの?」
「ええ、もちろんよ」
そして強いのはスープ辺境伯だけでは無かった。
辺境伯夫人もまた、かなりの武術の達人だ。
しかも魔法に関しては夫人の方が得意であり、何でもありのルールならば夫人の方が強いかもしれないとも言われている。
「待て待て、まだ私の番は終わってないぞ」
「それだけ戦えば良いじゃない。ずるいわ」
「む……うむ。なら最後にもう一度だけやらせてくれ」
「仕方ないわね。もう一度だけよ」
どうにか夫人の許可を得られたスープ辺境伯は、木刀を拾いその切っ先で地面に丸い円を描いた。
「今度は何をするつもり?」
これまで師匠との訓練でこのような場面は見たことが無く、ホワイトは訝しんだ。
「いやな、お前からロークスユルムの話を聞いて一つ思いついたことがあるんだ」
「まさか力比べ!?」
地面に円を描くとなると、両手で相手を円の外に押し出し合う勝負のことを思い出す。
あれはホワイトが雑に思いついたものを稲穂軍にやらせるよう指示させたものだ。
「力じゃまだ勝てないよ!」
まだ子供から大人へと変わろうとしている年頃のホワイトと、歴戦の戦士のスープ辺境伯では単純な力の差は歴然としている。純粋な力比べをしても全く歯が立たないだろう。
「そりゃそうだ。だから力だけでなく技も必要な訓練を思いついた」
「どういうこと?」
「この円の外に相手を押し出したら負けというのは同じだ。だが手は最初から組まず、相手の足裏以外を地面につけさせても勝ち。どうだ、面白そうだろう」
「なるほど、確かに単純に力があれば良いって訳じゃなさそうだね」
円の大きさはホワイトがロークスユルムでやらせていた力比べよりも遥かに大きく、それは円の中で色々な技を仕掛けるスペースを確保するためなのだろう。
「よし、やるぞ」
「ええと、最初は少し離れて立っている感じで良いかな」
「まぁそれで良いだろう。殴る蹴るは無しだぞ」
「だね。それがあったら力比べって感じじゃなくなっちゃう」
足を肩幅に開き、腰を軽く落とし、両掌を相手に向けて構える。
「合図を頼む」
「分かったわ」
開始の合図を夫人にお願いし、二人は集中して睨み合う。
「はじめ!」
合図と同時に師匠がショルダータックルの要領で突撃して来た。
それをホワイトは軽く左に避け、大きく腰を落として右手で師匠の腰辺りを掴み、左手で師匠の右腕を封じに行く。
「むむ。やるな!」
力の差があろうとも、腰をしっかりと落としたホワイトは簡単には動かない。
しかも腰を掴まれ支えられてしまっているため、猶更動かしにくい。
「ならこれでどうだ!」
師匠は開いている左手でホワイトの背中を下に押して地面に倒そうとした。
「甘いよ!」
ホワイトは頭を師匠の胸に当てて倒されないように体を支え、力一杯押し始める。
体勢が悪くバランスを保てない師匠はホワイトを押し倒そうとも中々力が入らない。
「なにくそ!」
だがそれで諦める師匠ではない。
ホワイトの右脇付近に左手を添え、強引に右へと投げ飛ばそうとした。
「うわわわ!」
物凄い力で投げられそうになるところをホワイトは必死で踏ん張る。
しかし耐えきれずに体が左側に傾き、右足が浮いてしまう。
その右足を強引に大きく前に一歩踏み出す。
そこは師匠の右足の裏側だった。
「なにぃ!?」
ホワイトは師匠の足をひっかけて、大きくバランスを崩し、そのまま体重を全力でかけて押し倒した。
「はぁ、はぁ、勝ったよ!」
「くっそー!負けたー!あそこで足をかけてくるとかマジかよー!」
師匠考案の勝負は、どうにかホワイトが勝利で終わった。
「もう一回!もう一回やろうぜ!」
「あ・な・た?」
「ひい!でも負けたままなんて嫌だ!次は絶対勝つからもう一回やらせて!」
「ダ・メ」
「そこをなんとか!」
まるで子供のように駄々をこねる師匠を見て、変わらないなぁと懐かしく思うホワイト。
その瞬間。
「!?」
「!?」
「!?」
物凄い轟音と共に空から何かが降って来て、三人は慌てて落下地点から飛びのいた。
「ま、まさか……」
激しい砂煙が舞い上がり、何が落ちて来たのかはっきりしない。
だが彼らは、ソレが何かすぐに気付いた。
気付かないはずが無い。
やがて砂煙が晴れると、足を大幅に開き、右手だけを地面につける妙に格好良いポーズで着地した人物が見えてくる。
「面白そうなことやってるじゃねえか。私も混ぜてくれよ」
勝気な瞳に、乱暴な言葉遣い。
ホワイトが良く知る人物に似ているが、それとは別人であることをしっかりと気付いていた。
更には記憶の中の姿と全く違う彼女の正体にも、しっかりと気付いていた。
「カレイ……ちゃん……?」
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