第7話 我々は迂闊な人間の入部をお待ちしております。

「ここか……」


 旧校舎4階の一番奥。

 『書庫しょこ』とかかれたプレートが貼り付けられた部屋の前に、俺は立っていた。


 この部屋にラビュと黒髪少女が吸い込まれていくのが見えたのだ。


 恐らくここが彼女たちの潜伏場所……というか、部室なのだろう。


 いやでもやっぱり潜伏場所か?

 風紀委員長は旧校舎に部室は無いと断言していたし、そうなると無許可で使っている可能性が高い。


 そんなことを考えつつ、書庫室の扉をノックしようと右手を上げた瞬間――。


「がらがらがら」


「うおっ」


 扉が自動で開いた。

 目の前に立っていたのは先ほどラビュと一緒にいた、黒髪の少女。

 どうも俺のために開けてくれたようだ。


 彼女は無表情でこちらを見つめている。


「……」


 見つめたまま、まばたきひとつしない。

 身動きもしない。


 ……俺のために開けてくれたんだよな……?


 がらがら言いながら扉を開けてくれたお茶目ちゃめさが夢だったのかと思うほど、今の彼女から感情というものを見出すことができない。

 正直なんかこわい。


 とはいえこの状況でなにか言うべきなのは俺のほうだろう。


「えっと……ここは部室か? ちょっと見学させてもらえないかな?」


 友好的な微笑みを浮かべながら用件を告げると、黒髪少女も安心したのかコクリと頷いていた。


「……どうぞ……お入りください……」


「………………」


 しかし歓迎の言葉とは裏腹に、彼女は入口で立ち尽くしている。


 率直に言って邪魔というか……こういうときはどうすればいいんだ……。

 まあ遠慮しても仕方ないし、そのまま指摘するか。


「悪い。キミがそこにいると中に入れないんだ」


「なるほど……ごもっともです……」


 そう言うと彼女は手足を広げ、その場で『大』の字のポーズを取った。

 そしてきりっとした顔でつぶやく。


「お好きな隙間からどうぞ」 


「そんなことある?」

 

 隙間から無理やり部屋に入れってことだろうけど、まさかそんな選択を迫られるとは思いもしなかった。

 

 なんていうか、ラビュといい風紀委員長といい、この学校の生徒って逸材しかいないな。


 まあいいや。


 この黒髪少女が俺に突き付けてきた選択肢はおおまかに2つ。


 彼女の脇の下の空間を通って室内に侵入するか、もしくは彼女が大きく広げた両足のあいだをくぐって室内に侵入するか。


 無難なのは左右どちらかの脇の下をくぐりぬけることなんだろうけど、この感じだと素直に通してもらえる気がしない。

 間違いなく邪魔されるだろうし、それはちょっと面倒だ。


 意表をついて第3の選択肢、『彼女の頭上を飛び越える』というのも俺の身体能力なら可能だとは思うが、万が一失敗して彼女の顔を蹴り飛ばしでもするとさすがにまずい。


 となるとここは安全性重視で、得意のコースを攻めたほうがいいだろう。


「分かった。では失礼して」


 そうつぶやいた俺は、ふわりとその場に身をかがめ――彼女の股の下をほふく前進の要領で一気にくぐりぬけた。


 「っ!?」


 愕然とした反応を尻目に、彼女の背後で素早く立ちあがる。


 ――そう、俺とて変態パラダイス村で生まれ育った男。

 女性の股の下を一瞬でくぐりぬける程度の俊敏さは当然持ち合わせているのだ。


 制服についたホコリを軽く払いつつ、俺は室内の様子を眺めた。


 思いのほか奥行きのある、長方形の部屋だった。

 部屋の左側にはガラス戸付きの棚がずらっと並んでいる。

 正面奥には白いレースカーテンの掛かった大きな窓と、窓の両端に寄せられた濃い緑色のカーテン。


 窓の向こうには本校舎が見えている。位置関係を考えれば、当然文化棟だろう。

 

 部屋の中央には折り畳みの長机とパイプ椅子が並べられていて、右側の余ったスペースには縦長のロッカーや灰色のソファが置かれていた。


 ……このソファ、第三会議室に置かれてたやつに似てるな。

 もっとも、こっちのほうがサイズがでかいけど。


 ソファベッドといった感じで、俺くらいの身長なら、悠々と横たわれそうだ。


 空調設備も整っていて全体的に居心地が良さそうな部屋ではあるのだが、貴重な本を保管する書庫室としては日当たりが良すぎる気もする。


 まあ、棚になにも入ってないところをみると、管理者もそんなことは分かっていたのだろう。


 本校舎にある大きな図書室が完成した段階で、すべての本を移動したのだと思う。


「ウーン……」


 唸り声は例のソファから聞こえてきた。


 金髪少女ラビューニャ・ハラスメント。

 制服の上から私服らしき黒いパーカーを羽織った彼女は、ソファに座ってなにやら考え事をしていた。


「……ラビュさん。見学希望とのことです」 


 黒髪少女が俺の隣にスッと立つ。

 部屋に入ったらそれ以上の妨害をする気は無いらしく、素直にラビュに取り次いでくれるようだ。


「けんがく……?」


 ぼんやりとこちらに視線を向けるラビュ。

 だんだんと彼女の瞳に意思の光が宿っていき――最終的に彼女はガバッと頭を抱えていた。


「あぁ~、また忘れちゃってたぁ~! そもそもコータローに話があって探してたのにぃっ!」


「話?」


「そー! あのねコータロー。ラビュたちの部活に入る気は無い?」


 部活の勧誘か。

 つまりこの部屋は、普通に部室だったらしい。

 

 まあ、やけに備品が揃っていて無断で使ってる感じじゃないもんな。


「ちなみになんて部活なんだ?」


 入るのは構わないが、スポーツ系の部活だとちょっと困る。


 そう思った俺が懐から部活案内のパンフレットを取り出すと、ラビュがすぐさま反応した。


「あ、それにはのってないよ」


「載ってない? そっか。じゃあやっぱり最近できたんだな」


 涼月委員長が存在を把握していなかったのは、設立直後で風紀委員にまで連絡が届いてなかったせいか。


 ようやく得心がいった俺だったが、金髪少女はそんな俺を見て首を左右に振っている。


「まだできてないよ」


「……」


 それはまずい。


 いやもちろん、新しい部活をこれから作ることそれ自体はなんの問題も無い。


 ただ『まだ部活ができていない』のなら、当然部室が存在するはずもなく。


「……もしかしてこの部屋、無断で使ってるのか?」


 だとしたら風紀委員として見過ごすわけにはいかない。

 

 けれどラビュは気楽そうに笑っている。


「さすがに無断じゃ使わないって。ちゃんとウサちゃんの許可をもらってるからね」


「ウサちゃん?」


 よく分からず聞き返したが、すぐにピンときた。


「……もしかして宇佐うさ先生のことか?」


「いえ~す! たしかコータローの担任の先生だよね?」


「よく知ってるな。じゃあ宇佐先生の指示で、ここを部室として使ってるわけか」


「そだよ。そもそも職員室に鍵を借りないと部屋には入れないし、勝手に居座るのはムリじゃない?」


 正論だ。


 鍵を職員室から盗み出し無断で複製した、なんて可能性はさすがに考えなくていいだろう。

 いくらなんでもリスクがでかすぎる。


「人数がそろって顧問もウサちゃんで決まって、部室もこんなスバラスィ場所を確保できて、さーこれからだぁー! ……ってときに、ナギーに部長を拒否されちゃったんだよね。だから正式な届出は、まだ出してないの」


「なるほど」


 部として成立していない状況で部室を使っていいのかは怪しく思えるが、とはいえ風紀担当教員である宇佐先生に話を通しているのなら、問題はないのだろう。


 しかし……『ナギー』ね。


 風紀委員長が言っていた『ナギサ君』と名前が似ているし、彼はラビュと仲が良いという話だったから、同一人物とみて間違いなさそうだ。


「部長みたいなまとめ役は、ナギーが適任だと思うんだけどにゃー」


「ええ……わたくしもそう思います……」


「でしょでしょ? そりゃあまあ忙しいのも分かるし、部室はどーしても欲しかったから、ラビュが部長をやれってことなら頑張るつもりではいるけどね。というわけでラビュ部長(仮)かっこかりは、さらなる部員の拡大を目指してコータロー勧誘作戦にうって出たの。それで、コータローは入ってくれる?」


「……というか結局ここは、なんの部活なんだ? それすら知らないんだが」


「あ」


 うっかりという感じで照れたように笑ったラビュは、ひょいと猫耳のパーカーを被った。


「これでわかったでしょ?」


「……パーカー部?」


「ちがうよ~、もっとここに注目して」


 そう言いながら猫耳をこちらに見せつけてくる。


「ネコ部?」


「あー惜しい!」


「……猫耳部……?」


「はっ! それいい! ねえユーラ、ここ猫耳部にしない?」


「……光太郎様をからかうのはそのくらいで……」


 話が進まないと思ったのか、黒髪少女が話に割り込んできた。

 彼女は長机の上に置かれていた紙を何枚か手に取り、こちらに見せてくる。


 そこには、たくさんの絵が描きつけられていた。


「ラビュさんは、マンガを描いているのです」


「マンガ?」


 パーカーは?

 無関係ってこと?


 ……無関係なんだろうな、きっと。


「あ、だめだめ。コータローはマンガを知らないんだって」


「マンガを知らない!? そ、そんな方がいらっしゃるんですか……?」


「いや待ってくれ、あのあと勉強したから、なんとなくなら知ってるぞ」


 そう、昨日ラビュと話したあときちんとマンガについて勉強したのだ。

 ラビュを仲間にしたい以上、好みを把握するなんて当然のことだ。


 もっとも、ネットでマンガについて勉強するうちに、そもそもその存在を知っていたことに気付いたわけだが。

 連城村にいた頃、『洋服のお姉ちゃん』がそんな感じの本をたくさん持っていたので、幼い俺はよく読ませてもらっていたのだ。


 もっとも彼女はマンガという言い方はしていなかった。


 ドージンシーとかそんな感じのことを言っていたはずだ。

 あれはきっと方言か何かだったのだろう。


「つまりここはマンガ部ってわけだ。しかし俺は絵すらまともに描いたことがないし、入っても邪魔なだけじゃないか?」


 ラビュとの接点が欲しいのはたしかだが、あまりにも役立たずだと、かえってマイナスの印象を与えかねない。

 それくらいなら別の機会をうかがったほうがマシだと思う。


 けれどラビュは首を振っていた。


「べつに、コータローにマンガを描いて欲しいわけじゃないからね。ひとりで作業するのは寂しいし、誰かにいてほしいだけ。むしろ、マンガとか知らない人のほうがアドバイスとかしてこなくて面倒じゃないから、ありがたいくらいだよー」


「ふーん……」


 そういうものか。

 いるだけで構わないというのなら、俺も気楽ではある。


「入る気になってくれた?」


「……なった。入らせてくれ」


「やった!」


 ラビュはその場でぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 同じ部活に入るだけでこんなに大喜びしてもらえるとは……。


「じゃあ、この入部届にサインお願い。あ、名前はここだから」


「おう」

 

 彼女の指示通り入部届に急いで記入し、すぐさま返却する。


 金髪を揺らしながら入部届を受け取ったラビュは、名前が書かれていることをきちんと確認してから、俺を見てにっこり笑った。


「にひひっ、コータローの名前がバッチリ入ってる!」


 ――そんな彼女の無邪気な笑顔が、ちくりと俺の胸を刺した。


 結局のところ俺の目当ては、彼女が持つ類稀なる変態パワー。


 マンガに興味がないなんてレベルの話ではない。

 俺はラビュを利用するためだけに入部しようとしているのだ。


 冷静になってみると、俺の行為はかなりろくでもなかったりしないだろうか。


 連城村の再建は、父さんの奪還に比べれば比較的安全そうに思えるが、それだってリスクが無いわけではない。


 というよりかつて村長だった父さんは逮捕されたのだ。

 俺だって村長になれば、同じように逮捕される可能性は普通にあると思う。


 そして、そのときラビュも変態パラダイス村に住んでいれば、本人の意志とは無関係に騒動に巻き込まれてしまうだろう。


 いや『巻き込まれてしまう』のではない。


 俺が巻き込むのだ。


 もしかして俺は……彼女を犯罪者にしようとしている……?


「これで今日からコータローは、ラビュたちの仲間!」


 けれど、こちらの葛藤など知る由もないラビュは、両手を思いっきり広げ、俺の入部を晴れやかな笑顔で歓迎してくれたんだ。


「――ようこそ! 女体にょたい研究部へ!」

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