第六部 未然大戦
052 未然大戦
その名前は、この世界において、ある時点から先、酷く重要な意味を持つ言葉となる。
大戦とは言え、未然なる大戦。起こらなかった大戦。
二人の少女の輪舞の末、起こらずに終わった戦争の話をこれからしようと思うのだ。
***
皇子様たちと別れてどれだけ経っただろうか。おそらく三年を優に数え、下手をするとそれ以上に掛かっているのかもしれない。
皇宮の屋根の上でサンドイッチをかじる。また懲りずに皇国になんてやってきたのか、と叱られそうな行為であるが、これには意味があるのだ。
「
少し前に
「覚えているに決まっているだろう、それがどうしたんだ」
馬鹿らしいことを言いだしたら殺してやる、と指に力を込めた。
「生き残りがいるらしい」
「
生き残りも何も、あいつらは一人も殺せていないはずだ。あの時僕は気が動転していたし——
「違う。
「……」
咲家研究室。人殺し作成所。
いい思い出などあるわけがない。
一度しか会ったことはない。あの時の、鬼神のような子供にしか会ったことがない。
「どんな奴だ」
「皇国の大企業の後継ぎとして引き取られている。今年で十六になる男の子供だ」
確信した。
「引き受けよう。詳しい条件を聞かせろ」
「お前が仕事に前のめりになるなんて珍しいな」
「黙れ、殺すぞ」
少しだけ脅してやれば彼はすぐに口を滑らせやがる。ちょろいもんだ。
「実は先に
「対抗……?」
おかしい。怪しい匂いがしてきたぞ。
「咲家研究室の生き残りを守り抜け」
んん?
「おいちょっと待て、咲家の生き残りを殺すことが依頼の目的じゃねえのか」
「いつそんなことを言った? われらは常に雪谷に敵対するのみだ」
いやいや。雪谷嫌いすぎでしょ。
僕にリゼの仇を討たせてくれる展開じゃないの?
「全力で雪谷を阻止しろ。それが今度のお前の任務だ。間違えて
まさか降りるとは言わないだろうな、なんて僕を脅す。
本意とは違うが、仕方がない。奴の様子でも見に行くこととしよう。
そんな経緯があって、ただいま皇宮の屋根の上にいるわけである。
どこから流れてきた情報なのかわからないので真偽もわからないが、どうやらこの建物中に我が弟子もいるようである。それで、いわゆる出待ちをしているというわけだ。
皇国は食べ物がおいしい。旅費はたっぷりもらっているので、これからも色々食べようか。そう思っていると、左側に置いていた残りのサンドイッチが誰かの手によって奪われてしまった。
「おい」
勢いよく振り向きながら犯人に糸をひっかける。
「美味しいですよね、シンゾウ」
僕から奪ったサンドイッチから、はむ、と器用にトマトだけを抜き取りながら言ってのけたのは、当の馬鹿弟子だった。
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