第20話【朗報】侘び寂びの良し悪し

 季節は秋を少し回った頃。

 アキトを拾って半年が過ぎた頃か。

 碌なことしかしない代表のウィンディア連邦から使者が寄越された。


「何、会談の場を設けたい? 今更こんな何も資源のない国になんの用向きか?」


「そう自国を卑下されませぬよう。陛下。我々ウィンディアは、御国の豊かな自然を少し羨ましく思っているのですよ」


「ふむ。カースヴェルトに好き放題やられて『呪毒』まみれの庭を欲しがるか。相変わらずお貴公らは物好きだな」


「我々は広い視野を持って未来を見据えておりますので」


 それで、会談には応じていただけるので?

 長話はするつもりはないと、使者エメルは短く話を切った。


「一週間後、連絡をよこす。急に来てそちらの都合に合わせよと言っても無理からぬことだ。少し時間をいただきたい」


「より良いお返事をお待ちしております」


 有翼人の男は、翼をはためかせてこちらの用意した茶すら飲まずに帰って行った。

 相変わらず、こちらの誘いには乗らず、一方的に要件ばかり突きつけてくる奴らだ。


 フレッツェン国王アキレウスは頬杖をつきながら嘆息した。


「陛下、お茶のご用意ができました。客人は?」


「おかえりになられたよ。つい今しがたな」


 アキレウスは親指で開け放たれた窓を差した。

 そこから抜け出て飛んでいった。

 助走をつけるにしたって狭すぎる。

 言わずもがな、窓の淵を足蹴にして出て行ったのだ。


 王宮の窓を、である。

 無礼極まりない行いだ。

 蛮族代表のフレッツェンであろうと、めまいを覚える無礼であった。


「相も変わらずですか」


「そうだ。自白剤入りの冷菓が無駄になってしまったな」


 離れの茶室では冷やされた杏仁豆腐が用意されていた。

 アキレウスは茶の誘いに乗ったのならば、それを食べていただこうとした。

 純粋に味が格別だからである。

 アキレウスとフレンダには効かないが、の美味しいお菓子である。


「ならばこれはオレがいただいても良いということですか」


 フレンダの尻尾がぶんぶん揺れている。どこか鼻息もふんふんと荒い。

 普段から男っぽく、規律にも厳しいフレンダらしからぬ態度の変化である。

 若干涎も垂れている。


「早まるな、フレンダ。今日は私もいただくとしよう」


「ダメです。そう言って陛下は昨日四個も食べた」


「お前は毎日六個食べているのを知っているぞ? 五個しか買っていないと私に報告しておきながら、だ。おかしいじゃないか」


「それは自分の小遣いで買ったものです。人気商品なので品切れも早い。陛下がご入用だからと沙汰が降り、変えていることをご自覚ください」


「もっと多く作ってもらえんか?」


「それはアキトに直々にお申しください」


「一度カレーで無理をさせたからな。それを杏仁豆腐でもと言ったら嫌われかねん」


「まず間違いなく」


 フレンダも頷いた。

 フレンドであると言っても、それは対等という意味合い。

 上から命令ばかりしていては上司と部下でしかない。

 アキトはフレンダの顔を立てて仕立てについていてくれるが、あれは本来人の下につくタイプの男ではないと直感でわかっていた。


「だから、今回は等分だ。良いな?」


 それはそれとして、納得できないことはある。

 同じフレンド同士。しかしそれよりも深い親子の絆。

 

 親子以上に王と騎士の間柄。

 フレンダの尻尾が納得いかないとばかりにダランと下がる。

 国に忠誠を誓った騎士も、杏仁豆腐の前には忠誠が揺らぐようだった。




 ◇




「と、いう話があってな」


「え、藪から棒になんですか? 愚痴?」


 唐突に店に現れたと思ったら、店番中の僕に突然そんな話をするフレンダさん。


「まぁ聞いてくれ。それと今日もお土産に包んでくれ」


「待って、待って。話が追いつかない。おい、ミオ店番変わってー」


「はーい」


 そんなこんなで客室、という名の倉庫。

 ダイゴとマサキの手にかかれば倉庫も立派な応接間だ。

 ほんとどういう頭の仕組みをしてるのかわからん。


 あいつら僕の手記を読み漁ってから勝手に進化してるんだよね。

 僕の手記はただの中間素材の宝庫。

 僕は書いてて楽しいけど、これを活用してくれる人はあんまりいない。


 ダイゴとマサキは喜んであれこれ試してくれたっけ。

 で、なんの話だっけ?


 僕は抹茶(猛毒)を注ぎながら今日はなんの要件かフレンダさんに尋ねる。


「ふむ、大した話ではないのだが、少しきな臭い流れがある」


「いつものことですね」


「ああ、いつものだ」


 ただでさえ、ゼラチナスとカースヴェルトに狙われてヤキモキしているのだ。

 今更きな臭い噂の追加が来たところでどうしたというものか。


 とは言えだ、頭痛の種は少ない方がいい。

 心の安寧のためというやつだ。


「どうやら北方でな、我々の土地を使って何かしたがっている連中がいる」


「北っていうとウィンディア連邦でしたっけ? 余計なことしかしないっていう」


 お茶請けに羊羹を出す。もちろん猛毒だ。

 しかし何度か出して普通に食べられるのを確認してるので、迷わず出した。

 フレンダさんの瞳が輝く。これを待っていたという顔。


「そうだ。余計なことしかしない。その上でこっちの誘いにはまるで乗らない。つまらない奴だ」


 菓子切りを上手に使って切り分け、頬張る。

 満面の笑みで羊羹を咀嚼し、抹茶で流し込む。

 何度も咀嚼しては、口の中で余韻を楽しんでいる。


 おかしいな、異世界でファンタジーな世界なのに、獣人が抹茶と羊羹を食べて風流を感じてる。

 それを見て、僕は嬉しく思うんだ。


「これはいつ頃商品として出るんだ?」


「予定はないですね」


「こんなに美味いのにか?」


「美味いだけじゃ商品化は難しいですね。これに合う解毒薬が見つからないんですよ」


「美味いだけじゃダメか」


「ええ、なので今はフレンド向け商品ですね。子供達にはこの侘び寂びはわからない。どうもじじくさいそうですよ?」


 そう、子供勇者たちは抹茶と羊羹の組み合わせを良しとしなかった。

 どんなに美味しくても、舌が肥えてないとそこに旨みを感じないのだ。


「もったいないな」


「ええ、全く。なので今は僕とフレンダさんだけの楽しみですね。それを大量生産なんてできませんよ」


「では、個人的に楽しむからと持ち帰るのも?」


「誰かが間違えて口にしようものなら目も当てられませんね」


 フレンダさんは特に騎士だ。多くの戦士を束ねる騎士団長でもある。

 彼女一人の失態で、大勢の命をなくすことはないだろう。

 この羊羹はそういう類だ。

 何せ致死毒Ⅳが入っているからな。

 一口食べるだけでコロリだ。

 そんな代物、そうポンポン渡せるものか。


「それはそうと、こっちの新作ならば大丈夫ですよ?」


 僕は棚から新作の包みを一つ取り出す。


「これは?」


 見た目、カエルの卵にしか見えないが、これも立派な和菓子である。


「水饅頭と言いまして、餡を水のゼリーに閉じ込めたものです。羊羹ほどの硬さはありませんが、つるんとした歯触りと食感でまた違った味わいが感じられます」


「ほう。毒物は?」


「思考誘導Ⅱ、自白Ⅲ、全身麻痺Ⅱ、魅了Ⅲが入ってます。効果は二時間ほどでしょうか」


「杏仁豆腐の時より酷くなってないか?」


「味わいにこだわった結果です。これ、試作だけはいっぱいあるのでよかったらどうです? 面倒な相手に一泡吹かせるという意味でも」


「陛下用にいくつか包んでくれ。オレのもな」


「毎度あり。うちの子たちはこういうの用意しても喜んでくれなくてさ。贅沢なもんさ」


「他の料理は喜んでいるのだろ?」


 それでいいじゃないかとフレンダさんは語る。

 わかってないなぁ、僕はせっかく作ったお菓子を味わってくれる仲間が欲しいだけなのだ。

 味覚の違いは仕方ないとして、食べもしないのはどうかと思うんだよ。


 それに比べてフレンダさんはとりあえず食べてくれる。

 味覚が似ているのだろうね。


「まぁ、同郷なのでね。何を欲しているかはわかるんだよ。それでも食の好みはあるわけで」


「贅沢な話だ」


「ええ、本当に」


 フレンダさんは「どこにでも面倒な話は転がっているな」と水饅頭の包みを持って出て行った。


「あれ、狼耳のお姉さんは?」


「帰ったよ」


 倉庫こと応接間は裏口も用意されてるのだ。


「結局なんのお話だったんです?」


「北の方が騒がしいってさ」


「それがおじさんとなんの関係が?」


「甘味の催促」


「ああ、大人舌だもんね、あの人」


「お前らももっと侘び寂びをだな」


「そういうのはもっと大人になってから、楽しみますー」


 ミオは用事があるからと店を飛び出し、これだから子供は落ち着きがないと僕は再び店番についた。

 ここ最近、晩飯の食いつきが悪くなりつつある。

 今日は奮発してハンバーグでも作ろうか?


 猛毒の組み合わせで面白い反応があったんだよね。




 ◇




 一週間後。再びやって来た使者は、アキレウスとフレンダが菓子を堪能するのを確かめてからその水饅頭を口に運び、


「あばばばばばばば、あびゃーーー!?!?」


 取り憑かれたように水饅頭に夢中になった。

 全身麻痺で体が動かなくなってるのに、口をさらにつけて吸い込もうとする使者エメル。

 とんでもない執念である。


 それからいくつか質問したが、案の定聞いてもないことまで話してくれた。

 土産に大量にもらった水饅頭と、杏仁豆腐、カレー(福神漬け抜き)を手土産に、使者はそのままウィンディア連邦に帰った。

 それから使者は二度とフレッツェンに現れることはなかった。


 このまま潰えてくれたらいいが、執着の深い種族だ。

 また次も来るだろう。

 そんなことを考えながら秋はより深まっていく。

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