第17話【悲報】獣人の在り方独特問題

「ようこそ、僕のお店へ。狭い場所だけど適当に座って」


「お邪魔します」


 ここでは代表して猫人勇者くんが言葉を出した。

 猫人聖女も猫人剣聖もダンマリだ。


 もっと労ってくれてもいいんだぞ?


「お店をやってるとは聞いていました」


「うん、てっきりレストランとかそう言うのだと思ってたから……」


 黙っていたと思ったら、出てきた言葉はそれだった。

 まだ普通にお邪魔しますって言った勇者くんに好感が持てるぞ? 不届き者め。


「なんだい、それは。僕のご飯が美味しかったからって、タダでずっとご飯が食えるととでも思っていたわけではあるまい? 僕の能力はコックではなく解析だと報告したはずだが?」


「あ、いやそこまでは言ってないけど」


「なんとも解答に困るラインナップでしたので」


「あ、解析だからいろんなものが理解できるから、こう言った塗料や硬化剤なんかを扱ってるのか」


「勇者君は理解が早くて助かるねぇ。あぁ、それでも残念なことに彼らには見向きもされてないんだ。ほら、ここの連中って脳筋だろ?」


「客が無知だと知ってて、これらを置くおじさんの度量にぶったまげてるよ。そこに客がいないのに、モノを売ろうとするのは余程のバカか……先見の明があるかのどちらかだ」


「君、その歳で商売に精通してるなんてなかなかやるね」


「大ちゃんの実家は工具店だからね」


「商人の息子か。いや、でもその歳でそれだけ知ってるのは珍しいな」


 僕が学生の頃は必要ないってだけで覚えることすらしなかった記憶がある。

 だけど彼は必要に応じて情報を獲得してきたのだ。

 素直にすごいと思う。


「そりゃ、高校卒業したらすぐにでも継ぐつもりでいたから、必死で勉強してるんだよ」


「大吾のおじさん、転落して足怪我しちゃったもんね。お兄さんが免許持ってるから配達できるけど、家にいる大吾が発注受付するのにも知識が必要だってもう勉強してたんだよね」


「なるほどね。じゃあ、こんな世界で勇者なんてやってる場合じゃないじゃないか。なんで君らノリノリでお姫様の言うこと聞いてるのさ」


「それな」


 猫人勇者は頭をかく。

 頭では理解している、けれど当時はどうかしていたと言わんばかりだ。


「僕たちはすっかり勇者の肩書きに踊らされちゃってたからね」


「と言うか、それ以外考えられなかったよね?」


「思考誘導Ⅰのせいだな。僕が時間をかけて耐性を得たのもあって、お姫様は随分と驚いていたよね」


「やっぱりあれってそう言うやつだったんだ!」


 猫人聖女が納得したように声を上げる。


「まぁ、今は洗脳も解けたし、これからどうするかは一度置いとくとして」


 僕は商品棚に置いてあった硬化剤の一つを持ち上げた。


「このアイテムを、君ならどう扱う?」


 先ほどの知識を、今ここにあるどれになら発揮できるかを尋ねた。


「見ただけじゃどういうものかわからないので説明を」


「ふむ、いいだろう。これはな、なんと水の中にあっても劣化せず、鋼以上の高度を持ったまま凝固する特性を持つ」


「! まじかよ」


「その上で湿気や乾燥に強く、ある程度の熱にも強い。僕はこれを発見した時、水場から遠く、水を使うのにわざわざ水汲みに行かないといけないこの立地には必要不可欠だと考えた。では勇者君に聞く。これには一体どんな用途がうかがえる?」


「思いつく限りでも3つ。雨樋、または水道、下水のパイプを繋ぐ硬化剤あたりか?」


「それだけじゃ甘いな。言ったろ? ここは下水なんてものがない場所だと。これはな、水桶などを繋ぎ合わせるための硬化剤だ。水道やら下水、雨樋は数ある候補の中の一つさ。水物全般を扱うのにこれ一つあれば補修なんかにゃ役立つ。雨漏りなどする屋根の補修にうってつけなのさ。それでも見向きもされない理由はなんだと思う?」


「ここにきたばかりの俺にはわかりませんが」


「あいつらさ、壊れた部分を取り替えることでその場しのぎをするんだよ。要は屋根を屋根ごと取り替える的な?」


「そんなのでたいお風とかきたときに基礎が持つんですか?」


「ないない。そんな概念はじめから持っちゃいないよ。あいつらは雨風が凌げりゃそれでいいんだ。大工の工具なんかを齧ったことのある君なら、この店に置いてある商品を正しく理解してくれると思うな」


「ちなみに他にはどんな?」


「たとえばこれはゴム素材なんだけど」


「ゴム!? ゴムがこの世界にあるんだ?」


「発見そのものがされてないだけであるにはあるな。君なら何を思いつく?」


「難しいな。でも馬車の車輪にタイヤを履かせれば、今ほど尻は痛くならないかもしれない」


「そりゃいいな。だがフレッツェンではそもそも馬車を使わないぞ?」


 脳筋だから走った方が早いとか言うのだ、あいつらは。

 フレンダさんも走った方がいい運動になるとか言うしな。

 僕のようなインドア派はついていけないのだ。


「ならばそれらはある程度の形を自在に変えることは可能ですか?」


「もちろんだ」


「だとしたら水捌けの良い簡易的な屋根としての発展形が望めます」


「いいね、続けて?」



 そこから、それぞれの知識を寄せ集め、屋根の販売に漕ぎ着けることとなった。


「で、新しい商品にやたらでかい物体があると思ったら、そんなことをしてたのか、お前たちは」


 怪訝な瞳で僕たちの成果物を一瞥するフレンダさん。


「どうです、フレンダさんもおひとつ」


「屋根なんて雨風さえ防げればなんでも同じだろう?」


「チッチッチ、わかってねぇなぁ姉さん。水捌けのいい屋根、日光を程よく室内に取り込む屋根、風通しのいい屋根。色々あるんだぜ?」


 すっかり屋根の蘊蓄を語らせたら、僕以上になった猫人勇者ダイゴ。


「なんかお前らすっかり仲良くなったな。別れた時はお互いに警戒しあっていたと言うのに」


「いやぁ、話したら結構いいやつらで。それで、お一つどうです? 今ならお安くしときますよ?」


「とは言ってもな。特に今は屋根には困っておらんし」


「そうですか、ならばこう言うのはどうです?」


 俺はなかなか屋根を買ってくれそうもないフレンダさんに、とある塗り薬を差し出した。


「これは?」


「最近あのクマのおっちゃんが福神漬けを傷口に塗って毒物耐性をつけていると言う噂を小耳に挟んだので」


「どこで聞いた噂だ? 食べ物を粗末にするなど許せん奴だ」


「そこらへんで言われてますよ。傷薬を買うお金がないのかもしれません。よその家に行っては福神漬けを恵んでもらって、傷を治す姿を憐んでいるとかなんとか」


「それは単純にお前があの親子を店を出禁にしたのが問題じゃないのか?」


「そりゃ泥棒したら許せないでしょ」


「泥棒って、何かされたのかよ?」


「うん、まぁ」


 猫人勇者ダイゴに問われ、僕は熊人親子とのあらましを話した。


「流石にそれは擁護できないな」


「うん、自業自得」


「それは流石にその親子が悪いね」


「だろ?」


 やはり僕の感性は間違ってなかった。

 猫人剣聖マサキと猫人聖女ミオも僕に同意してくれた。

 だがそれに対して不服そうにするフレンダさん。


「アキトたちは少しフレッツェンの獣人たちを誤解しているな」


「と、言いますと?」


「我々は誇り高き戦士だ。生まれによる能力の差はあれど、強気ものが弱きモノを守り、そして弱きものは強きモノをサポートして成り立ってきた。あの親子は強者としての振る舞いとして、陰ながらアキトを守ってきたのだ。その対価としてあの道具を貰い受けていたのだ。しかしアキトたちはその習慣を知らなかったが故に、あの親子を責めたのだ」


「いや、別にそんなこと頼んでないし。勝手にやって報酬くれは納得できませんよ」


「全くもってその通り」


「うん、せめて一言欲しいよね」


「だろうな。だから此度は本来なら責を負わずとも良いベアード親子は責を負ったのだ。国はベアードよりもアキトを重要視したからだ。しかし本来ならあの親子は罰を受けずとも良い立場にあった。それだけはわかってほしい」


「そうなんだ。それは僕も悪かったと思ってる。でも一言も声をかけずに盗むのはぶっちゃけどうなの?」


「流石にそれはやりすぎだ。本来なら弱き獣人から献上するモノだからな。奪うのは違う。しかしそれは子供のやったことよ。大人なら、笑顔で受け止めるべき……と言って聞かせるのだが、アキトのフレッツェンへの貢献がデカすぎてな」


 それは通らなかったらしい。


「何はともあれ、ベアードの立場もわかってやってほしい。あやつは特に口下手でな。周囲が分かってて然るべきみたいな態度でここまでの仕上がってきてしまったモノでな」


「確か以前は村長をやっていたとか?」


「ああ、ベアードに任せていた村は、あいつが出れば全ての戦闘が終わるくらいに頼り切られていた。子供達にとっての英雄で、皆があいつの活躍に協力したのだ。だから子供も勘違いしててな」


「どうするんだよ、おじさん」


「そこらへんはおいおいかな。それでこの塗り薬なんですが。実は飲めます」


「塗り薬なのに飲めるのか?」


「鎧を脱ぐのが面倒な時にいいかなと」


「この瓶ですが、下のここを回すと上に繰り上がる仕掛けになっていまして」


 猫人剣聖マサキが塗り薬の説明を始めた。

 このロールオン式の薬品便の開発をしたのは他ならぬ彼だからである。


「ふむ、必要な分だけ舐め取り、後はしまって置けるのだな?」


「ええ、普段は手甲の一部に組み込んで、緊急時にこのように放り出して舐めとるようにすれば」


「ふむ、これだけで怪我が治るのか?」


「基本はほとんどの毒物に対応してますが、ほんのわずかですが疲労も回復します。あまりこればかりに頼りすぎてもいけませんが」


「便利だな。あるだけもらおう」


「毎度あり!」


 屋根は売れなかったが、薬品は売れた。

 作る手間を考えれば、こっちの方が全然楽なので期せずして儲けてしまった形だ。


「おじさん、ロールオンのアイディアを採用してくれてありがとうございます」


「なんのなんの。僕だけじゃ出てこなかった仕掛けだよ。あの人はご飯関連で興味を示さない人だけど、珍しく目を輝かせてたな」


「猫人ってこの国で立場低いのか?」


「そりゃそうだ。だって猫人なんか元々この国にはいないからな」


「いないんだ?」


「いないぞ。そもそも猫人というのは……」


 異世界から召喚した勇者を匿うときに用いられる隠語なのだそうだ。

 なので時代の節目節目でしか生まれてこないとされる幻の種族が猫人なのだ。

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