第11話 マリーの秘密

 マリーに誘われるがまま、近くの高台へと場所を移した俺達。ここはセレンの街並みを一望できる、いわば穴場スポット的な場所である。


(…こんな場所があったとはな)


 月明かりに照らされ映える街並み。そんな風情ある景色に、思わず見とれてしまう。


「すみません。こんなところにまで付き合わせてしまって」


 マリーは少し申し訳なさそうにしながら、こちらを振り返った。


「いや、それは別に構わない。それよりも、俺に何か用か?」


 俺が用件を尋ねると、先ほど酒場で見せていた表情とはうって変わり、神妙な顔つきになるマリー。


「はい。」


 少しのを置いてから、意を決したかようにマリーは言葉を続ける。


「単刀直入にお尋ねします。あなたは一体、何者なのですか?」



 ………は?



 突然向けられた嫌疑に、言葉を詰まらせる。心臓がバクバクと脈打ち、鼓動が一気に早くなる。


「…それはどういう意味だ」

「そのままの意味です。私は、あなたが勇者様ではないと疑っています」


(待て待て待て)


 冷や汗を滝のように流しながらも、なんとか俺は平静を装う。


 マリーの口ぶりからして、俺が勇者でないことが既にばれているようだ。


 いつかはバレるであろうと覚悟はしていたが、こうも早く正体がばれるのは流石に想定外である。確かに勇者らしくない言動はしていたかもしれないが、それでもあまりにも早すぎる。


「なるほど、それならマリーの勘違いだ。俺は勇者、勇者アライだ」


 俺はあくまで、しらを切り通そうと試みる。だが、マリーはそれを許さない。


「今のも、嘘ですよね。」


 疑問ではなく断言。なぜかは分からないが、彼女は俺が嘘をついている事を看破しているいるようだ。


「……なぜ俺が嘘をついていると分かった?」


 嘘を突き通すのは無理だと悟った俺は、大人しく白旗を上げる。しかし一体、どうして嘘が見破られたのだろうか。


「それは簡単な話ですよ」


 マリーはそう言うと、俺の眼球をひたと見据えた。


「あなたは聖女の役割を知っていますか?」

「…役割?それは知らんな」


 マリーは俺に、そんな問いを投げかけてくる。だが俺がそんなことを知るはずもない。というかそもそも、聖女に役割なんてあったのか。


「聖女の役割。それは、平和を実現し常に民の希望であり続けることです」


 マリーはそう言うと、表情を一転させる。先ほどまでは喜怒哀楽を一切として感じさせない真剣な面持ちであったのに、今は見ているだけで癒されるような優しい笑みを浮かべている。


 その劇的な表情の変化に、俺は少し不気味さを感じる。


「ですから、こうやっていつでも表情をコントロールできるよう頑張って矯正したんです」

「……なるほど。人前でも常に笑顔であるためか」

「はい。平和な世界に笑顔は欠かせませんから」


 俺に微笑み掛けるようにしながら、そんな恐ろしい事を言ってのける彼女。


 だが、その言葉には妙に説得力があった。確かに、辛いときや悲しいときでも常に笑顔でいられる人間でなければ、聖女の座は務まらないだろう。


 特に、パレードや祝典など多くの人目に晒される日はなおさらだ。


「はい。すごいと思いませんか?こうやって口角を上げると、より明るさが増すんです」


 マリーはそう言うと、表情をコロコロと変えてみせる。時には笑顔、時には儚げな表情。もし世界が違ったら、彼女は女優として一線を張っていたに違いない。そう思ってしまうほどだ。


「…それで、まさかそんな話を俺にしに来た訳ではないだろう」


 だが、いつまでもその様子を眺めている訳にもいかない。機を見計らって俺は、自身の世界に入り浸るマリーを現実世界へと引き戻す。


「あ…すみません」


 俺に声を掛けられ、はっと我に返るマリー。次の瞬間には、彼女はいつも通りの様子を取り戻していた。


 先ほどまでの彼女と今の彼女、一体どっちが本物のマリーなのか分からなくなってしまいそうだ。


「そうでしたね。えっと…どこまでお話しましたっけ?」

「『なぜ俺が嘘をついているのを見抜けたのか』、というところまでだ」

「あ、そうでしたね」


マリーは手をパンと叩き、本来の目的を思い出したご様子。


「嘘だと分かった理由、それはあなたのその表情です」


(…なるほど。)


 それは、非常にシンプルな話だった。あれだけ表情のコントロールに長けているマリーだ、表情で他人の嘘を見抜けてもおかしくはない。


 だが―――。


「…そんなに俺の表情は分かりやすかったか?」

「はい、とても。あなたは嘘をつく時、まばたきの回数が極端に少なくなっています」

「そうか…」


 まさか俺にそんな癖があったとは…。今度から嘘をつく時は、まばたきの回数を増やすとしよう…。


「流石に恥ずかしいな…」


 『俺の正体が実はバレバレだったこと』、『マリーがそれを見逃してくれていただけ』という事実が恥ずかしすぎて、思い返すだけでも顔が火照る。


 俺は恥ずかしさから逃げるようにして、近くにあったベンチに腰掛けた。


「えっと、そんな落ち込まないでください。表情だけで相手の心が読める、私の方が異常なのですから」


 そんな様子を見かねたマリー。彼女は俺の隣に腰掛けると、自虐気味にそうフォローしてくれる。


 あまつさえ、マリーはポケットのどこからかチョコレート菓子を取り出すと、それを俺に差し出してきた。


「どうぞ、甘くておいしいですよ」


 そんな人の心を労わるその姿勢はまさに、聖女の名に相応ふさわしいふるまいである。


「…別に、俺の前でも聖女である必要はない」


 だが俺は、そう言ってチョコレートを受け取るのを拒否した。薄々感じていた事だが、マリーは聖女という肩書に縛られすぎている。もし、この気遣いもそこからきているのだとすれば、俺はこれを受け取るわけにはいかない。


 せめて俺の前でくらい、マリーには自然体でいてもらいたい。


「受け取って頂けないのですか?」


 マリーは少し寂しそうな、シュンとした表情になる。だが俺は、マリーの為にもここは心を鬼にする。


「俺の目には、聖女という立場がマリーを苦しめているように映っている」

「そう見えますか?」

「ああ、見える。だから、もしこれが聖女としての気遣いであるなら俺はそれを受け取れない」


 俺がキッパリとそう言い切ると、マリーは「ふふっ」と短い笑い声を漏らした。


「安心してください。これは、聖女としてではなく私の本心ですから」


 マリーはそう言うと、改めてチョコレートを俺の手中へと握らせる。


「…それなら、一つだけ貰うとしよう」


 そういうことであればと、俺はマリーからチョコレートを受け取る。そしてそのまま、口へと放り込んだ。


 …うん。これは美味しいな。


 マリーから貰ったチョコレートは口に含んだ瞬間蕩けだし、程よい甘味あまみ口全体くちぜんたいへと広がる。濃厚なカカオとミルクの風味が絶妙にマッチし、その上品さを演出しているようだ。


「…それにしても、あなたは不思議な方ですね」


 俺がチョコレートの後味を余韻を楽しんでいるところ、不意にマリーがそんなことを呟く。


「そうか?」


 俺は夜空に浮かぶ星々を眺めながら、ぶっきらぼうにそう返した。


「はい。私があなたに、聖女としてチョコレートを渡すのか、はたまた私個人として渡すのか。この二つにそこまでの差があるとは思いません。」

「――ですがあなたは、そこに妙にこだわっていましたから」


 なるほど。確かにマリーからしてみればそうなのかもしれない。だがそれは、俺にとっては非常に重要なことであった。


 俺は、転生直後のことを思い出す。思い返してみれば、確かにマリーは出会ったときから常に笑顔であった。今思えば、これも全て作り笑顔だったのだろう。


 だが俺は、洞窟探索の時に確かに見た。ディエナやエリンと共に、他愛のない会話で笑顔を浮かべるマリーの姿を。あれは決して、作り笑いなんかではない。


 なぜそう言い切れるのか。それは、俺はあの時感じたからだ。マリーは聖女ではなく、一人の女の子であるという事を。


「いや、重要だ。俺はマリーを、一人の女の子としてみてるからな」

「…え」


………あ。


 言ってから気付く、この言い方ではあまりにも語弊がありすぎると。当のマリーも、俺の告白まがいの発言に顔を若干赤らめている。


「あ、いやこれは!?そうだ、そう。これはいわゆる、言葉のあやというやつだ!」

「そ、そうですよね!」


俺とマリーは、二人でがらにもなく慌てふためく。夜空の下で二人きりというシチュエーションも、カップルのような雰囲気を助長させているためたちが悪い。


「と、とにかく、これであなたには私の秘密をお伝えしました。次は、あなたが私に秘密を教えてください。」


マリーは話題を逸らす様にして、話の路線を修正する。これにて、甘酸っぱい雰囲気は終了だ。


「…ああ。そうだな」


 この時点で、マリーが何を言いたいのかは理解できた。これは完全に、俺の正体を教えろという事だろう。しかし、聖女に対して元魔王であることをばらしても良いものか…。


 俺としても、出来れば素直に答えたい。だがしかし、もし俺が元魔王だとばれてしまったら、その先に潜むリスクは未知数だ。最悪の場合、俺はマリーを殺さなくてはならなくなるかもしれない。


 …一体、どうするのが最善なのだろうか。


――――


あとがき


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