第7話 強敵あらわる
「敵はいなさそうね」
ディエナは開いた扉の先を覗き込むような形で見回すが、特に敵が襲ってくる様子はなかった。
「俺が先頭に立とう」
俺が扉の中に進むと、三人ともその後を追う。その様子はさながら、カルガモの親子のようである。
「この部屋、すごい広いですね」
マリーの言う通り、扉の先に広がる部屋は想像を絶する広さを有していた。広さを例えるならば、小さめの闘技場だろうか。
「これだけ広いと、四人で手分けした方が良さそうね」
ディエナの提案に、異議を唱える者はいなかった。こうして効率よく調査が行われる。誰もがそう思っていた訳だったのだが…。
「…ただ広いだけで、驚くほど何もないわね」
俺たちはじっくり時間をかけて、部屋の隅々まで調べ上げた。しかし、それにもかかわらず大した成果は得られなかった。四人で手分けして捜索したのにも関わらず、だ。
あれだけ頑丈な扉な扉が取り付けられていたのだ、何かしらはあるとは思ったのだが、悪い意味で予想を裏切られた俺たち。
「こ、こんなに部屋が広いのに、何もないなんてこと、あるんでしょうか…」
「そんなことあるのかしら…」
何もないわけないだろう、と俺たち四人は部屋の隅々までくまなく調べるが、やはり何も見つからない。
あんな意味ありげな扉がついているのに、そんなことなどありえるのだろうか。
「…一回外に出るか」
「そうね。この部屋には何もないみたいだし」
とんだ無駄骨だったが仕方ない。何もないと分かった以上、もうこの部屋にとどまる理由もない。俺たちは回れ右で、入って来た扉まで向かう。
しかし…
「あれ、だれか扉閉めた?」
なぜか、先ほどまで開いていたはずの鉄扉が再び閉ざされていた。
「わ、私じゃないですよ!」
首を大きく振り、慌てて否定するエリン。俺たちが突然の状況に困惑しているしていると、今度は部屋に知らない声が響いた。
「覚悟しろ!俺の拠点を荒らした事を悔いるがいい!」
天井の方からそんな声がしたかと思えば、突如として部屋全体が揺れ始める。それは正に、大地震と言っても過言ではないほどの揺れだ。
「なっ、なに!?」
「あわわわわわわ」
ディエナとエリンは、剣や盾を使い自らの頭部を守っている。
(この術は…)
地震と錯覚してしまいそうなほどの大揺れ。しかし、俺はこれが地震でないと気が付いていた。なぜなら、俺はこの術を知っているからだ。
「…やっと収まったみたいね…」
「か、かなり大きい地震でしたね…」
揺れが収まったことを受け、マリーはほっと胸を撫でおろす。
だが、安心するにはまだ早すぎた。
(始まったか…)
先ほどの揺れは、余興に過ぎなかった。
揺れが収まったかと思った矢先、今度は揺れによって発生した岩や瓦礫、それに
「これ、どこまで大きくなるのかしら…?」
くっつく、くっつく、くっつく。この止まることを知らない連鎖反応が、やがては一つの怪物を生み出した。
「あれは…」
目の前に現れたのは、S級モンスター、エレメントゴーレムであった。
「な、なんでここにS級モンスターがいるんですか…」
エリンは目の前の怪物を目にし、軽く絶望している。それもそのはず、S級モンスターとは、生半可な実力では倒すことのできない、圧倒的な力を誇っているからだ。それこそ、一回でも倒せば英雄として扱われるレベルだ。
「わ、わたしはここで死ぬんだ…」
だめだ、エリンがゴーレムの纏う魔力に圧倒されている。おまけにディエナも、言葉にはしないものの、明らかに戦意喪失気味である。
現在平静を保っているのは俺と…マリーだけか。だが、二人だけでなんとかなる相手ではない。
(これはまずいな…)
俺はこのモンスターの攻略法を知っている。だが、それを実行するには一人では不可能だ。
「お前たち、よく聞け。」
だから俺は、三人に協力を求めた。
「俺はあいつの弱点を知っている」
「…弱点ですか?」
三人の中で唯一動じていないマリーが、冷静に俺の言葉を
「そうだ。あいつの弱点は、足の裏にある魔石だ。その魔石さえ壊せれば、あいつは動けなくなる」
「で、でも足の裏なんてどうやって攻撃すればいいのよ?」
ディエナが身を乗り出して、俺に問う。俺を見つめるその目はまるで、「そんなの不可能でしょ」と訴えかけているようだった。
「俺が、何としてでもチャンスを作ろう」
俺はそうとだけ言い残すと、ゴーレム目掛けて一目散に走り出す。
「お前ごとき、この拳だけで十分だ!」
俺はゴーレムを攪乱するかの如く、戦場を三次元的に動き回る。ゴーレムは一撃の威力こそ高いものの、その反面攻撃スピードは遅い。そのため、素早く動けば攻撃が当たることは無い。
「っ!」
ゴーレムが攻撃し、俺がそれを躱す。そして時折、魔力を纏った拳で攻撃する。この一連の流れが何度も繰り返される中、先に動きを見せたのはゴーレム側だった。ゴーレムの胴体に、何やら不吉な魔法陣が浮かび上がる。
(嫌な予感がする)
俺は危険を察知し、身体を大きく後ろに回避させる。
(っ、あぶねー…)
先ほどまで俺がいた場所には、岩でできた無数の槍が突き刺さっていた。もし回避していなかったら、今頃俺は串刺し状態になっていただろう。想像するだけでも背筋が凍ってしまいそうだ。
魔王だった頃は、自らの命の危険など微塵も感じた事が無かった。何せ俺は、命を奪う側だったのだから。しかし、今は違う。俺は今、奪われる側なのだ。そう実感させられる。
「はぁ、はぁ…」
俺はひたすら、回避を続ける。変則的に飛んでくる槍にも注意を払わなければならず、体力の消耗が激しい。息遣いも乱れる一方だ。
「ぐあっ!」
俺が隙を見せた僅かな瞬間。ゴーレムはそれを見逃さなかった。右肩に、刃物で貫かれたかのような鈍痛が走る。俺は右肩に刺さった槍を引き抜こうとするが、その間にもゴーレムの攻撃が無慈悲にも降り注ぐ。
…そうか、これが敗北するってことか。
慢心していた。それが、今回の敗因だろう。元々魔王であった俺なら、エレメントゴーレムを倒せると勘違いしていた。実際、魔法が使えるなら、危なげもなく倒せていたはずだ。しかし、今は違う。その事を失念していた。あまつさえ、ゴーレムの隙すらも作れなかった…。最後の最後に約束すら果たせないとは、なんて恰好悪い奴なんだ、俺は。
…
あれ?
「勇者様!?大丈夫ですか!?」
俺は死を受け入れるつもりで目を閉じていたのだが、マリーの声に再度叩き起こされた。俺は肩をさするが、いつの間にか右肩の痛みも消えている。
「ああ。それより、ゴーレムはどうした?」
「ゴーレムでしたら、今はエリンさんとディエナさんが…」
激しい金属音がする方に目をやると、そこにはゴーレムの攻撃をひたすらに耐えるエリンの姿が。その奥では、ディエナがゴーレムに剣を突き立てている。そうか、俺が回復するまで耐えていてくれたのか…。
だが、それも長くは続かなそうだ。なぜなら、ゴーレムと剣は相性が悪い。事実、ディエナとエリンは碌にダメージを与えられないまま、悪戦苦闘を強いられている。
辛うじて耐える事は出来るが、決め手に欠ける。そんな感じだ。
「礼を言う」
俺は感謝を伝えてから、急いで二人の元へ加勢しに行く。
…と、その前に。
「それとマリー、攻撃魔法を準備しておけ」
俺はマリーの耳元でそうとだけ耳打ちし、再び戦場へと舞い戻った。
「ディ、ディエナさん!アライさんが戻りました!」
「!、アライ、傷は治ったの?!」
激しい戦闘の
「ディエナ、エリン。よく耐えてくれた。ここからは俺に任せろ」
だが、俺だけは違った。先ほどまでマリーの介抱を受けてたとはいえ、妙な落ち着きを持った口調でディエナとエリンに呼びかける。
「任せろって言われても、あんたこそ大丈夫なの!?」
エリンは必死の表情で剣を振るいながら、俺の負傷を気遣ってくる。この期に及んで仲間の心配とは、なんともお人よしな奴である。
「ああ。心配は無用だ。むしろ、いられる方が足手まといになる」
…しまった。言ってから後悔するがもう遅い。俺はただ「下がって休んでいて」と伝えたかっただけなのだが、ものすごく拗らせた言い草になってしまった。
「ふーん、そういう事言っちゃうんだ」
ああ、ほら。ディエナに誤解されてしまった。ここまでの死闘を耐え抜いてくれたディエナに対し、『足でまとい』など、かける言葉としては最悪の選択肢である。これは、顔面を殴られても文句は言えない。
「あ、いや、これはその…」
俺は慌てて訂正しようとするが、それよりも先にディエナが俺の左を横切った。
「…死体を持って帰るのは勘弁だからね」
…え?
ディエナの掛け声に一瞬戸惑う俺。俺は思わず後ろを振り返るが、ディエナそこにはおらず。彼女はすでに、マリーの元で倒れ込んでいた。
恐らくディエナも、相当に無理をしていたはずだ。マリーが治療している間、彼女は意識を手放したように眠りこけてしまった。
だがそんな彼女は、どこか安心しきったような表情を浮かべている。これは、俺の本音が伝わったってことでいいんだよな?
「ああ、了解だ」
俺はそうとだけ返すと、ゴーレムの前にただ一人立ち向かう。マリーを、エリンを、そしてディエナの言葉に応えるために。
―――俺はもう、出し惜しみをしない。
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