第2話 エンカウント
目を覚ますと、そこは街中であった。周辺には露店や飲食店などが無造作に立ち並んでおり、人集りが出来ている店もチラホラ。
ゴチャゴチャとした街並みではあるものの、行き交う人々の表情は活気に満ち溢れており、この街がそこそこに栄えているという事は容易に分かった。
そんな賑わいを見せる街中を傍目に、俺は少し周囲をぶらついてみる事にした。というのもだ、いかんせん持っている情報が少なすぎる。
今分かっている事と言えば、この街がある程度の文明を築いているということ。そして、街の中央に立派な城が構えられているという事ぐらいだ。
何はともあれ、まずは情報収集だ。情報量と強さは比例する、これは俺が魔王時代に学んだことでもある。
「…なるほどな」
そんなこんなで、街を適当にぶらついていたわけだが、予想以上の収穫が得られた。肝心な情報源のほとんどは、会話の盗み聞きだが。まあそんなことは置いといて、今ある情報をまとめるとこんな感じだ。
まず一つ目は、この街はジェルコ王国の東側に位置する「セレン」という名の街であるという事。ちなみにジェルコ王国というのは、この世界において一位二位を争うレベルの大都市である。転生先としては超が付くレベルの大当たりだ。
次に二つ目だが、どうやらこの街は冒険者業が盛んな地域のようだ。あたりを見渡せばわかるが、剣や杖を持った人間がやたら多い。このあたりに飲食店やら装備などの露店が立ち並んでいるのも、そういった冒険者をターゲットにしているからであろう。
そして最後、もしかしたらこれが一番重要かもしれない。それは、所持金が底をつきそうだという事だ。魔王の癖になんで金を持ってないんだよと思うかもしれないが、そもそもの話、転生したのが急すぎたのだ。俺だって、準備する時間があったらそれ位は用意する。
しかし、どうしたものか。所持金がないというのは、魔王の俺でもかなりの死活問題だ。
俺は脳内で、いくつか金策の候補を挙げる。やはり王道なのは、冒険者になることだろうか。
しかし、生憎と俺はこの街に来たばかりだ。冒険者ギルドなどどこにあるかすら分からない。
(…あそこの男に聞いてみるか)
仕方がないので、俺は路傍で回復薬を売っている男に声をかけることにした。
「そこのお前、この回復薬はいくらだ?」
「お前って…まあいいか。それなら一つで銅貨1枚だ」
俺は売り物の回復薬を手に取り、店主の男に声をかける。男は、お前呼ばわりされたことが解せないようであったが、その不満を口に出すことは無かった。あくまで商売人と客して、淡々とやり取りを交わす。
「わかった。それならこれと同じのを追加で四つ買おう」
「毎度。それなら銀貨1枚だな」
この世界の通貨はかなり単純だ。他にも金貨や大金貨、聖金貨などもあるが、庶民の場合は銅貨と銀貨、金貨さえ覚えておけばどうにでもなる。
「お前に一つ問おう、このあたりに冒険者ギルドはあるか?」
俺はポケットから銀貨を取り出しつつ、さっそく本題に入る。すると男は、少し不思議そうな表情を浮かべた。
「ギルドならあそこの道を右に曲がってしばらくいったとこにあるが…それがどうかしたのか?」
どうやら俺は、気づかない内に不審がられるようなことをしてしまっていたらしい。もしここで不審がられたら、今後の人間生活に影響が出るやもしれない。
「いや。大したことではないが、ここで冒険者になろうと思ってな」
人間に信頼されるためには、誠実さが物を言うと聞いたことがある。故に俺は、包み隠さず素直にそう告げる。すると男は、急に腹を抱えて笑い始めた。
「お、お前、冒険者じゃないのにそんな恰好してたのかよっ!」
店主の男は大爆笑である。どうやら今の俺の恰好は相当面白いらしい。そこまで笑われると、流石どんな格好をしているのか気になるな。
「俺の恰好はそんなに変か?」
「い、いや悪かった。ただ、その恰好で冒険者じゃないってのが意外過ぎてな」
男はしばらく笑い散らかした後、今度はバツが悪そうにして謝って来た。物言いからして、俺はそこまで変な恰好をしているわけではないらしい。俺としては、笑いものにされようが別にどうでもいいのだが。
…だが、なるべく早めに鏡を見つけることにしよう。
§ § §
回復薬を手に入れた後、俺は冒険者ギルドの前にまで来ていた。建物は想像よりも大きく、年期の入った看板にはデカデカと「セレン冒険者ギルド」の文字が入っていた。
ギィィ…
両開きの扉を押すと、そんな軋んだ音を立てながら扉が開かれた。俺はそのまま、ギルドの中へと歩みを進める。目的はもちろん、冒険者登録を済ませる為だ。
だがしかし、その前に俺にはすべき事がある。
「…どこかに鏡はないのか?」
そう、自身の恰好の確認である。なにしろ、屋台のおっちゃんにあれだけ笑われたのだ。むしろ、気にならない方がおかしい。
鏡を探してしばらく室内を物色していると、ギルドの待合室にひっそりと立て掛けられている鏡を見つけた。あれでよさそうだ。
俺は鏡の前にまで移動すると、鏡に反射する己の姿を隅々までチェックする。
「…なんだ、ただの杞憂だったか」
あれだけ笑われたのだから、相当変な恰好をしているのではないかとも思ったが、全然そんなことは無かった。革で作られた少し心もとない鎧にリーチの短い剣といった、いかにも駆け出し冒険者っぽい恰好ではあるが。
「なにもあんなに笑うこと無いだろ」
あの男が相当な笑い
鏡の上部に映し出しだされたそれ。その顔面は、魔族が何よりも忌み嫌う存在だった。
「なぜ俺が、勇者になってる…!」
鏡に映っていたもの。それは、
(いやいやいやいや…)
絶対におかしい。確かに俺は、人間への転生に成功していた。だが、転生先の人間が勇者だとかあり得る訳がない。
「なにかの見間違いか?」
冷静に考えてみて欲しい。無数にいる人間の中から適当に一人選んだら、それが偶然にも勇者でした。
いやいや、そんなことありえるはずがない。それこそ、天文学的確率のはずだろ。
しかし、何度見直しても鏡に映るのは勇者の姿のみだ。
「…あんた、なにやってんの?」
俺が食い入るようにして鏡を見つめていると、突如後ろから、凛とした声が響いた。
振り返るとそこには、綺麗な赤髪を後ろで一つに纏めた女騎士の姿が。確かこいつは…
「…剣聖、ディエナ。」
「なに、急に…。キモいんですけど。」
そうだ、思い出した。こいつは確か、俺の部下が作った『魔王様専用データブック』に載っていた女だ。勇者パーティーのメンバーの一人で、主に火力を担当しているとか。
待てよ、この女がここにいるってことは…
「勇者様、探しましたよ」
「こ、ここにいらしたんですね…」
よく見ると、ディエナの後ろには二人分の人影が。俺は急いで、魔王様専用データブックに載っていた情報を脳内で呼び起こす。
確か、俺を勇者様と呼んだ方が『聖女マリー』だったな。プラチナブロンドの髪を靡かせる彼女は、主にヒーラーを担当している。特に何をしたわけでもないのに、どことなく品を感じさせる彼女。聖女と呼ばれるのも納得の立ち振る舞いである。ちなみに、彼女の手には
そしてもう片方。おずおずと俯きながら俺に声をかけてきたのが、…『エリン』という名だったはずだ。エリンは内気な性格なようで、素顔を隠すようにして前髪を目元に届く程までに伸ばしている。
そんな彼女だが、勇者パーティーでは主にタンクを担当しているらしい。女でタンクを務めるというのも珍しい話だが、彼女の守りは本物とのことだ。データブックに載っていた情報によると、防御力だけで言えば、男
そして最後。このパーティーのリーダーにして勇者。そして、俺の転生先でもある『勇者アライ』だ。こいつは確か、とんでもないクズ野郎だったと配下から聞いたことがある。
話によると、俺の配下とアライが戦った際、仲間の冒険者を囮にして我先に逃げ返ったとか。まあとりあえず、典型的な人間といったところか。
「勇者様?お顔の様子が優れないようですが、どうかされましたか?」
「ああ、少しな…」
俺がしばらく沈黙していると、その沈黙を破るようにしてマリーが声をかけてきた。俺はマリーと目が合ったが、すぐさま視線を逸らしながら誤魔化すようにしてそう答えた。
なぜかは分からないが、彼女の深いその瞳を見た瞬間、心の奥底を見透かされたような気分になったのだ。
もう少しで吸い込まれてしまいそうな、得体のしれない何かをマリーの瞳の中に感じる。正直言って、超不気味だ。
「あのさぁ、もうちょっとシャキッとしたらどうなの?あんた、仮にも勇者なんでしょ?」
そんな俺の態度が気に食わなかったのだろうか、今度はディエナが厳しい非難の目を向けてくる。
「ね、エリンもそう思うでしょ?」
「あっ、わ、私は別に何も思ってないですよ。」
唐突に話を振られたエリン。彼女はそっぽを向きながら、
うん。さっきから思ってたけど、俺嫌われてない?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます