17 守りたいからこその食い違い
「おはよう、ルディ」
「おはようございます、おにい様」
朝目が覚めると、しっかりと手を握ってくれているフィディスが朝の挨拶をしてくれ、ルディアは笑みを浮かべて同じように挨拶をする。
いつにない上機嫌な様子に、フィディスは「いい夢を見たの?」と尋ねると、ルディアは「はい」と嬉しそうにはにかんだ。
ルキストが言ったようにいつもは忘れてしまうブルアムの記憶が残っており、神聖国に行けばブルアムの姿を見ることが出来ると知り、上機嫌なのを隠すことが出来ない。
「おにい様、わたくしは一日でも早くしんせい国に行きたくなってしまいましたわ」
「そうなのかい? 私の家庭教師の準備が整えばすぐに行けると思うから、お爺様に選定を急いでもらうように言おうか」
「そうですわね」
朝から仲良しな兄妹はニコニコと手を繋いでベッドに横になったまま会話を続ける。
アヴィシアは本来ならば起きたのならば、すぐにでも顔を洗ってしたり着替えの準備をしたりと朝の支度を促すのだが、たまには兄妹の語らいをするのもいいかと見守ってしまうところは、だいぶルディアに甘い証拠だろう。
「そういえば、この鈴の効果はあったの?」
フィディスが二人の間に置かれたままになっている銀の鈴を見て言うと、繋いでいない方の手でそれを撫でてルディアはほほ笑む。
「とってもいいこうかがありましたわ」
「そっか。よかったね」
しっかりとブルアムの事を覚えているルディアはほんのりと頬を染め、それをしっかりと見てしまったフィディスは複雑な心境になる。
熱などではなく、幼いながらもその表情は誰かに憧れるような、恋をするような表情だからだ。
兄として、妹の成長を喜ぶべきなのか、まだ早いと嘆くべきなのか悩んでしまう。
(そもそも誰に恋を? まさか大神官長様か?)
フィディスはそう考えるとさらに複雑な心境になってしまい、この後朝食で会うであろうルキストにどのような顔を向ければいいのかわからなくなってしまう。
「……どんな効果があったのかな?」
「ゆめをわすれませんでしたの」
嬉しそうに笑みを浮かべるルディアに、フィディスは別の意味で複雑な思いを抱いてしまう。
ルディアが今までフィディスたちに語っていた夢の話は前世の家族や結婚するはずだった男から受けた仕打ちがほとんどだった。
もちろんかばってくれる兄や友人もいたが、聞いているフィディスがその場にいたらルディアの前世の家族を攻撃していたと思えるほどのものだった。
それを覚えていたから嬉しいと言うのはどういうことなのだろうか、とぎもんに思ってしまう。
もしかしたら、前世の兄や友人関係の事で忘れてしまっていたことを覚えている事が嬉しいのだろうか。
「今まで私に話してくれていたことの大半は、ルディにとってあまりいいことではなかったけれど、今回覚えている内容はいい事なのかい?」
「はい。ぜんせでわたくしが作ったさくひんが出てくるのですが、その中に人がおりますの」
ルディアはニコニコと話すが、フィディスはルディアが前世では刺繍関連の職業についていたことを聞いているので、その刺繍の作品に人物を描いているのかと考える。
「なのってくださらないので、ブルアムとよんでおりますが、わたくしがさくひんの中に手を入れると、指先にふれてくださって、それが本当にやさしいふれかたですの」
幸せそうに話すルディアの表情はフィディスからみれば完全に恋する乙女そのもので、幼い恋と割り切って応援すべきなのだろうか、それとも夢なのだから目を覚ますように言うべきなのか悩んでしまう。
「それに、だいしんかん様がしんせい国にいけば、ブルアムに水かがみごしに会えるとおっしゃってくださいました。いままでお顔をみたことはありませんので、今から楽しみですわ」
「……なるほど? それで、そのブルアムという人はどのような人なのかな?」
「さあ?」
「さあ!?」
ルディアがきょとんと返事をすると、驚きのあまりフィディスは寝ている体勢から起き上がってしまう。
「ルディ! そんな訳の分からない誰かに会いたいと!? 会うのが嬉しいと言うのか!? 私のルディがそんな訳の分からない者に誑かされたと!?」
「お、おにい様?」
「私のルディがっ!」
フィディスの取り乱しようにルディアも慌てて起き上がり抱き着く。
「おにい様、おちついてくださいませ。たぶらかされてなどおりませんわ」
「しかしルディはそんな素性の分からない者に会いたいと!」
「すじょーはだいしんかんちょう様がほしょうしてくださいますわ」
ルディアの言葉にフィディスの動きがビタッと音がしそうな勢いで止まった。
「大神官長が、保証? あの、大神官長が?」
「え、ええ」
だから大丈夫だと言おうとルディアがフィディスの顔を見た瞬間、ヒュッと息を飲んでしまった。
そこには今まで見たこともないような壮絶ともいえる爽やかな笑みがあったのだ。
「お、おにい様?」
「ん? なにかな、ルディ」
「ど、どどどっどうしてそのようなおかおを?」
笑顔なのに怖い。
ルディアはフィディスが笑顔で相手を圧したり脅したりする、もしくは怒りを示すことがあるのは知っているが、ここまでの表情は初めて見ると顔を引きつらせてしまう。
「ふふ、私がどんな顔をしているのかは鏡を見ないとわからないよ」
「と、とってもわるいおかおですわ」
「そうかな?」
フィディスはさらににっこりと微笑むと、ルディアの頬に手を添える。
「ルディ」
「はひっ」
「大神官様は確かに偉人でいらっしゃるけど、私はいけ好かないな」
きっぱりはっきり言うフィディス。
ルディアは否定も肯定も出来ず曖昧に引きつった笑みを浮かべることしかできない。
「なんだか、私の知らないルディを知っているような。いや、ルディを通して別の誰かを見ているような、とにかく私以上にルディを知っているという態度が好ましくないな」
フィディスの言葉にルディアは思わず苦笑してしまいそうになる。
夢の中の話では、ルディアには魔女であった前世があり、ルキストはその時の事を知っているのだ。
そのことでルディア自身も不安に感じたため、フィディスの言葉をすべて否定することは出来ないが、あんなにも今を尊重すると言ってくれているルキストを拒否することは出来ない。
「おにい様、だいしんかんちょう様はわるい人ではありませんわ」
「それはわかっているが、気に入らないんだよ」
困ったとルディアが眉を寄せようとしたところでアヴィシアが朝の支度のための声をかける。
恐らくルディアが困っているのを見かねたのだろう。
「若君もお部屋にお戻りください。それとも淑女の支度を盗み見るおつもりですか?」
アヴィシアの言葉にフィディスは「ぐっ」と唸ると、諦めたように肩を落とし、自室に戻っていった。
「助かりましたわ」
ルディアがお礼を言うと、アヴィシアが「いえいえ」と笑みを浮かべる。
それこそ生まれた時から傍に仕えてくれているアヴィシアは、ルディアにとってなくてはならない存在だ。
朝の洗顔や着替えをしながら、しっかりと体調を確認されるがアヴィシアも驚くほど、ここ最近では一番体調がいい。
「やはりルキ様がお嬢様の治療をなさってくださったおかげでしょうか」
「そうかもしれませんわ」
ルディアは頷きながらも、夢の中でルキストとブルアムに挟まれて治療された時の事を思い出す。
(あれは、今思い出すとだいぶ恥ずかしい状況だったのでは?)
背後からルキストに抱きしめられ、腕はタペストリーの中に入れブルアムに優しく握りしめられ触れられる。
前世で読んだことのあるハーレーク〇ーン小説の主人公のようだ、とも思えてしまう。
だが、ルキストははっきりとルディアに対して恋愛感情は持っていないと話していたし、どう聞いてもブルアムとルディアの関係をからかっているようだった。
(夢の中でのわたくしは成長した姿ですし、手の感触からしてブルアムは成人男性ですわよね。現実での幼女姿を見て失望されてしまったらどうしましょう)
朝食をとるために食堂に行く途中、ルディアはそんなことを考える。
もしルキストがこの考えを知れば「あいつの執着の前では無意味」と言うだろが、あいにく今この場にはいない。
いつものように執事に抱きかかえられて食堂に行けば、すでにルディア以外の全員が揃っており、その中には当たり前のようにルキストもいる。
「おはようございます」
「「おはよう、ルディ」」
「おはよう、ルディア殿」
ここでフィディスがピクリと一瞬だけルキストに視線を向けた。
昨日まで魔女殿と呼んでいたのに急に名前で呼んだことを気にしたのだろう。
「ルディア殿、今日の予定はどうなっている? 空いている時間があれば治療を行おうと思う」
ルキストの言葉にルディアはフィディスに席に座らせてもらいながら首を傾げる。
「ちりょうはここではできないのではありませんの?」
「簡単なものなら可能だ。例えば魔力回路のつまりを緩和するとかな。それだけでもだいぶ体が楽になる」
「そうですの」
前世で体験したリンパマッサージのようなものかと考え、本日の予定を思い出す。
「きょうは、ごぜん中はおべんきょうがあって、ごごはおにい様とお茶をして、そのあとにししゅーのよていですの」
「刺繍? ルディア殿は今世でもモノづくりが得意なのか」
ルキストはそこで考えるようにテーブルを指で何度か叩く。
「
トン、トン、とテーブルをたたく音が続き、トン、と止まる。
「そういえばあの
そこでルキストはいい方法を思いついたとにやりと口の端を持ち上げた。
「ルディア殿の
「そ、そうですの」
(言っている事の半分以上分かりませんわ)
ルディアは頭の中にはてなマークをたくさん浮かべながらもなんとか頷いたが、フィディスは微妙な表情を浮かべる。
「ルキ様。こう言っては何ですが、治療という名目でルディの予定を強引に変えないでいただきたい」
「忠犬は相変わらずご主人様至上主義で結構なことだ。だがその忠誠心がルディア殿の成長を妨げるということにいい加減に気が付け、愚か者」
その瞬間、ビキンッと音がするほどに空気が張り詰めた。
「私がルディの成長を妨げているとおっしゃるのか」
「ああ、そう言っている。大切に守って囲って仕舞い込んで満足か、愚か者。それがルディア殿のためだと思うのか?」
「私はルディの行動を遮るような真似はしません」
「転ぶ前に手を差し伸べて抱き上げる。痛みを覚える前に邪魔なものを消す。それがお前の忠誠心とやらなんだろう? この忠犬」
ルキストの言葉にフィディスが何も言えずに奥歯を噛みしめる。
「ルディア殿の見た目は幼子でもその魂は違う。いや、幼子であっても、そして幼子だからこそ痛みを覚える必要がある。それを邪魔するのは愚かとしか言いようがない」
「ルキ様!」
そこで我慢できないと言うようにルディアが声を張り上げてしまう。
「おにい様はわたくしを守ってくださっているだけで」
「わかっているから言っているんだ」
今度はルディアをまっすぐに見て言うルキストに、ルディアは言葉を詰まらせる。
「守るというのは、その危険性を本人が自覚していなければいざという時に取り返しがつかない。わたしはそれをいやというほど
ルキストのその目は泣きそうなほどに真剣で、ルディアにはそれが親を見失い泣きそうな子供の目にも見えた。
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