転生した鍛冶師の娘
@luka0927
第1話
「お前は鍛冶師鍛冶師かじしにはなれん、諦めろ」
私ーー日奈は、鍛冶師の娘だ。
女だから家督は継げない… それがあの頃の普通であり、差別なんて認識すらない時代の性だった…。
父は刀鍛冶だーー。
私は父とあまり話をした事がないが、それでも自慢の父であり、一家の大黒柱だ。
でも、私にとって何よりも変えがたい大切な宝はーー
「ねえちゃん!ねえちゃん!ごはんにしよう!」
妹の唄だ。年は十一で、私の二つ下。黒髪黒目の短髪おさげの女の子。私の何よりの宝だ。
「よーしよし。じゃあうた、おっかさんに雑煮作ってもらおっか?お姉は町に水菜とお餅を買いに行ってくっから、大人しく待ってな?」
「うん!!!」
ぱぁっ、と輝くうたの満面の笑み。控えめに言って可愛すぎて死にそう。
「それじゃあ、行ってくっね。」
「うん!!!いってらっしゃい!ねえちゃん!」
…はぁ、なんて幸せなんだろう。刀鍛冶になれないのは残念だけど、唄がいてくれるだけで私の人生は幸福に満ちていた。
「あら?日奈、お出かけに行くの?」
「おっかあ、ちょっと雑煮の材料買ってくっから、夕飯の用意お願いできる?」
わかったわ。と華やかな笑顔で見送ってくれる。
私の母ーー花はわたし達の自慢の母親だ。
唄が天使なら、母は聖母といったところだろうか?
漆のような艶やかな黒髪黒目、しなやかな長髪で、少し街へ出ると人目を引く見目麗しさ。この前などお偉方の役所の者から求婚され、てんやわんやの大騒ぎだった。
「行ってきま〜す。」
カツッカッカッ
ガララッ、と戸を閉めると同時に、聞き慣れた足音が聞こえてくる。
「おっ!日奈じゃねえか?晩飯の買い出しか?」
「ああ、清一兄さん。ちょっと行ってくるね」
清一兄さん…父が後継として迎えた養子。私達とは血の繋がりが無い兄だ。しかし気さくで優しく、時折父の目を盗んでは私に鉄の打ち方や、刀鍛冶のイロハを教えてくれる本当の兄同然の優しい人だ。
「気ぃつけていけよー?何でも最近、お役所の連中が何かとうるせぇからな……」
「ははっ、大丈夫だよ、女の私が何かされるなんてさ」
「まぁ俺や親父さんならいざ知らず……いや、お前みたいな若ぇ女子の方が案外……?」
「清一兄さんったら、何言ってんだか……」
「まあ、いつでもいざって時の備えだけは忘れるなって事よ」
「はいはい……はぁ、心配性ねぇ清一兄さんは……。ありがとう。行ってきます。」
まさかこれが、清一兄さんと最後の会話になるなんてこの時は思っても見なかった……。いや、唄とも……母さんとも……もう会えなくなるだなんて……。
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『日奈…?あなたは刀鍛冶の娘なの。だから、いつか、もしかしたらだけど、私達を狙う人達が現れるかもしれない。刀鍛冶の娘として、相応の覚悟はしておきなさいーーー』
脳裏に母の言葉が蘇る。
刀鍛冶は直接ではなくとも、間接的に人を殺し、恨まれる事もある職業だ。
だからいつでも覚悟をしておかなければならない……母さんはいつもそう言っていた……。
「はい!お待たせ〜、水菜とお餅で大判一枚ね!」
「冗談はやめてよときちゃん……わたしにそんなお金払えるわけないでしょ?」
「あはは、だよね〜!いくら刀鍛冶の娘でも、お小遣いに大判は高すぎるもんね〜」
冗談めかして一結びの女の子、ときちゃんがけたけた笑う。
毎日買い物の旅にこうしておしゃべりするのも、日常の一環であり、楽しみである。
「そもそもお父様だって、私たちを育てるのに不自由ないくらいの稼ぎなんだから……」
「まぁ〜、どれだけ腕が良くてもお役所のお抱えじゃあね〜」
「やっぱりそうよね〜……贅沢とは行かなくても、唄がせめて自由に暮らせるくらいは欲しいかな〜」
じぃー、とジト目で見つめるときちゃん。
「……何?」
「やっぱり日奈ちゃんって、唄ちゃんの事溺愛しすぎじゃない?もしかしてそういう趣味……?」
何やら変な事を言い出した幼馴染に、呆れて頭を抱える。
「はぁ……何言ってんのこの脳内花畑!」
ペチンッーーと、ときちゃんの頭を叩く。
「ひゃあっ!痛い……」
「お!良い音出た!」
「良い音出た……じゃないわよ!全くもう!」
ぷりぷりしながらほっぺを膨らませるときちゃん。
その後しばらく談笑した後、夕暮れ時になってようやく解散した。
まさかこの時既に、自分の家が血の海になっているとも知らずにーー。
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「唄、お雑煮好きだからな〜。ふふっ♪」
門戸に着くと、いい知れぬ嫌悪感に包まれる。
何だろう…?もの凄く胸騒ぎがする。
いつもなら唄や母さんの気配がするはずなのだが、それが無いのだ。
「ただいまー。唄〜?母さん〜?」
呼びかけても返事が返ってこない……父の仕事場に差し入れに行っているのだろうか?
「父様〜?清一兄さん〜?唄〜?おっかさ……」
そこまで呼んだところで初めて気づいた…。
横たわり、血で染まった鍛冶間に二人の男。
返事をしても返ってこない意味。
理解するとともに胸がぎゅうっと締め付けられる。
「父様〜!!清一兄さん!!そんな…」
刀を打っている最中だったのだろう…。無残にも切り付けられ、急所を刺され、既に息をしていなかった。
ぺたり、とその場に座り込む。
そんなっーー!
「ハアッ…ハアッ…ハアッ…ハアッ…!」
ふと脳裏をよぎる、母の言葉。
「日奈…もしその時がきたらせめて。唄だけは守ってあげてね……おっ母もおっ父も清一も置いていっていいから……せめてまだ小さなあの子だけは……あなたの手で守ってあげて…。」
はっ!と気づいた時には体が勝手に動いていた。
辺りくまなく駆け回る。
「おっかあ、唄、なんで…なんでこんな…。おっとお…清一兄さん…」
「鍛冶師にはしてやれんが、お前は自由に生きろ…」
父の言葉が、脳裏をよぎるーー。
「おっ!?なんだ日奈、今日も手付けを教えてほしいのか?おめぇはしょうがねえ奴だなー。」
兄の言葉が、胸を締め付けるーー。
なんで……なんで……なんで……なんで……!なんでこんな……
「日奈?こっちおいで。お耳を掃除してあげるから。」
母の言葉で、涙が溢れる。
溢れ出る涙で視界がうまく見えず、ただ闇雲に走り回る。
何もいらないから、わたしはいいから……せめて……あの子だけは……
「ああ〜っ!ねえちゃんまたこっそりおせんべい食べたの?ずるいよ〜、うたも食べる〜!」
「ねえちゃん!みてみて!お日様に向かって赤蜻蛉あかとんぼが飛んでいってるよ〜!」
「ねえちゃん…きょう町で聞いた怪談咄かいだんばなし怖かったよお〜。いっしょにねんねして〜」
「ねえちゃんすごい!お料理とってもおいしいよ!今度唄にも教えてね!」
「ねえちゃん…!」
ハアッハアッハアッハアッ、唄……唄……
「唄!おっかあ!ハッ!?」
家の台所で切り付けられた母と、その近くにいる二人の男。
片方の男が刀を所持しており、もう一人の男は丸腰だった……。
この男達だ…。こいつらが…父様と清一兄さんと…おっかあを…。
「っ!?てめぇ、誰だ!?」
「っーーー!?」
刺された母は既に絶命しており、瞳から光が消えていた。
「ーーーっ!うわああああああああああああああああっ!!!」
喉奥から、我慢の限界を越えて出る悲痛な涙の叫び。
しかし直後、近くに小さな気配を感じたーー。
振り返るとそこにはーー!
「おっ母……?ねぇちゃん……?」
「唄……?」
ダッ、と走って逃げる。頭より体が先に動いていたーー!
すぐさまガバッと唄を抱き上げ、走って逃げるーー!
怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖いっ!身体中の臓物を吐き出してしまいそうだ!心臓が握りつぶされそうな程の恐慌状態になり、もはや死に対する絶望しか感じないーー!
「ねぇちゃん……おっ母は……?おっ父……は?せいいちは……?」
黙ってひたすらに走り続ける。もはや、唄の問いに答えを投げかける余裕すら今の私には無かった……。
「ねぇちゃん……後ろからなんか来てるよ……怖いよぉ……」
待ちやがれー!と、後方から追い立てられる気配を感じる。
もはや延命するだけの、ただの逃走。
助かる希望なんて、微塵もなかった……。
「ハァッ……ハァ……良い……唄?ねぇちゃんがあいつらを引きつけるから、その隙に唄は逃げるんだよ……!」
できるだけ子供しか潜れないような狭所を潜ってなんとか時間を稼ぐ。
が、それでもやはり唄を逃がせるだけの決定的余裕を作る事ができず、ずっと隠れんぼ鬼ごっこを続けていた。
「嫌だよ……ねぇちゃん、唄を置いていかないで……」
ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッーー!
何でこの子はこんなに聞き分けが悪いのだろうか……それでも、その甘えん坊な所が……私は本当に大好きだった……。
「唄……今まで色んな事があったね……一緒に花火を見に行ったり、山菜取りに行って栗ご飯や松茸を食べたり、一緒にお餅を焼いたり、桜を一緒に見たりーー」
足に限界がやってくる……。
もうーー逃げられない。
「唄……ねぇちゃんの妹として、生まれてきてくれて、ありがとねーー」
バッーーと、唄を前方に放り投げる。
「ッーー!ねぇちゃん!!」
放り投げられた唄は綺麗に着地する。
このまま今の距離なら街へ走れば唄だけなら逃げ切れるだろう……。
「ようやく追いついたぞ……このガキァーー!」
理想は刀を刺して来た時、どこか刺されたタイミングで奴の腕を思いっきり掴んで離さない事ーー。
痛いだろうなぁ……
でも、〝鍛冶師の娘〟なら、唄あの子の姉なら、私はーー!
ザシュッーーー!
「っーー!」
腹の内に刀が差さる。
だがそれよりも、背中に感じる小さな温もりが……まさかーー!
「うううっーーー!」
「う……た……なん……で」
私の背中に抱き付いた唄が私と二重にして刺される。
刀が引き抜かれると、向き合うようにしてお互いが倒れた……。
「へッーー!バカな娘だ……。ねぇちゃんの命も無駄にして自分も犬死にとはな……とはいえ、手間が省けて助かったぜ。目撃者がいると厄介だからな。じゃあな!おバカなガキ共さん」
あざ笑うようにして立ち去る男。
あいつは誰だったのか……?そんな事はもうどうでも良かった……。
それよりもーー
「はぁ……はぁ……唄。ごめんね……私、ダメなねぇちゃんで……何も、あなたも……守れなかった……よ」
呼吸をする度血反吐を吐く。
痛くて苦しくて、それでも、それよりも、目の前の小さな妹が愛おしい。
「ねぇちゃん……わたし、後悔……して、ないよ?だってわたしも……〝鍛冶師の娘〟……だもん。ねぇちゃんの……妹だもん」
全身を震わせながら、痛みを我慢しながら、必死に言葉を絞り出す。
もはや死ぬまでの猶予は残されておらず、最後の時間を語り合う。
「ねぇ唄……もし……もしもだよ?来世があったらさ、その時は……もう一回、わたしの妹に……なってくれる?」
全身から生命力が抜けていき、もはや意識も殆どなくなっていた。
「えへへっ!もちろんだよ!ねぇちゃんはずっと……唄のねぇちゃんだから……ずぅっと……一緒だよ!」
ニコッと、天使のように微笑む。
それに合わせて私はニコッと微笑み……永遠の眠りに意識を落としたーー。
ああ……そうか……。なんとなく、父がわたしに刀を打たせたがらなかった理由が、ようやく今わかった。
わたしが作ろうとしていたのは…こういう事なのだ。
会ったこともない、聞いたこともない。そんな関係の無い者を…間接的に殺してしまう。それが刀鍛冶の仕事だったのだ。
父は、わたしに手を汚して欲しくなかったのだ。
世情柄というのもあるだろう。しかし、それでも、
父はわたしを、わたし達を、愛してくれていたのだーー。
あの無愛想な顔の下にも、娘の夢を蹴り、自分が嫌われるとしても。
それでも家族みんなを愛していたのだ。
唄……。
神様、どうか、もしも願いが三つ叶うなら、人殺しの家族だけど、どうかみんなが黄泉の国で幸せに暮らせますように……。
二つ目は、来世ではわたし、やっぱり鍛冶師になりたいなぁ〜。人は殺したく無いけど……誰かのために役に立つのなら。もしそんな時代があるのなら……だけどね。あとは……
来世でも唄の、お姉ちゃんでいられますように……。
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