第07話.『次なる一歩』


 「フフ……フハハ……ッワーハッハッハ!!」



 頭上から降り注ぐ笑いの三段活用。人生初、喋るコウモリ型まんじゅうを頭にのせて一分と経たずにこれである。

 これからはよく知らない謎の生き物を頭に乗せないようにした方がいいかもしれない。今は子供のように騒ぎ立てるだけだが、その内うんこでもされそうな怖さがある。



 「このオレサマの演技に騙されてまんまと契約した間抜けめ! 盛大ニコキ使ッテ後悔サセテヤルワ! ワーハッハッハ!」



 何だか頭……様子のおかしい小型のまんじゅうコウモリ。一過性のものだろうと無視してみたが、症状は治まるどころかエスカレートしていく。



 「何がよろしくだ、バカタレノのサルめ!」



 猿じゃない。



 「小賢しい考えでオレサマをどうにかできると思ったか!」



 契約の後に何かやろうとしてるお前の方が小賢しいだろ。



 「翼があっても飛べないことなど駝鳥でも理解してるぞ? はぁ~まぁ、オレサマを笑わせたことは褒めてやる」



 その如何にも飛べなさそうな羽を持った奴に自虐的な例えをされたところで頭に入って来ません。でも面白かったからお互い様ということで猿呼ばわりは許してやる。



 「さて、有象無象で遊ぶ前に、待ちに待ったオレサマの~!? なぜ!? なぜ取れない!? ――お前人間やめたのか……?」

 「いや人間だよ!!」



 人の頭の上でご機嫌に騒いでるようなので、わざわざ冷水をかけるような真似というか、出鼻を挫く必要はないとツッコまずにいたが、人外に人外に呼ばわりされれば流石のカナメも黙っていることなどできない。


 こき使われるのは受け入れてもいい。が、人を傷つけかねない言動はダメだ。

 カナメは言われても気にしない。しかし、会う人すべてにこんな態度を取っていては、問題になるだろうことは目に見えている。

 起きてからでは遅いのだ。ゆえにカナメとしては、フォルテが余りにも横柄な態度をとった際には断固としてぶつかっていく所存である。それはそれとして、


 

 「何を勝手に取ろうとしたんだよ?」

 「オレサマが愛シテヤマナイ異界の甘味だ」

 「娯楽って、食いもんかよ……」



 なんかしっくりきた。最高位様なのだから大層な対価を要求されると思っていた時期がカナメにもあったが、出てきたこれを見て、そして『異世界の娯楽』と聞いた辺りからそっち系の要求で済むんじゃないかと思っていた。つまり予感が的中したという訳で。



 「やっぱり、未来予知説が濃厚だな」

 「アホみたいなこといってねーで、記憶を読む許可を寄越せ」

 「お前にだけは言われたくない。で、どうやって許可出せばいいんだ?」

 「オレサマに記憶を見せたいと思えばそれでいぃ!」



 よくは分からないが、とりあえず言われた通り娯楽に関する記憶を見せたいと、そう思ってみる。



 「おお~見える! 見えるゾ! タイギデアッタ!」

 「見て良いのは娯楽に関することだけだ、そこのところは間違えるなよ。プライベートを覗いたらプライバシーも侵害で訴えるからな」



 人の頭の上でバタバタと騒がしい饅頭がこちらの話を聞いている様子はないが、勝手にプライベートを覗こうものなら許可は取り下げようと思う。



 「私も、カナメの故郷の甘味は気になります。私はフォルテ様のようにカナメの記憶を覗くことはできませんので、今度お話を聞かせてくれませんか?」

 「待て待てセフィ! 僕だってヤマト君の故郷について聞きたいことが沢山あるんだ。いくら愛弟子で我が子同然の愛しいセフィだとしても、抜け駆けは阻止させてもらうぞ」



 やっぱり女の子は甘いものが好きらしい。いや、セフィのことだから知的好奇心ゆえなのかもしれない。そして、似た者同士というか、流石は師匠と弟子。ヴェインさんも色々聞きたいのを我慢していたようだった。



 「じゃあその話は移動の時とか時間があったらね。俺の話と違って、故郷には面白いものとか美味しいものとか、あと、便利なものとか、とにかくたくさんあるから期待しててよ」

 「楽しみにしてますね」


 ――トン。


 おもむろにカナメの肩に手が乗せられる。

 振り向いてみれば、そこには目を瞑って首をゆるゆると振るヴェインの姿があった。



 「残念だが、楽しみは愛弟子に譲るとしよう。その代わり、今度王都に寄ったときには是非ともはなしを聞かせてくれ。委細をかなぐり捨てでも時間を作ろう」



 残念などと言っておきながら一ミリたりとも諦めていないこのおじさん。本当、良い顔して何を言っているのやら。



 「もちろんです。でも仕事はしてくださいね」

 「おじ様……今の発言は、国王陛下や貴族の皆様に申し訳が立たないですよ」


 

 宰相閣下の清々しいくらいなまでのおさぼり宣言は、セフィリア様の有り難いお説教にお任せするとしてだ。少し深呼吸して、上手い事続きでどことなく緩んだ己の心を引き締める。



 「厳選中悪いんだけどさ」

 「なんだ? 今忙シンダガ?」



 頭の上でお菓子やスイーツを呟き、その恐らくどうでもいいことに忙しいであろうフォルテに重要事項を確認する。



 「その克者って人はどこにいるんだ?」



 フォルテとは何事もなく契約できた。貴重な情報も得ることができた。でもそれで終わりという訳ではないのだ。目的はセフィリアの穢化をどうにかすることなのだから。



 「知らん。知ッテイタラ教エテルゾ。分かり切ったことを聞くのにオレサマの思考の時間を奪うでない、ポンコツめ」



 やりたいことが出来るとなったとたんこの調子の乗りよう。危うく震わせている握りこぶしが頭上に向けて飛び立つ所だった。

 そんなこちらを気にした様子もなく、言うだけ言ったフォルテは再びスイーツ脳内選考を始める。



 「あー、あの古ビタ奴ラなら何か知ってるんじゃねぇか?」



 と思ったら思い出したかのようにさらっと貴重な情報を溢すのだから本当に困った最高位である。全く聞き逃したらどうするんだこいつは。



 「古きを知る種族となれば――魔族でしょうか?」



 ここでまさか肉体派エリート魔術師軍団が出てくるとは思わなかった。確かに聞けば人間や獣人なんかより余程長生きしてそうだ。


 だがそれは困る。何せ異世界きっての武闘派集団と我らがマクスア王国中がよろしくないと聞くではないか。となれば、マクスアから来ましたといって話を聞いてもらえる可能性は低い。なんなら国境を越えた瞬間ヤバめの魔術が飛んできそうだ。



 「魔族って、噂に聞く肉体派魔術師のことですよね……?」


 「初めて耳にする評価だが、確かに彼らは魔術だけでなく白兵戦や接近戦にも長けているから、あながち間違いではないかもしれない。その魔族だが、王国との関係は良好とはいえない状態にあってね、現在国境は封鎖されていて普通には近寄れないうえに、ここだけの話に留めておいてほしいのだが……戦争も近い」


 「どうすれば……」



 魔族と多種族との関係、魔族の文化、この世界の常識。

 他にも障害になりそうなことは山のようにあるというのに、国境封鎖で近づく事すらできないなど、そんなの話を聞きに行く以前の問題である。



 「それなら、冒険者登録するのはどうでしょうか?」

 「いい案だ」



 カナメの中で今の話と冒険者が繋がらない。持ちうるサブカルチャーの知識を借りると、冒険者とは依頼クエストを受けて稼ぐ何でも屋みたいな感じで、どこにも与さない自由な組織といったイメージがある。

 戦争に駆り出されるなんて話は真っ先に断られそうだが、傭兵なんてのも存在するみたいだしそこら辺の融通はどうなんだろうか。



 「いい案何ですか?」


 「冒険者が戦争に参加することは、冒険者ギルドの掟で禁止されている。だがDランクに到達すれば、戦闘以外の危険の対処、軍を魔物から護衛するという名目で従軍許可が降りる。クエストによっては魔属領の近く、もしくは直接魔属領に行ける可能性もあると考えれば、危険は大きいが、それ以上のメリットがある」



 地元になかった職業なので、冒険者に何ができるのか知らないカナメでは思いつくわけもない妙案。


 賢者公認とは喜ばしい。だが、カナメだからこそ気になる懸念があった。

 それはDランクがランク全体のどの辺りで、そこまで到達するのがどの程度難しいのかということだ。

 

 冒険者といえば剣と魔術の異世界ファンタジーの中でも、腕っぷしランキングトップスリーに入る職業。異世界の一般人にも劣るカナメでは最低ランクどころか冒険者として登録すらできない可能性もある。だがだ、事はセフィリアの命にかかわる。門前払いされるというなら最悪、宰相閣下の一声で何とかしてもらう所存だ。



 「ただ問題がある」



 当たり前のように出てくる聞いて嬉しくないワード。たまにすんなり話が進んでほしいものがある。しかし中々どうしてそう上手くいかないのがリアルというもので、



 「問題?」

 「冒険者ギルドは国家に所属しない独自の組織体系を取っているんです」

 「えーっと、つまり?」



 セフィリアの説明を聞いただけでは今一理解できないカナメだったが、話はそう上手くは進まないという現実だけは何となくわかってしまう自分が悲しい。



 「つまり、実力で昇り詰めないと行けないということだよヤマト君」



 カナメなんぞが考える程度の小賢しい知恵は、無慈悲な現実の前に提案するまでもなく潰されるのだった。

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