第15話.『遅参の狼騎士』

 時はカナメがヴェインに出会う前――宿に子供二人を置いてきたハルフリートは、この先の町々や都市、王都の状況を確認するために衛兵の詰め所に顔を出していた。


 繊細な意匠の施された白い細身の全身鎧に身を包み、その顔は同じ様なクローズドヘルムの下に隠れてわからない。

 深紅のマント揺らし、肌を一切さらさないその姿は、如何にも只者ではないといった雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな怪しい輩が町を守る善人たちの前に顔を出せば、多くの視線を集めようことは想像に難くない。

 だが、ハルフリートが感じたものは別のことだった。



 (やけに多いな)



 そう、詰め所にいる兵が多いのだ。

 この時間であれば、町を警邏しているはずなので精々十数人が良いところのなのだが、見渡してみればその数は百を超えていた。


 衛兵の詰め所に集まる多くの兵士達が、突如現れた純白の騎士を見つけるや否や――、



「白騎士様に、敬礼!」


「「「お疲れ様です、白騎士様!!」」」



 ハルフリートを知らないものからすれば、その豪勢な鎧と佇まいに「只者ではない武装した人物が現れた」と警戒するところだが、彼を剣狼卿の右腕と知っている兵士たちからからすれば当然の対応である。理由はそれだけでもないのだが。



 (やれやれ、またか……)



 『白騎士』とは王国における一つの誉れだが、その称号で呼ばれる資格はないと思っているハルフリートからすれば、ここは少々居心地が悪い。


 なので、さっさと要件を済ませてこの場を去ることとする。



「剣狼閣下の命で来た。バーボ兵長はどこか」

「はっ! バーボ兵長は執務室です。よろしければそちらまでご案内させていただきます!」

「それには及ばない」



 興奮した様子で暑苦しく敬礼する兵たちの横を通り過ぎ、執務室に向かう。


 執務室の前までくると扉が勝手に開く。正確には、ハルフリートが何かを言う前に相手側から扉を開いた。



「ご苦労様です。狼騎士様。どうぞ中に」



 スキンヘッドの兵長の脇を通り過ぎ、執務室の中に入る。

 最初に目に入ったのは掘り返されたような書類山だった。  



「何事だ?」



 棚の書類をすべて出したと言わんばかりの量だが、丁寧に積み上げられているのを見るに賊の仕業ではなさそうだ。

 だが、詰め所の状況と関係があることは間違いないだろう。そう考えたハルフリートは、その事情を知るであろう兵長に確認を急ぐ。



「はっ! 実はつい先刻まで、エルドラン宰相閣下お見えになっておりまして――」

「ヴェインがか!」

「はっ、はいっ!」



 宰相閣下――いや、賢者ヴェインが辺境の田舎町まで来ている。それは異常以外の何ものでもない。

 ここで兵長から話を聞くより、件の人物に確認を取った方がより正確な情報を得られるのは明白だ。



「失礼、宰相閣下はまだこの町に?」



 王国内のそれも限定的な場所だが、ヴェインは召喚の応用で転移を行える。精霊アトラニアの力を借りればさらに多くの場所への転移も可能となる。

 つまりは、明日には別の町なんてこともあり得るわけだ。行動は早いに越したことはない。 



「恐らくは……明日は剣狼閣下の元に足を運ばれるとおっしゃっておりましたので」


 ――辺境の町に来ただけではなく元守護者ソーンの下にもか……まさかな。



 数年前の厄災。

 突如現れた瘴気の影響を受けない少年。

 忌獣の異変。


 これ以上、変事が起きるはずがないと思いたい。しかし、ここ最近のすべてが繋がっているように思えてならない。



 ――考えすぎか……。



 こういったことはヴェインあいつの方が得意だ。そういった意味でもやはり、目的は一つに絞られる。



「急用ができた。これにて失礼する」

「はっ!」



 足早に執務室から出る――直前に足を止め、兵長に告げる。



「最後に一つ頼みがある」 

「な、なんでしょうか……?」

「兵たちに『白騎士』と呼ぶのを止めさせてくれ」



 何か重要なお願いをされると思っていた兵長の「そんなことですか?」といった表情を置き去りにして、今度こそ執務室を後にした。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




 衛兵の詰め所から出てすぐの路地に入り、懐から鏡面の水晶――対話水晶――を取り出す。

 

 対話水晶は一般には出回っていない貴重な連絡手段で、特定のパターン、回数魔力を注ぐことで対応した対話水晶に声を届ける事ができる魔道具だ。便利な反面、長距離の連絡は難しいのと、マナの通りが悪い場所では繋がらないという欠点がある。



 (町にいるなら繋がるはずだが)



 半分祈るような気持ちで対話水晶にマナを込める。



「――」



 送られたマナのパターンに反応した水晶の中が白色に光り出し、少し間を置いた後その光は水色へと変化した。



「間に合ったか」



 それはつまり、目的の対話水晶にマナが繋がったということを意味する。



「ハルが町に来ているなんて、凶報じゃなければ嬉しいんだが」



 どうやら対話水晶の向こうにいる相手も良くないことを想像しているようだった。



「ソーンから手紙を預かっている。お前の嫌な予感も含めて直接話せるか?」

「丁度いい」



 その言葉と同時に、ハルフリートの隣に水滴が集まっていく。

 それが水球を形成していくのを見て、ハルフリートはすぐに膝を付き頭を下げる。



「私のような小さき者の為に、ご足労感謝いたします――アトラニア様」  



 創精霊が作り賜うた清水の乙女に傅く。

 

 本来傅くべきは主と王族、宰相に対してのみなのだが、その存在の高さを知る者たちからすれば王の御前でも同じく敬意を表しただろう。

 王に頭を垂れるのは当たり前のこと、神の系譜に頭を垂れるのもまた当たり前のことなのだから。



「良いのです。心血の雫よ、さぁ――」



 精霊アトラニアを起点に召喚陣が形成される。



「お願いいたします」



 差し伸べられるガラスのような手を取り、賢者の下へと転移する。



「やぁハル、久しぶりだね。人払いは済ませてあるからすぐに話を始めようじゃないか」

「ああ、だが先ずはこれだ」



 特別な毛皮に覆われた手紙を取り出し賢者に渡す。カナメとは別にハルフリートがソーンから預かったものだ。



「これは……」



 未開封の手紙を見つめる賢者の表情にあるのは動揺。

 目の前の男を動揺させるような何かをソーンがしでかすことはないと思うだけに、ハルフリートもその内容を見てみたい衝動に駆られる。


 もちろんそんな重罪を冒すなんてことはなく、毛皮に包まれた手紙は未開封のまま相手の手に渡る。

 ヴェインは恐る恐るといった様子で中を取り出した後、一言一句を叩きこむようにその内容を確認していた。



「――ようやく、恩が返せそうだ」



 内容を確認し終えたヴェインは、意味深な言葉だけを残し手元のすぐ近くに現れた黒い平面の中に手紙を捨てた・・・



「お前の考えと関係のあるものだったか?」

「今の時点では何とも――」



 どうやら、手紙の内容については教えてくれないらしい。

 ソーンと賢者がそう判断したのなら、その内容を知らない方が良い結果になるということなのだろう。そう判断したハルフリートはそれ以上の追及をやめる。



「――先ずは『瘴気に吞まれない少年』について、詳しく教えてもらえないかな?」



 聞かれた通り瘴気の森から忌獣を引き連れてやってきた少年について話す。

 どうやら転生者であること、帰る方法を探して賢者に会いに来たことなどを詳細に伝える。



「なるほど……力になれるかも含めて直接会って話をしたいところだね」

「宿に戻ったらそのことは伝えておく。それで、お前は何故こんな辺境の町まで来た?」

「実は、王国の北東で穢レらしきものを見たという報告があってね。簡単に嘘とは切り捨てられないだけの情報だったんだが、例の少年のことなら納得だ」

「巫女の像があるだろう?」

「確かに、像の結界があるお陰で瘴気や穢レの感知は可能だとも。だが仕組みを知っていれば感知できないようにすることもそう難しいことではない」



 巫女の像はどんな小さな村にも必ずある巫女を模したという像であり、ハルフリートは詳しく知らないが、穢レなら現れれば、瘴気なら吹き出す前に感知可能な、この世界にはなくてはならない守護像だ。

 

 守護像から災厄を隠す。個人でそんなことができる者など目の前の男を置いて思い当たらない。となると考えられるのは組織立った計画。内容が内容だけに十中八九他国が絡んでいるだろうが、もしそうなら明確な条約違反だ。



「それをして何になる」



 穢レの存在を欺くなど、巡り巡って自分たちの首を締めることになりかねない愚行中の愚行だ。いくら頭が足りないどこぞの王であろうとそれくらいはわかるはずで、そうなると相手の目的がわからない。



「最近、魔族の動きがキナ臭くてね。多分そろそろ本格的な戦争を始める気なんだと思う。だから何らかの軍事工作かなと僕は思うんだけど――」

「魔族が条約を反故にすると?」



 あり得ない。少なくともハルフリートそう思っている。

 今の時代において最強の種族であり、遥か昔からを穢レを祓ってきた人類と穢レの歴史の第一人者。

 誰よりも穢レの邪悪さを知る彼の一族が、世界を滅ぼしかねない手段を使うなど想像できうる可能性の中で一番遠いところにある。



「僕も流石にどうかしてると思うよ。でも、情報提供者の話が無視できないくらいに詳しいものでね」

「そいつが魔族だという可能性は?」

「人族の少女だったよ。透き通るような白い肌・・・に、燃えるような赤髪が映える美しい女性だった」

「お前の所感は聞いていない」


 ――白い肌。であれば魔族ではないか。



 個体差はあるものの魔族は皆青みを帯びた肌をしている。極稀に人族に近い肌色をした魔族もいるが、それでも断じて普通の人族の肌色ではない。

 

 王国と魔族間がキナ臭い今、怪しげな情報を持ってきた少女に少しでも魔族の特徴があれば詳細な検査が行われるはずだ。魔術でごまかす手段はあるが、賢者を、まして精霊アトラニアの目を誤魔化すなどガーディアンでも難しい。


 では少女が魔族の間者という線はどうか?

 これもまたあり得ない。

 

 魔族は排他的で他種族と関わらない。そしてその手の小細工が必要ないくらいに精強だ。それが故に、あらゆる国から動向を監視されてもいる。魔族が少しでも領地から出ようものならそれだけで各国が声を上げるだろう。



 ――調べがなされなかったということは、少女は白か……。



 もちろん、肌の話ではなく真偽の話だ。



「他には何かないのか?」

「情報も知識も怪しいところはなかった。後はそうだな……名前は確か、『リン』と言ったかな?」



 特徴的な名前ではない。どちらかと言えば一般的な名前だ。



「知らん名だな……とりあえず話は分かった。俺は一度北門の宿に戻る」

「僕はもう少し町の様子をみてくるよ。セフィの行く場所は大体わかるから、ついでにその辺もね」

「用が終わったら来い。ではな」



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




 宿に向かいながらハルフリートは小骨の突き刺さったような感覚を覚える。

 それは、少女が北東で見た穢れらしきものが本当にカナメなのかということだ。


 カナメの話を信じるなら、彼は瘴気の森の中に召喚された召喚者である。ハルフリートはカナメが村に現われてからこれまで、ほとんど常に彼を監視している。それならば少女はどこでカナメを見たというのか?


 村の中ならわかるが村に賢者が美しいという程の赤毛の少女はいない。

 かと言って、瘴気ならまだしも穢レが突然湧き出たなど長い歴史で聞いたことがない。


 とはいえ、カナメの記憶や知識が曖昧なので、召喚されたのではなく拉致された挙句捨てられたということも十分に考えられる。

 少女が何らかの手段でその情報を入手していたなら筋は通る。が、そんな情報を入手できる少女の素性が怪しいのもまた事実。


 賢者とカナメを合わせれば、少なくともカナメが召喚者か判別できそうなものではある。そして、カナメが召喚者なら少女が見たのはそれ以外の何か、あるいは謀の類。



 ――わからんな。



 嫌な予感がする。

 いずれにせよ得体のしれない危険がこの町い潜んでいるかもしれないのだ。カナメが世間知らずであることも含めて、今回は慎重に動くべきだろう。


 そう方針を固めて宿に帰ってみれば――、



「間に合わなかったか……」



 セフィリア達は対話水晶を持っていない。あれはそう易々と手に入るものではない。

 一応、セフィリアには魔術で位置を知らせる手段があるのだが、当然セフィリアが魔術を発動しなければその位置はわからない。そうなるとこの町を地道に探していくしかなくなる。入れ違いを避けるなら、



賢者ヴェインに任せるか」



 それからしばらくして、賢者からカナメたちを見つけ、話をして別れたと連絡があった。しかし、二人の無事が分かった後も、背中に突き刺さったような嫌な予感が消えない。



「やれやれ」



 ソーンに二人を任されたの以上、何かあったでは合わせる顔がない。

 念には念を入れてハルフリートは二人を向かえに行くことにした。


 そして、遭うことになる。



 人生二度目の厄災に。



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