第13話.『想定通り』


「――…………えぇぇぇぇぇぇええええええ!!??」



 今まで見たことないセフィリアの本気の驚き。

 案外声はそこまで大きくない、というか驚きの叫びとしてはむしろ小さい方でないだろうか。

 ただ、椅子から立ち上がって離れていくので本気で驚いているのが伝わってくる。



 (何か……すっごい見られてね?)



 セフィリアが全身で驚くものだから、店内や路上の人たちの注目の的になってしまった。

 異世界人とか使い魔とかの話もそうだが、宰相という立場にあるヴェインが注目されるのは要らぬ不安を与えてしまはないだろうか。



「――――」



 と、いうのは勘違いで、人々の関心はすぐに「なんでもないか」といった風に消え失せた。どうやら要らぬ不安を感じていたのはカナメの方だった。


 人々が興味を失う際、一瞬だがヴェインの左側が揺らいだ気がしたのだが、それを不思議に思ったのはカナメ一人だったらしい。

 そもそも、それが見えたのはこの中でカナメただ一人なのだから当然なのだが。


 さて、よくわからない心霊現象は無視することにして、セフィリアが驚く原因――『柱』と数えられる存在について聞いてみる。



「えっと、セフィリアさんが物凄くドン引きされていらっしゃるんですけど、柱ってダメなんですか?」

「人が扱うという意味ではダメだね。使い魔として召喚しようとした過去の才ある召喚士たちは、皆その身を、時には国を滅ぼす結果になったという文献が残っている」



 なんだそれ怖すぎる。



「僕も過去に、個人で召喚しえる中では最高位の召喚を行ったことがあるが、それよりも遥かに高いとなると国が亡ぶのも当然だ」

「それは遠慮したいですね。第一俺じゃ対価なんて払えなさそうですから」



 そうなると、この平和ボケした己の身一つで自衛していかなければならないわけで……うん。不安しかない。ハルフリートさんに剣でも教えてもらった方が良い気がする。



「心配しないでも適性があること自体珍しい話だから、もともと僕の使い魔を君に付けようと思っていたんだ。自衛に異世界の勉強。何をするにもすべてセフィ頼りというのも現実的ではないからね。来てくれ――アトラニア」



 ヴェインがそういうと、突然中空に水塊が現れた。



「――!」



 みるみる大きくなっていく水球は、大人一人がすっぽりと収まりそうな大きさになった後、今度は収縮し、やがて人の形へと変わった。



「お呼びでしょうか。愛しの君」

「先ほどは民衆の認識を散らしてくれてありがとう」



 ヴェインに向かって優雅にカーテシーをする姿を見てカナメは思う。


 ――綺麗だ。


 女性対する称賛の意味はもちろんだが、その美しさは一級の芸術家でさえ息をのむような美術品を見ているようだった。


 ガラス細工のような肢体に水でできたドレスを纏っているその姿は、全て輪郭だけといった風体で、彫刻然とした見た目をしている。ただ、濃淡や表情の変化のお陰でもう少し人に近い印象だ。


 どうやら民衆のドライな反応はこのアトラニアという水でできたお嬢様の仕業らしい。


 まじまじと凝視してあることに気付く。

 気付いて直ぐに目を逸らす。



「スゥー、あのー、アトラニアさんの見た目って結構普通なんですか?」



 色々と見えてしまうのだ。

 そりゃそうだ。ドレスも全て水なのだから。

 唯一の救いは、それこそ全て水なので、よほど目をこらさない限り服と肉体部分の境界線が殆ど分からないということだ。それでも下はスカートなので下半身は結構普通にわかってしまう。



「「――?」」



 カナメの奇行――カナメとしては当然の行動と配慮なのだが、アトラニアも含め、何故か全員クエスチョンを頭の上に浮かべている。



「――? 確かに彼女は特別だ。なぜならこれほど美しい女性は他にいないからね」



 そうなのかもしれないがそこじゃない。

 美しいなら尚更見えていることが問題だと思う。

 いや、美しくなくても見えているのは問題なのだが、それは見ないで関わらないようにすればいい話だ。

 だがアトラニアのそれは物が違う。美女であるのは間違いあないのだが、人間離れ――無機物寄りな見た目――しているので、美術品を見るような感覚が紛れ込むのだ。

 そのせいで「見てもいいのでは?」という邪な考えに補正がかかってしまう。



「はい。アトラニア様はお美しいです」



 違うんだセフィリア! 気付いてくれ!



「えっと、こっちの世界の人はこう……アトラニアさんの肌の輪郭? とか見えてても平気なのか? 結構普通の女性っぽい姿形だから、男の人とか気にしそうなんだけど……」



 あなたのが見えてますなんて直接的なこと言えるわけがないカナメは、できうる限りの精一杯で意思疎通を試みる。



「露出は少ないですし、ボディラインが出るようなドレスでもないですから、そこまで気になるようなことはないと思いますけど……輪郭って何のことです?」



 そう! 輪郭だ!



「これほど濃密なマナを見透かすことなど……もしかして、ヤマト君には見えているのかな?」



 セフィリアではなくおっさんの方が気付いた。やはり同じ男だからだろう。



「上半身は多分ですけど目を凝らさないと分からないと思います。下半身は割とはっきり……で、でも! 視空で見えて、やばっ! ってなって目逸らしたんで見てないです!」



 ハッキリとはいってもガッツリ見てないので、見ていないないという一番大事なところだけはしっかりと弁明しておく。



「それはどんな風に?」



 それは重要なのだろうか?

 そんなことより見えてる現状のほうが問題ではないのだろうか?



「えっと、ガラス越しにガラスを見ているような感じです」



 アトラニアさんのご主人であり、お偉いさんの言うことなので一応真面目に答えておく。



「なるほど」

「それってほとんど見えてるんじゃ……?」



 顔を真っ赤にしているセフィリアさん。



「ほとんど見えそうです。なので見ないようにしてます」



 最悪、このまま斜め上を向いて会話するしかないだろう。



「これならどうでしょうか?」



 アトラニアさんがそう言うと同時に、水でできたドレスが光を反射し鏡面のようになった。

 確かにほぼ見えなくなったが、光やドレスの揺れ方によって一部が見えたり見えなかったりするせいで、むしろチラつく度に視線が吸い込まれそうになる。



「どうやらヤマト君は、認識に対する直接的なマナの干渉を受け付けないみたいだね」

「異端なるお人、あまり見ないでくださいませんか?」



 カナメの反応を見て完全な対策にはならなかったと判断したアトラニアさん。

 顔を斜めにしてチラチラとこちらを見ているその仕草が大変可愛らしいのだが、身体から恐ろしいくらい湯気が出ている。どうやら照れると熱湯になる中々デンジャーな体質でいらっしゃるようだ。



 ――というか『異端なるお人』って俺のことだよな?

 


 なんだろう。あまりいい呼び名じゃない気がする。

 それはそれとして、見ないでと言われれば見るわけにはいかない。

 だが相手は視線を吸い込むブラックホールだ。

 ならば邪念を吹き飛ばすホワイトホールで対抗するしかあるまい。



「なんでこっちを見てるんですか……? ――!?」 



 バッと胸元を手で隠すセフィリアさん。



「いや透視能力があるわけじゃないからね!?」

「そうですよね? それなら機会はいくらでもありましたし……ではなんでずっとこっちを向いてるんですか?」



 信用されていないのか胸元は手で隠したままのセフィリアさん。



「セフィリア以外じゃ俺をコントロールできないから」

「よくわからないですけど……恥ずかしいので」



 フードを深く被って背を向けられてしまった。

 傍から見たら相手にされてない男と迷惑を被っている少女という絵面だろうか。理由を知っているのでドン引きよりはメンタルに響かなかった。



「話がそれてしまったね。アトラニア、私の使い魔の中から彼についてくれそうな者に話をつけてほしいのだが、頼めるかな?」



 どうやらアトラニアさんは宰相閣下にとっての秘書的な立場らしい。



「残念ながらそれはできません。異端なるお人からはマナの流れを感じませんので、マナを対価とする使い魔は難しいかと」

「それは……初めて聞く体質だね。では高位の使い魔はどうだろうか?」



 マナの流れを感じない人間というのは賢者様をして寡聞にして存ぜぬらしい。

 そういえば、村で目覚めた初日にセフィリアもそんなことを言っていた気がする。



 (確か、マナは万物に宿る。だったか?)



 俺には宿ってないのかよ。

 異世界に合わせた変換はどうなったんだ?

 欠陥も良いとこじゃないか?


 などといった思いが込み上げてくるが、今はこれらの思うところは呑み込む。しかしながら、これは創精霊様とやらに文句を言わねばなるまいと、密かに異世界でのサブミッションを一つ増やすカナメだった。



わたくしを含めて、それはお許し下さい。愛しの君」

「理由を聞いても構わないかい?」

「異端なるお人をお選びになった大いなる方々の怒りに触れてしまいます。触れようものならわたくし共々、か弱き者は滅ぼされてしまうでしょう。それだけではなく、愛しの君もまた大いなる方々の怒りに焼かれてしまいます。どうか御止めくださいませ」



 そう言って、お願をするように深々と頭を下げるアトラニアさん。


 大いなる方々が六柱のことだするなら、かなり独善的な奴らだと思う。

 召喚しても好き勝手迷惑を振りまくという話だし、召喚されないならされないで、下々の者に圧をかける。



 (力の割に器の小さい連中だな)


「一応、相性は問題ないのかな?」

「はい。会話をできる程度の存在は皆、異端なるお人を好いております。わたくしは、出来れば遠慮させていただきたいです。常に一糸まとわぬ姿を晒していると思うと、気が持ちません故」



 カナメの中で、大いなる方々の印象が余計に悪くなった。


 つまり、そいつらがいなければ交渉次第で他のそれなりの使い魔さん達が力を貸してくれたかもしれないということだ。

 それが、大いなるガキ大将がふんぞり返ってるがために、交渉以前の問題になっていると。



 (迷惑なやつらだなぁ)



 カナメの中で、劇場版までこぎ着けられなかった世界線の暴力音痴巨人が思い浮かぶ。



「ありがとうアトラニア」



 何がともあれ使い魔が雇えないことは分かった。

 これで異世界アシスタント問題は振り出しに戻ったわけだが、もともと降って湧いた話だったのだから良しとしよう。こうなればハルフリートさんに剣でも教えてもらうほかあるまい。



「それでは、その、控えさせていいただいてよろしいでしょうか……このままでは恥に溺れてしまいそうです」



 説明責任は果たしたと言わんばかりに帰宅を催促するアトラニアさん。カナメとしても目のやり場に困っていたので異論なしだ。



「ああ、構わないと――」



 ――バシャン!



「――のわっ!」



 アトラニアさんがただの水、じゃなくて熱湯となって地面に弾けて消えた。

 後には、一番近くにいた宰相閣下の短い悲鳴が木霊するのだった。

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