第09話.『異世界はいつも突然』



忌獣キジュウの群れだぁぁぁぁぁああああ!!!!」



 声を聞いても固まることしかできなかった。

 だってそうだろう? あんなバケモノが群れを成してきたのだから。

 村全体の殺気立った雰囲気でわかる。これが不慮の事故アクシデントなど比にならない緊急事態イレギュラーなのだと。


 

「戦えない奴は村長の天幕に急げー!!」



 最初とは別の人が、非戦闘員に避難を呼びかけている。



「カナメは……ここにいてください。天幕は人が一杯になってしまうでしょうから」



 セフィリアの目線が一瞬だけだが外れた。それに何か言い淀んでいたような?

 それより『カナメは』?



「行くのか?」

「この村で戦える人は多くありませんから。待っていればフリートが来てくれます。それまで診療所に隠れていてください。それじゃあ、行ってきます」

「あぁ……」



 気のない腑抜けた返事がやっとだった。

 一言「行ってらっしゃい」とか「気を付けて」と言えばよかったのかもしれない。

 でも、彼女たちがリスクを支払って手に入れた平和をただ浪費することしかできない自分が、そんな言葉をかける資格はあるのだろうかと考えてしまった。

 そう思うと、言葉が続かなかった。

 どのみちローブ姿の少女は行ってしまったので、今更何を伝えることもできない。


 村のみんなを守るため少女は戦場に。

 そしてカナメは一人ここに残り守られる。

 

 これでいいのか? 

 いや。良い悪いではない。何故ならどうしようもないのだから。

 あんな四メートル以上もあるバケモノが、群れで押し寄せてきたなんて、魔術の適正もなければ、肉体能力だって異世界の一般人にも劣るカナメに一体何ができるというのか。



「くそ……何にもできないのかよ」



 セフィリアは言った。戦えるのなら行かなくては、と。

 それはつまり、忌獣キジュウを倒せるから戦いに行ったという事じゃない。

 支援か囮か、はたまた時間稼ぎか。わからない。けど、彼女はできることをしに行ったのだ。それに比べて自分はどうだというのだろうか。


 守られる側の気持ちが、こんなに悔しくてやるせないものとは思わなかった。

 あの狛猿みたいな忌獣キジュウの危険を知っているだけになおさらだ。


 カナメが空回りするような思考の迷路に嵌る直前、乾いた木を叩く音が二度聞こえてきた。



「自分を責めているのか、坊主」

「ハルフリートさん……」



 診療所の入口に立つ色白の男。

 考え事をしていて気が付かなかったから、既に開いているドアを改めてノックしてくれたようだ。



「どうなんでしょう……強いて言うなら、事実と向き合ってました」

「坊主がそういうならそうしておこう」

「えっと、ハルフリートさんは戦いに参加しなくてもいいんですか?」

「問題ないだろう。今までにない規模の忌獣キジュウの群れだったが、いつもと様子が違ってな。村に突っ込もうとするだけで誰も襲わない。それならソーンだけでも過剰戦力だ」



 皆んなが大丈夫そうなら何よりだ。



「それより気になるのは奴らの異変だ。そして最近変わったことと言えば坊主、お前だ。あっちが大丈夫なら周囲の警戒ついでに坊主の護衛をする方がリスクを抑えられる」

「俺を疑ってるんですか?」

「すまないが疑わせてもらってる。一人はそういうやつが居ないとな。無自覚の悪ということもある」



 言われてみればそうだ。部外者より遥かに忌獣キジュウに詳しい異世界の人が、最近変わったことはカナメが来たこと以外に思い当たらないというのだ。念のため監視するのは当たり前だろう。


 無自覚の悪も納得できる。ただでさえ分からないことだらけの瘴気、穢レ、忌獣キジュウ。 異変の要因が瘴気の影響を受けなかったことと関わっていてもおかしくはない。

 そもそも瘴気の影響を受けなかったこと自体が不思議なのだが。それは分からないので置いておく。


「それもそうですね」

「ユーファレッタの言う通りだな」

「――?」

「アタシがなんだって?」



 相も変わらず際どいドレス姿の美女が、フリートの横に降ってくる。

 一体どうやって来たのだろうか? 空を飛べるのだろうか? だとしたらあの格好で飛んでいるわけで……。

 考えれば考えるほどアッチの方向を想像してしまう。というか今朝のことを思い出してしまう。



「カナメ〜? 見えてるからな〜? それ以上変な想像してみろ? ――去勢すんぞ」



 ゴゴゴと背景が喋りそうな笑ってない笑顔のユーファレッタさん。

 最後に真顔で放った言葉を聞いて、考えていたことが一気に吹き飛んだ。



「随分早かったな」

「まぁね。動くだけの的だもの。アタシとソーンがいたんだからすぐ終わるわ。あと残ってるのは小型だけ。それは自警団の奴ら任せたわ。多分、今も事後処理してるんじゃないかしら?」



 しなやかな指で髪をクルクルと弄びながら退屈そうに報告するユーファレッタさん。

 退屈そうな仕草はまるで些事を終えてきた後かのように見えてしまうのだが、実際は忌獣キジュウの群れを殆ど二人で殲滅してきたわけで、そう考えるとこの人たちも大概人間兵器なのではないだろうか。



「おい。誰が人間兵器だ?」



 この流れはやばい!



「それよりだ、お前が来た理由は?」



 ナイスですハルフリートさん!



「村に問題がないか確認して回ってたのよ。で、問題なかったからアンタたちの無事も確認しにきたってわけ……それでそっちは? 気は済んだの?」

「ああ。坊主が何かをした様子はなかった。あるとしても無自覚の類だ」

「でしょうね。カナメはセフィよりもそういうの向いてないから」



 やはり、悪意があるかどうかが分かるのは素晴らしいことだと思う。後はもう少しだけ健全な男子的反応を見逃して――、



「あげないわよ。健全が何を妄想してもいい免罪符になると思わないことね。変な想像したら潰すから。三度目はないわよ。じゃあ行くわね」



 確かに。二個しかないですから。

 やっぱりこの人は思春期男子キラーだ。



「俺も状況を確認しに行く。じきに夜になるから今日はもう休んでおけ」

「あのーすみません……」

「どうした?」

「お腹が減りました……」 



 ドタバタしていたのですっかり忘れていたが、朝から何も食べていない――どころか今思えば召喚初日から何も食べていない。不思議と今までお腹は空いていなかったのだが、今になって物凄くお腹がすいてきた。



「そうか、セフィの治療からそれだけ経っていたか……わかった。後で持ってこよう」


「お願いします……」



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 それからしばらくして、すっかり夜になった頃、



「すまんな。ヤマトカナメ」

「ご飯持ってきてもらえただけありがたいですよ」



 ソーンさんが小鍋に入ったお粥を持ってきてくれた。

 異世界最初の食事がお粥――なんかドラゴンの肉とか食べてみたかった。

 ともかくよくわからない香草の粉末が混ぜこまれているお粥を食べてみる。


 

「味がしない……」

「治療の時に魔糧薬を使ったからな、少しは胃腸を休ませてやらねば。香辛料もそう多くはない。一石二鳥というやつだな」

「あんまり嬉しくない一石ですね。ちなみに魔糧薬ってなんですか?」

「質や量にもよるが、数日間飢えを満たしてくれる上に必要な栄養も補給してくれる薬だ。保存も効く。だが胃腸に負担がかかる分、多用できんのが惜しいところだ」



 なんて便利な異世界グッズ。冒険のお供に必須じゃないか。



「そんな話ではなくてだな、先刻話しそびれた続きなんだがいいか?」

「はい」

「――元の世界に帰りたいか?」



 ここで唐突なワードが出てきた。



「それは……そうですね。正直、俺には過酷すぎる世界ですから」



 セフィリアやみんなと別れるのは寂しいが、いつまでも迷惑をかけるわけにはいかない。それに、穢レだの忌獣キジュウだのが跳梁跋扈するこの異世界はカナメごときが生きてていい世界ではない。



「そうか……そうだな。帰れる確証はないが、召喚に詳しい知り合いが王都にいる。紹介状を書いたから会いに行ってみろ」



 赤い蝋で封をされた紹介状をもらう。

 なにか書いてあるが象形文字にしか見えない。言葉はわかるのに異世界文字はだめらしい。



「ありがとうございます……でも、字が読めません」

「安心しろ。セフィとハルフリートも付いて行かせる」



 それなら安心だ。我儘が通るならセフィリアだけが望ましいが、カナメでは何かあっても彼女を守れないのでしょうがない。



「お前は王都を知らんだろう? 道中にも危険はある。自衛できないお前を一人で行かせると思ったのか?」



 いつかと同じように何を言ってるんだこいつという表情で見られる。

 おっしゃる通りで返す言葉もございません。



「何から何までありがとうございます」

「詳しいことは二人に話しておく。今日はもう休め」



 待て待て、紹介状はもらったが、それ以前の話が出ていない。



「いつ出発なんですか?」

「明日だが?」



 またも何を言ってるんだこいつという表情で見られる――いや! そこは間違ったこと言ってないでしょ!


 こうして急遽、王都への出発が決まったのだった。

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