君と始める異世界黙示録

樹希柳唯

第一章 終末の異世界

第01話 .『レッドスタート』

 「うっ……うぅ……」


 目が覚めると、そこには見知らぬ天井――



 ――すらなかった。


 「どこだここ? 暗……俺、何してたっけ……?」


 何か夢を見ていた気がする。

 悲しい結末の、報われない男の、救われない世界の夢を。


 よく覚えていないがそんな夢だった気がする。

 そんな暗い夢から目覚めたのに、今度は物理的にお先真っ暗なんて神様には冗談のセンスが無いらしい。


 樹木々が揺れる音、土と草のにおい。

 暖かいそよ風が新鮮な外の空気を運んでくる。

 

 確実に屋外。そのはずなのに――、


 「なんでこんなに暗いんだよ。というか、どこだよここ!?」


 もしかして、創作でありがちなあれか!?


 「フッ、馬鹿か俺」

 

 などと突拍子もないことを思いつくが、流石にアニメの見過ぎだと鼻で笑ってくだらない考えを思考の外へと追い出す。


 今はそれよりも思い出すべきことがある。


 「確か、修学旅行で京都に来て――ダメだ。思い出せない」


 名前は――大和やまと かなめ

 私立涼日学園の一年生。

 東京都在住。

 15歳。


 「流石に自分のことは覚えてるよな」


 夜のホテル脱出作戦、京都はどのグループと回るか、誰を気にかけて欲しいだの何だの、京都に来るまでの他愛のない日常は思い出せるのに、その後のことが一切思い出せない。


 ――何かの事故に巻き込まれた? それで見知らぬ場所に……でもなんで外がこんなに暗いんだ? もしかして失明!?


 最悪な事態を想定して頭が真っ白になりかけたが、ポケットから取り出したスマホの明かりが薄ぼんやりと見えたことで、この窮地を脱した後に今後の人生を考えるなんてことにならずに済んだ。


 「あのぉーーー、誰かいませんかぁーーー」


 少し待ってみたが返答はない。

 近くに人がいないのか、はたまた夜遅くで皆眠ってしまっているのか。

 

 というか、何も考えずに叫んでしまったが、今思うと叫ぶのは不味かったかもしれない。

 

 もし事件に巻き込まれたんだとしたら、犯人を刺激したかもしれない。

 そうではなく、明かりの無いような田舎なんてありがちなオチだったとしても、危険な動物が寄ってくるかもしれない。

 

 やってしまったことは仕方がないとして、わかったことは自分一人でこの窮地を脱さないといけないということである。


 「そんな時はとりあえずコレ! なんだけど、期待はしてないですよと……」


 手に持ったスマホをを確認してみる。

 夜とは違う類の暗闇。黒煙みたいな霧に囲まれているような視界不良。

 鼻が触れそうなくらい画面を近づけてようやく内容が見える。

 多分恐らくメイビーそうだと思うが、念のため画面右上を確認する――


 「圏外……」


 だと思った。

 わかっていた。

 スマートフォンとはそういうものだ。


 圏外、充電切れ、謎のエラー。

 原因は多岐に渡るが、共通していることは緊急事態には使えないということだ。


 緊急事態でも機能する時、それは音が鳴ってはいけないタイミングで着信音を響かせる場合のみ。

 その後の展開はお察しの通りだ。


 「よし、座ろう」


 早いことだが万策尽きた。

 水も食料もない中、こんな暗闇を闇雲に歩き回っても自分の首を絞めるだけ。

 それならば、朝になるまで待って少しでも視界を確保してから動く方がまだ生存率が上がるだろう。

 今が朝なのか夜なのかは分からない。でも今は夏なので明るくなるのは早いと思われる。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 ――このままじゃ不味い。非常に不味い。


 体感で丸一日以上は待っている。

 

 外気が冷たくなりまた暖かくなった。そのことから朝から夜に、そしてまた朝になったことは確実だ。

 だが、どれだけ待っても明るくなる気配が微塵もない。


 「動かなきゃ――死ぬ」


 最悪の事態が頭を過ぎる。

 このままでじゃ、暗闇を彷徨い脱水症状か空腹で死ぬ。

 最悪なのはそれだけじゃない。多分だが動物の鳴き声がした気がする。


 草食動物だとは思えない唸るような低い鳴き声。

 仮に小さな野犬だったとしてもこの暗闇では負ける気しかしない。

 情けない話だが、暗くなかったとしても多分勝てないと思う……。

 

 聞き間違いであってほしい。けど――、

 

 『緊急時の嫌な想像は外れない』


 我らが生徒会長、才色兼備な悪魔こと涼日りょうにち りんの言葉だ。

 涼日の苗字でお察しの通り学園創設者の血筋で、現理事長の孫娘でもある。

 

 『ネガティブな思考はネガティブな結果を引き寄せると同時にチャンスを見落とす。結果、嫌な想像ばかりが増えて、膨大な数のそれに直面することになる。真に力を入れるべきはチャンスを掴むこと。なのに、嫌な想像の対処対策にばかり時間を使ってしまうの』だそうだ。

 

 なるほど納得だ。いざ困難に直面すると嫌な想像ばかりが思い浮かぶ。


 そんな彼女の有難い御言葉たち、通称『会長語録』はいつもこう結ぶ。

 

 『どんな時も希望を信じること』


 尊敬する我らが生徒会長の言う通り希望を信じて足掻いてみよう。


 「クラスのみんなは会長語録は彼女唯一の欠点。なんて面白がっていたけど、やっぱり欠点なんてなかったな」


 本当に何度でも彼女の凄さには驚かされる。

 語録のことも、困難に直面した時その言葉が少しでも救いになるようにと、彼女は日頃から言葉を残していたんだと思える。しかも、その時思い出しやすいようにユーモア溢れるキーワードも添えてだ。


 あの時は確か……『これをフラグ相対性理論と言う!』なんて言ってたっけか。


 「はは……」


 こんな時だというのに笑えてくる。いや、こんなときだからこそだろうか。

 お陰でほんの少しだけ楽観的になれた。今度委員長に会ったら何かお礼をしよう。


 天才物理学者もびっくりな別の意味で特殊な相対性理論に今回の状況は若干当てはまっていない気がするけど、嫌な予感が当たるというのは同感だ。


 闇雲でも何でも現状を変えなければ、今考える嫌な予感は現実のものとなる。


 「そうなるくらいなら」


 スマホを開いてバッテリーを確認する。


 「99%」


 前方をライトで照らしながら這いつくばるように移動を開始する。


 ライトを付ければ十センチ先くらいは何とか見える。

 足元が見えないこの状況では低姿勢でも躓く可能性がある。

 それで取り返しのつかない怪我をしてしまえばそれこそ終わりだ。


 それに、立つかしゃがむかでは目線と足元の両方をライトで確認しなければならないので、余計な時間がかかってしまう。


 その点、這いつくばれば地面と目線がほぼ同じ高さにあるので、障害物がなければそのまま進めばいい。

 この暗闇がいつまで続くかわからない以上、バッテリーも時間も無駄にはできない。多少の擦り傷は覚悟して匍匐前進あるのみだ。

 

 「学ラン羽織ってて良かった」


 普通の服よりも丈夫な学ランなら、匍匐前進の真似事をしても擦り傷を大幅に減らせる。

 当然、汚れたり破けたりするだろうが背に腹は代えられない。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 ――ザザッ、ザザザ、■■■■、■■レ


 「クソ……ッ! 頭が」


 進めど進めど終わらない暗闇。

 学ランのお陰で擦り傷は少ないが体力の消耗と喉の渇きはどうにもならない。

 そのせいか、先ほどから頭痛と幻聴に襲われている。


 「いてっ!」


 低く伸びた枝が目の上を掠める。

 どんなに注意していても全ての障害物を避けるのは不可能だった。


 渇きと空腹。

 痛みと終わらない暗闇。

 赤色に変わったスマホのバッテリーのアイコン。

 それだけでも叫んでしまいたくなる。だというのに――、



 ――ザザッ、■■ヲ■ベ


 ――ワ、ザザッ、■■■■


 ――■レガ、ザザッ、タス■■、ザザッ


 ――■■■! ■■■ヨ! ■■■ウソ、ザザッ


 ――ボ■イガイ、ザザッ、カイ■■ゾ


 ――イイ■ラ、ザザッ、シ■!



 「何なんだよっ! 頭の中で、うるさいんだよ!」


 どんどんノイズが酷くなる。

 意味の分からない雑音が、ささくれ立った心を掻き乱し、欠片ほどの余裕を焦りが塗り潰す。


 何かを言っている気がする。でもわからない。

 分からないけど伝わってくる。

 それはひどく独善的なものばかり。


 「いいから黙れよっ!!」


 鳴り止まない雑音に感情が爆発したときだった――初めて意味の通じる音がした。




 ――ミギニトベッ!!!!




 その逼迫した声と言葉に従い反射的に右に飛ぶ。

 受け身もへったくれもない、匍匐状態からの力任せな横っ飛び。

 その結果は一目瞭然だった。


 ――ッッッッッッッッッッッ!!!!!


 すさまじい衝突音。

 少し遅れてメキメキと倒れる木の音が響く。


 普通なら突撃した方も死んでいそうな衝撃。

 熊だろうと何だろうと、あの速度でぶつかれば生きているはずがない。

 それほどの音と風圧。


 「右……飛ばなきゃ、死んで、た? は……?」

 

 そんな暇はないと頭では理解していても、最悪のもしもを想像して唖然とする。


 突進してきた何かが生きているはずがない。

 だが、死んでいるはずのそれが生きているのがわかった。


 ドス黒い血のような朱い光が二つ。


 殺意に満ちた双眸がゆっくりとこちらを向いた。

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