2 トラブルと出会い
ある日曜日、商店街にある本屋に立ち寄った。並ぶ本の表紙を眺めうっとりする。正に天国。
今日は学校が休みなので私服で来た。黒のズボンと白の大きめ半袖Tシャツを着ている。髪はいつものように後ろで一つに束ねている。鎖骨くらいまでの長さがあり、今の季節は特にジメジメしていて暑いので結んでいる事が多い。
本を試し読みする度にずり落ちるトートバッグの紐を肩に掛け直しつつ、表紙の綺麗な一冊に手を伸ばした。
読書が好きだ。色々な物語の主人公になれる。特にファンタジーや冒険、恋愛の絡むものが好みだった。
私もいつか誰かと恋をするのかな? 今まで片想いめいたものはあったけど物語で語られる恋とは違う気がしていた。もしかしたら憧れを恋だと思っていたのかも。
中学三年間、暇があれば読書していた。とりわけ悪役令嬢的な強気なヒロインに惹かれていた。
その弊害かもしれない。私の心の中に別の人格らしきものが顔を出した。強気なお嬢様風の。
異変は日に日に大きく存在を増していった。
そして高校生になった私は今現在、当たり前のようにもう一つの人格と共存していた。
彼女の名前は「己花」さん。
彼女のおかげで中学時代は色々あった。卒業する頃には同じ学年の子たちに「変な人」認定されていたり、何故か一部の人たちから遠巻きに崇められたりしていた。でも特段いじわるされる事もなく割と平穏に過ごせた。
高校生になり同じ中学だった子も少なかったので、これまで絡んでくる人もいなかった。クラスメイトにも中学での件は知られていない……と思う。
眼鏡を掛けると人格がチェンジして己花さんが「私」を主導する。
家ではさっそく家族に気付かれたけど。学校では特にトラブルもなく己花さんと入れ替わる機会もなかった。
しかし。最近更に視力が低下してきたようで黒板の字が見えづらくなっていた。だからと言って眼鏡を掛けたら己花さんに替わってしまうし。
次の席替えで前の方に移動できればいいな。
それにしても……。さっきから右横で立ち読みしているお兄さんが近い。腕とかくっつけてくるし……嫌だな。左に離れても横向きに移動して近付いてくる。
「ねぇ君。さっきからずっとここにいるよね。高校生?」
突然その人が声を掛けてきてびっくりした。視界に入った男性はセンター分けの前髪で白いシャツ薄ピンク色のズボンという外見だ。
「この漫画が好きなの?」
たまたま目前に置かれている漫画について聞かれるけど何と答えたらいいのか。あなたが近付いてくるのが嫌だから逃げてたらこのコーナーまで来ていただけです……とも言いづらい。
「よかったら一緒にご飯食べに行かない? この漫画について話そうよ」
「行きません」
はっきり断った。しかし彼はしつこかった。
「いいから。心配しなくてもボクが奢るよ?」
対処法を考えている間にも事態は悪い方へ向かっていく。ニチャッとした笑みを見せられ背筋がぞわっとした。
う~~~。己花さん、お願いしますっ!
眼鏡を掛けている最中、手首を掴まれた。
「その手を放しなさい。けだものめが」
静かだった店内にわたくしの声が響きました。
「何だと? こっちが優しくしてやってんのに調子に乗って……」
男が怒った態度で手に力を込めてきました。
「やはり。本性を見せましたわね? こちらも遠慮せず済みますわ」
微笑みました。息を吸い込みます。
周囲に男の暴力を知らしめようとしていた時、わたくしの前に何者かが立ちました。
音芽とも近い年頃に思える男の子で、明るい髪色が綺麗だと思いました。金髪に近いかもしれません。フードの付いた水色の上着と迷彩柄のダボッとしたズボン姿で、片耳に揺れるチェーンの飾りが付いたピアスが印象的でした。
その人は男の方を見てニコッと笑い注意しています。
「おじさん、暴力はいけないよ」
「なっ? ボクはまだ大学生だ! おじさんじゃない!」
騒ぎに気付いた様子の近辺にいた大人も集まって来ました。店員さんも様子を見に来てくださいました。
状況が悪いと踏んだのか、男は掴んでいた音芽の手首を放しました。
「クソッ!」
男は野次馬の大人たちを押しのけ本屋の外へ逃げて行きました。
店員の年配のお姉さんが仰ってくださいました。
「また何かされそうになったら遠慮なく言ってね」
胸が温かくなりました。
「はい。そうさせていただきます」
ひととき騒がしかった店内に再び静けさが戻りました。音芽の平和はここに居合わせた親切な方々のおかげで守られましたわ。
しかしあの男……。今後どこかで会ったりしませんわよね?
音芽がもし出くわしてしまったら……。一抹の不安が過りました。でも一先ずは危機を脱し安堵していました。
最初に声を掛けてくれた男の子にも感謝の気持ちを伝えました。
「強いんだね、おねーさん」
そんな事を言われました。不思議に思いつつ返事をしました。
「あら。わたくし、か弱い乙女ですのよ」
先程の男と違い、この方からは嫌な気配を感じませんでした。ですから普通に微笑んでいたのですけれど……。
「もしよかったら、これからカラオケに行かない?」
尋ねられて考えました。いくら音芽が可愛いと言ってもモテ過ぎではありませんこと?
「残念ですわ。これから用事がありますの。また次回、どこかでお会いした際にはぜひご一緒させてください」
「ちぇー」
彼は残念がるような言い草をしていましたが、顔は笑っていました。
その後わたくしは店の外へ出ました。歩きながら思い返していました。今しがた出会った金髪の男の子の笑顔を。
あの笑顔、どこか底が知れないと感じました。それにわたくし……彼に見覚えがあるような。
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