ep017.『失くしていく』
「ちょっと
「文句があるのはこっちだ馬鹿が。おま――」
「――ムン!?」
馬鹿は良いのにお前呼びはダメなのかと疑問に思う
「……
「そんなの暴力だよ! あと無駄話じゃない!」
ラビットフットは辛くないか? 大丈夫か? などと、今どうにもできないことを延々と話すことのどこが無駄じゃないのか
「暴力? これのことか?」
指先に灯した狐火を見せてやる。
「それはガチの暴力!?」
急いでテーブルの裏に隠れる
「炙られたくなければ大人しくしてろ」
「じゃあ、ゆきちゃんがどうだったか教えてよ……」
「『じゃあ』ということは交換条件だな? 教える代わりに炙りは甘んじて受けてもらうぞ?」
掌全体から一メートルくらいの狐火を見せてやる。
もちろん見かけだけの張りぼてだ。実際にそれだけの狐火を出すなら
「それは死んじゃうよ!?」
「冗談だ。この後ラビットフットがお前に会いに来る予定だ」
見せかけだけの狐火を握りつぶし、騒がしい
「え!? ゆきちゃんに会えるの!? ってことはお家に帰れるの!?」
無理だった。
「ああ。お――
ウサギ次第でもあるがそれなりに時間は掛かるだろう。そしておそらく話は長引く。それは、ウサギと馬鹿との短いながらの付き合いで十二分にわかった。
「そっか……記憶、消しちゃうんだよね。なずちゃんも、
「そうだ。それが互いのためだ」
つけ離すような
もちろん
だが、
だから強く想ってしまうことは仕方のないことだった。
「
少しだけ不貞腐れたような顔をした
それは、珍しく彼女が落ち込んだ顔だった。
「勘違いするな。誰であっても慣れ合うつもりはない」
憑神はいつ命を落とすか分からない存在だ。憑神同士の殺し合いである魂奪戦はもちろん、呪いや恩恵による自爆、さらには
ゲーム参加者が徒人と繋がりを持つ方が無責任と言える。
それにもし、願い半ばで倒れることがあれば、それは
ラビットフットが守るといってもそれは憑神や
そもそも、ラビットフット自身も最後まで立っていられるかは分からないのだ。
仮に願いを叶えて徒人に戻るとしたなら、それは狩る側から狩られる側になるということを意味する。
つまり、
――
そんな
「でも、忘れたくないな……」
――それは叶わぬ願いだ。
「どうなるかは話したはずだ」
「それでも、
「自分を大切に思ってくれる人たちを危険に晒したくはないだろ」
「――」
ずるい言い方だがこれしかなかった。想いの強さが何を招くかを知っている
強い想い。それは己で貫き通す意志が伴わなければ利用されてしまう。憑神や
――ラビットフットに出来る限り守ると約束した以上、ウサギが知り得ない分野こそカバーが必要だ……脅すだけでは足りない、か。
恐怖は馬鹿にわからせる上で最も頼りになる方法の一つだ。
だが、この手の輩には効果が薄い。
「今までのことがなくなるわけじゃない。俺もナズも覚えてる。全てが終わったらまた関係をやり直せばいい」
だから
それはみんなの目標ということにして安心感を与えてやること。
消えてしまうのが嫌だというなら、一時的に忘れるだけでまた思い出せると思わせてやればいい。
「約束だよ?」
――多少は効果があったか。
昔の
「約束はできない。俺たちがやっているのは殺し合いだからな。だが生きていたらナズが会いに行くだろ」
そう、約束はできない。願いを叶えた時、誰もが必ず生きているわけじゃない。憑代に己の命すら捧げたのだとしたら、それは"願い"を叶えれば必ず死ぬことになる。
「
「俺がそんな柄に見えるか? 生きていても会いに行くわけないだろ。ナズが行くんだ、会いたきゃそっちから来い」
それが可能かどうかの話はしない。あくまで生きていたらの話をする。
「そんな事ばっかり! ほんとに会いに来てあげないからね!」
「構わん」
「あーもう
――とりあえずは、いつも通りのやかましさに戻ったな……後はウサギに任せよう。
やれることはやった。何をどうしたって
であれば、説得は家族みたいな友達に任せる他あるまい。
――本当に
ここにはいないウサギに
「ゆきちゃんはいつ来るの!? 直ぐ!?」
「知らん。呪いの処理に時間がかかると言っていたからな。一応は二時間程度と聞いてる」
「え!? ゆきちゃんの呪いわかったの!? 何!? 寿命とか減ってないよね!?」
「本人に聞け!」
「いいじゃん! 知ってるなら教えてよ! ケチ! 人でなし!」
――このチンパンジーめ……。
危険な呪い以外にも、他人の口から話すべきではない内容があっておかしくはない。後でわかるような事柄にあえて口を噤むことを選んだのだから、何か理由があるとなぜ思い至らないのか。
――これだから馬鹿は……いや待て、まさかウサギが来るまでこの癇癪が続くのか?
そう思うと途端に色々な気持ちが失せていった。
「やめだ」
「何が?」
――ペチンッ
「のわぁー!? ……スー……スー……」
「お前をどうにかしようとすることを、だ。いいから黙ってろ」
キョンシーのように顔面ど真ん中に札を貼られ眠りに落ちた少女に、吐き捨てるように会話の放棄を宣言した。
(――……――)
――ん?
突然ラビットフットから念話がつながった。
別れてからまだ二十分も立ってない。
連絡が来るにしては早すぎる。それに様子がおかしい。
(――狐さん……――)
もしやイレギュラーか。そう思ったのだが――、
(――はぁ……はぁ……――)
――ッチ!
ラビットフットには伝えていないが念話を切ることは可能だ。
「あの兎……普通考えるだろ」
とりあえず、相手のため、何より自分のためにしばらく念話を切っておくことにした。
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