我が国最強の魔術師が王女であるわたくしを狙っています!

古堂 素央

第一部 家庭教師と教え子編

第1話 屈辱の魔術測定

 魔導院では年に一度の魔力測定が行われていた。

 もうすぐユスティーナの番だ。

 広間の中央では異母妹のマリカが魔術を唱えている。現れた立派な火の聖獣に、称賛の声が湧き上がった。

 それを遠巻きに眺めながら、人知れずユスティーナはため息をついた。


「ねぇ、シルヴェステル。やっぱり受けなくては駄目?」


 ユスティーナの家庭教師にして、この国最強の魔術師に問いかける。

 どうせまた笑いものになるのだ。

 結果も去年と大して変わらないだろうことは、ユスティーナ自身がいちばん良く分かっていた。


「そんなもの駄目に決まっているでしょう? 魔力測定は魔力を持つ者の義務。第一王女がすっぽかすなどもってのほかです」

「いっそのこと、前回で終いで良かったのに」

「ユスティーナ様の魔力はまだ成長過程にあります。潔くお諦めください」


 成長といっても毎年微々たるものだ。年下のマリカにもとうの昔に追い越されてしまった。

 この測定は魔力値が安定するまで行われる。

 いまだ幼児並みの魔力しか持たないユスティーナは、もう一度シルヴェステルを懇願の目で仰ぎ見た。

 

「どうしても?」

「どうしても、です」


 きっぱりと返されて、むぅっと唇を尖らせる。

 その矢先、魔術師長に名を呼ばれた。

 一瞬で王女の顔になると、ユスティーナは覚悟を決めて中央に進み出た。


「ではユスティーナ王女、オーブに魔力をお込めになってください」


 聴衆が見守る中、丸いオーブに手をかざす。

 集中してありったけの魔力を注ぐと、気のせいかと思う程度にオーブはほんのり発光した。


「ふむ……一年前と比べると、やや微増といったところですな」

「やだ、ユスティーナお姉様。いつの間に魔力を使ったの? あんまりにもショボすぎてまだこれからかと思ったわ」


 マリカの言葉に周囲から失笑がもれる。

 言い返したいのをぐっとこらえた。王女として見苦しい真似だけはしたくない。

 その思いがあるからこそ、マリカの安い挑発には乗らないことをユスティーナは強く心に決めていた。


「次はこの一年の成果を確認させていただきましょう」


 頷いて今度は両手を高く掲げた。その先の一点に意識を向ける。

 頭の中で術式を展開し、召喚の魔術を行使する。

 これは自分と相性の良い精霊に来てもらう初歩的な魔術だ。

 友達を呼ぶくらいの気軽さでできるはずのものなのに、これまでユスティーナが成功したのは過去たった一度きりのことだった。


「出でよ、我が眷属!」


 高らかに響いた声とは裏腹に、待てども何事も起こらない。


(ほら、やっぱりいい笑いものじゃない)


 去年も同じ結果だった。

 周りから聞こえ出したひそひそ話に唇を噛みしめ、ユスティーナは力なく腕を降ろそうとした。

 とそのとき、空中からポトっと何かが落下した。

 足元を見ると、コガネムシほどの小さな亀がもぞもぞと床を這っている。


「おお、これは」


 魔術師長が驚きの声を上げた瞬間、亀はふっと掻き消えた。

 見間違いだったかと思うほど一瞬の出来事だ。


「魔術師長、今のは……」

「うむ、あれは確かに地の精霊ですな」


 跳んで喜びたいところだが、知識のない子供でも感覚で使える単純な術式だ。

 表情を崩すことなく、そうですかとだけユスティーナは返した。


「まぁ、わたくしはてっきりゴミでも落ちてきたかと。だってあんまりにも小さいんですもの」

「マリカ様、そんなにはっきりおっしゃってはユスティーナ様がお気の毒ですわ」

「でもそうお思いになられるのも無理ないことですわ。マリカ様がお呼びになった火の鳥は本当に見事でしたもの」


 くすくす笑う取り巻きたちに囲まれて、マリカが得意げな顔を向けてくる。

 優越感たっぷりな態度を前に、ユスティーナは完全無視を決め込んだ。


「いや、ユスティーナ王女は小さくとも六大精霊王のひとりである地の精霊の眷属をお呼びになった。これは誰彼とできることではない。この知識はマリカ王女にもしっかりお教えしたはずですが?」

「そ、そんなことちゃんと覚えているわ。覚えているけど、本当に小さかったから……」


 言い訳がましいマリカに魔術師長はくいと片眉を上げた。

 彼はマリカの家庭教師を務めている。魔術に関しては王女のマリカも頭が上がらないようだ。

 不服そうに口をつぐんだマリカが、逆恨みのようにユスティーナをぎりっと睨みつけてきた。


「しかしおかしいですな。ユスティーナ王女の魔術属性は風だったはず……それがどうして地の精霊を」

「魔術師長」


 後ろで控えていたシルヴェステルが、ふいに魔術師長を遮った。


「ユスティーナ様には予定がありまして。今日はもうよろしいでしょうか」

「それならば仕方ない。必要な測定は済んだゆえ、ユスティーナ王女の退出を許可しましょう」


 このあとに予定などなかったが、笑いものにされるのはもうたくさんだった。

 シルヴェステルの言葉に便乗し、ユスティーナはスカートの裾を翻した。


「では行きましょう、シルヴェステル」

「仰せのままに」


 背筋を伸ばし、毅然とした態度で皆に背を向けた。

 恭しく礼を取ったシルヴェステルを従えて、堂々と歩を進めていく。


「お姉様ったら、何を言われてもひとつも言い返せないなんて。神童と呼ばれていた割には今では平民以下じゃない。やっぱり母親の下賤な血が流れているからかしら」


 嘲りを含んだマリカの言葉に、さすがのユスティーナも足が止まってしまった。

 ユスティーナの母親は貴族の庶子だった。強大な魔力を持っていたため、王妃に望まれたとユスティーナは聞かされていた。

 同時に立ち止まったシルヴェステルが、マリカに冷淡な視線を向ける。次いで形ばかりの礼を取った。


「恐れながらマリカ王女。ユスティーナ様の母君は、命をかけて国を守られた偉大な方でございます」

「シルヴェステルの申す通り。アレクサンドラ前王妃は救国の聖女にあらせられますぞ。いかにマリカ王女でも聞き捨てならないお言葉ですな」

「わ、わたくしそんなつもりでは……」


 魔術師長にも責められたマリカが、何やらごにょごにょと口ごもっている。


(だったらどういうつもりだったのよ)


 徹底的に問い詰めてやりたいが、ユスティーナはここでも王女としての体面を重んじた。

 まっすぐに前を見据え、無言のまま再び歩き出す。

 大勢の前で無視されたマリカは、さぞや悔しそうな顔をしていることだろう。


(それが見られないのは残念だけれど)


 同じ土俵に立ってしまっては、それこそマリカの思う壺だ。


「ふん、今に見てなさいよ」


 憎々しげなマリカの呟きが聞こえてくる。

 それにも一切反応せずに、ユスティーナはシルヴェステルとともに出口を目指した。


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