第21話 告白。

 夏休みに入り、栄子はさっそくプールと社交ダンスの時間を増やした。

 三次審査がコンの予想通りなら、体力はいくらつけても無駄にならない。


 現在、栄子はコーチに指導されながら平泳ぎをしている。

 キック動作がメインなので、主に股関節や臀部、脚の内側の筋肉を使う。


 体力増強だけでなく、下半身の形が綺麗に整うのではないかと期待している。

 そこに。


「栄子ちゃん! 遊びに来たよ!」


 ハープの高音のように美しい声音に、ちょうど壁面をタッチしたところだった栄子は立ち上がり顔を上げる。


 若草色のワンピースに白いレースのカーディガンが良く似合う、三歳年下のいとこが無邪気な笑顔を向けていた。


「静香ちゃん。お正月ぶりね」


 プールからあがると静香がバスタオルを手渡してくれる。

 水滴を拭いながら。


「遊びに来ることを教えておいてくだされば、きちんとおもてなしできましたのに」


 栄子の言葉に静香はエッヘンと胸を張り。


「サプライズしたかったの! おどろきましたか?」


 栄子はくすくす笑いながら「ええ、おどろきましたわ」と更衣室へ足を進める。


「ちょうどよいときに声をかけて下さったわ。そろそろ今日のトレーニングは終了にしようと思ってたところですの」


 栄子がコーチに軽くあいさつすると、静香も頭を下げる。

 栄子は静香の礼儀正しいところに好感を持った。


 白いドレスシャツに黒のロングスカートに着替えた栄子は、お気に入りのカフェに静香を案内した。


 テラス席に座った静香は「若葉がエメラルドみたい! 木漏れ日もきらきらしてて、とっても素敵な場所ですね!」とはしゃいだ。


「そうでしょう。ここの雰囲気が好きで、わたくしはゆっくり本を読みたいときに来させてもらってますわ」


 ウェイトレスが注文を聞きに来たので、栄子はケーキセットを、静香はメロンソーダと桃のパフェを頼んだ。


「静香ちゃんはどのくらいこちらにいられるんですの?」


「十日くらいかな。そうそう、おばさまから栄子ちゃんが夏休みに入ってからプールと社交ダンスに力を入れているようだって教えてもらったのですけど、なにか理由があるんですか?」


 ドキリとした。

 栄子は三次選考で運動能力をはかられるかもしれないと推測し、体力をつけるとともに、服越しにも身体のシルエットが美しく魅えるようトレーニングを開始した。


 だが、母には明確な目的を秘密にしている。

 アイドルになりたいという望みも、オーディションを受けていることも母は知っているが……。


 栄子はうつむき、テーブルの下で指を交互にからませる。沈黙の間、ウェイトレスが注文の品を配膳して去っていく。


「どうしたんです? 何か悪いことを尋いてしまいましたか?」


 静香は届いたパフェにも手をつけず、栄子の心配をする。栄子は「そんなことは……」と小さく否定し、顔を上げる。

 決心がついた。


「実はわたくし、アイドルになりたくて芸能事務所のオーディションを受けているのです。数日後に三次選考を受けに行くのですけれど、友人がおそらく運動能力をはかられるだろうと言っていたので、体力などをつけるためにプールと社交ダンスに重点を置いているのですわ」


 静香は、目をまんまるにして心底おどろいた表情で「アイドルを……? 本気で……?」とつぶやく。


 栄子が、くだらない夢だと一刀両断されたら悲しいなと憂いながら首を縦に振る。


 静香は……パァアアッと輝くような笑顔になった。


「すごい! 私だけのアイドルだった栄子ちゃんが全国区に? 胸熱だね!」


 予想外の反応に、今度は栄子が目をまるくする。


「馬鹿な夢を抱くなって反対しないんですの?」


 静香はきょとんとした。


「どうして反対するのです? 栄子ちゃんほど可愛くて頭も良くて運動神経も抜群なら、むしろ天職ではないですか?」


 栄子があっけに取られていると「それより」と静香が身を乗り出す。


「さきほどご友人の方が三次選考は運動能力だと予測したと言ってましたよね? 私より先に栄子ちゃんの夢を知って応援しているなんて、うらやましすぎです! 私もそのご友人に会って『栄子ちゃんを応援し隊』に入隊したいです!」


 いつからそんな隊ができたのか。栄子は嬉しいやら可笑しいやらで「ふふふっ」と笑みがこぼれてしまう。


「友人たちに予定を尋ねて、静香ちゃんの滞在中に会えそうなら紹介しますわ」

「友人『たち』? うらやましいご友人たちは何人いるのです?」


 静香は姿勢を元に戻し、溶けかかっているパフェに匙を入れる。


「三人ですわ。全員とても個性的な方々なので、静香ちゃんは最初はびっくりしてしまうかもしれませんわね」


 静香は「どんな方たちなのか、すっごく気になります! ますます楽しみ!」とバニラアイスを口に入れ「ん~!」と至福の表情をする。


 栄子は静香がパフェを攻略する間、スマホをバッグから取り出し三人にメッセージを送った。


 そう経たないうちに返事が来て、全員の予定が開いているのは明後日とのことだった。


 さっそく静香に伝えると、待ち合わせ場所は何処にしようか、ゆっくりできるところか遊べるところかと悩みだした。


 なんとも平和な考えごとである。

 栄子も、大好きないとこを素敵な友人たちに紹介できる日が待ち遠しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る