怪獣出現

怪獣出現から五分後、地球防衛省作戦室にて。


「現地データを受信。現地電波濃度、規定値を300パーセントオーバー。怪獣の出現を確認しました」


「場所は」


「近畿第二指定区域、旧京都府です」


 それを聞いた秋津副長官は腕組みをして目の前の巨大なモニターを見た。そしてすぐにモニターに一つの映像が映し出された。


「鑑定の結果、目標怪獣はおよそ2号等級。素体は二ホンエゾシカと認定されました」


「相変わらず、草食獣には見えんな」


 秋津長官は映し出されている映像を見ながら言った。映像では、現地に最も近い電波灯台から中継される、怪獣の姿が映っていた。山を軽々と超す胴体、シカのものとは思えない分厚い筋肉、そしてオオカミのように裂けた凶悪な口元。それらは全て、怪獣特有の過程変異と呼ばれるものだった。これにより怪獣は、素体となる生物の弱点を、体を作り替えることで補うことが出来る。


「安住、目標は旧京都府にいると言ったな」


「は、その為都市景観保護法が適用されるかと」


 都市景観保護法とは、京都や奈良などの歴史的建造物や近代建築を保護するための法律で、この法律が適用される地域においては、怪獣駆除の際、原則として燃焼火器は使用禁止であった。


「副長官、意見具申をよろしいでしょうか」


「許す、話せ」


「現在戦闘に参加できる自衛隊、守備隊の兵器群に富士大隊の第一航空隊が挙げられています」


「富士大隊か!これは幸運だ。すぐ攻撃機の出動を要請しろ。ああそれと」


 秋津副長官は安住作戦参謀に近づくと、耳打ちした。


「陸自研の新型兵器を使う。兵装はそれだけで十分だと伝えてくれ」


「了解しました」


 本部から伝達された指令は、富士のふもとにある河口駐屯地に伝えられた。


「斎藤、宮崎、出動命令だ!今回はライトホークを使え。」


「「了解」」


 上官に指名された二人は駆け足で格納庫へと向かった。二人は乗り込むと慣れた手つきで機体をチェックする。


『斎藤、2号等級相手にこれは過剰すぎないか?』


『バカ言え、本部は京都市内までターゲットを侵入させたくないんだよ』


『機体速度の話じゃねえよ。ほら見てみろ、ウェポンコンテナに入ってるミサイル』


『…ほんとだ。なんだこれ、貫通弾っぽいが、それにしてはやけに細いな』


 そのシルエットは従来のものとは異なり、極限まで細く、鋭利になっていた。まるで細長い針の様だ。


『聞こえるか、ホークワン、ホークツー。』


 不意に司令部からの通信が入った。


『ホークワンより司令部へ、一体このミサイルは何だ?』


『それは陸自研の開発した神経毒ミサイルだ。いいか、それを脊髄に当てろ。最大巡航速度でな』


『ホークツーより司令部へ、それは本気か?』


『できないのか?』


『それは、もちろん可能だ』


『では健闘を祈る』


 二人は操縦桿とペダルを器用に動かし、滑走路に出た。左にはもうもうと煙を吐き出す富士山が見える。


『司令部、離陸許可を』


『ホークワン、ホークツー、離陸を許可する』


 二機はそれを聞くと、スロットルレバーを手前にゆっくりと押し倒した。すると、強烈なGとともに機体は滑走路を滑るように滑走し始め、見る見るうちにジェットエンジンの轟音を残して地平線に吸い込まれていった。


『ホークワン、これより最大巡航に移行する。自動オペレーションシステム起動、問題なし。可変開始』


 すると、ホークワンの主翼が段々と後退し始め、そしてコックピットを含む機体前方が、中央に半分格納され、その全体が鋭い矢印のようなシルエットに可変した。パイロットは酸素マスクから流れ出てくる液体酸素で肺を満たした。そうしなければ強力なGで体がつぶれてしまう。ホークワンもすぐ同じ状態に移った。そしてスロットルが自動で限界まで手前に倒されると、エンジンノズルはその開口部を元の半分に絞り、燃料ノズルは逆に限界まで開かれエンジンに送られた。そして送られた豊富な特殊燃料は化合燃料の燃焼をさらに促進し、機体はアフターバーナーによってマッハ8まで加速した。そして離陸から100秒後、目標怪獣に接敵した。


『目標を確認、フォックスツー、セット。カウントダウン3、2、1、ゼロ』


 パイロットはそう言うと安全カバーを外し、ミサイル発射ボタンを押した。発射されたミサイルは、推進装置を持たなかったため、極めて静かに滑空した。そして怪獣に気づかれることなく、マッハ7まで減速しつつも、脊椎に深々と突き刺さった。怪獣は


「ゴアアアア」


 と雄たけびを上げると、途端に体勢を崩しその場に崩れ落ちた。そこにホークツーから放たれた二発目が着弾。今度は怪獣は声を上げず、代わりにどす黒い血を山にぶちまけると、そのまま別の山に力なく倒れこんだ。


「これはすごいですね…」


 源は自衛隊東京本庁に向かう道中、赤本から今回の駆除映像を見せてもらっていた。


「多分陸自の新兵器だろう。それにしてもさすが富士大隊だ。マッハ8で良く機体を制御できるもんだ」


「いやいや赤本、着目すべきはそこじゃない。ほら、体が山にもたれかかって頭部の侵入がやりやすい」


 諏訪部はそう言って怪獣の死骸を指さした。


「諏訪部さん、頭部への侵入って具体的にどうやるんですか?」


「それはだね…」


「お前たち、一旦私語をやめろ。」


 東雲はそう言うと、身だしなみを整えた。今源たちは、自衛隊本庁のすぐ横、東京中央基地のゲート前にいる。


「今回の同行者は敷島一佐だ。くれぐれも失礼のないようにしろ」


 そう言って10メートルもある巨大な正門に足を踏み入れた。東京中央基地は大戦からの唯一の現役基地で、今では世界的な対怪獣拠点となっている。一同はしばらく広い敷地内を歩いていくと、車両基地らしき場所にたどり着いた。管理棟の中は真新しく、今流行りの天井内蔵型ホログラムが、先ほど見た怪獣駆除の一部始終を流していた。そして建物の最上階にエレベーターで上がると、管制室に到着した。そして源たちに近づいてくる一人の自衛官が見えた。


「すまんね、東雲班長。出迎えの車両がすべて出払っていたんだよ」


「いえ、お気遣いは無用です。敷島一佐にはいつもお世話になっていますから」


「なんだ、東雲君お世辞を言えるようになったのか」


「お世辞だなんてとんでもない。本心です」


「なに、少しからかっただけだよ。」


 源はそんな二人の様子を見て横の赤本に尋ねた。


「あのお二人には何か面識が?」


「敷島一佐は東雲さんの訓練生時代の教官殿だそうだ」


 道理で気さくに話しているわけだ。


「ところで、例の適合者というのは」


「ああ、源ならこちらに」


 東雲は振り返って源を前に連れてきた。


「ほう、君が。確か適合率80パーセントだったかな?」


「はい、そのように」


「君は今後、日本の安全保障に関わってくるかもしれんなあ」


 敷島はそう言って手であごをさすった。


「まあ今回は初任務だ。できるだけ気負わずやりなさい」


「は、ありがとうございます」


「では行きましょうか」


 東雲の合図で班員たちと敷島一佐は車両基地の倉庫に向かった。倉庫の中は各車両の点検をする隊員たちで騒がしかった。


「以前と違って今回は鉄道が使えないからな。折角の機会だ、この車両を君たちに譲ろう。」


 そう言う敷島の後ろには四輪の装甲車が止まっていた。


「一〇式戦闘車両だ。元は紛争地帯で運用されていたものだから頑丈だぞ。ほらっ」


 敷島は車のキーを東雲に投げて渡した。


「私は少し用事があってな。先にヘリで現地に向かう」


「は、思いもよらぬご厚意になんとお礼をすればよいか…」


「それは働きぶりで示してくれ。また後でな」


 敷島はそう言うとジープに乗って走り去ってしまった。それと入れ替えに若い自衛隊員がやってきた。


「東雲班長ですね?」


「ああ、君は確か今回の護衛隊長の」


「松田です。あと30分後には出発する予定ですが、運転手はこちらで付けましょうか?」


「いや、大丈夫だ。私が運転する」


 それは初耳だ。まさか班長自ら運転するとは。松田という隊員も少し戸惑っていた。


「ですが…、いえ、了解しました。では、私もこれで」


 松田は敬礼をすると倉庫の奥に消えていった。


「それでは各班員に改めて通達する。我々は本日〇九:〇〇より旧京都府の処理現場へと向かう。我々の一分一秒の遅延が怪獣の再発生という危険性を高めるものであるということを忘れるな」


「了解!」


 一同は東雲に敬礼をすると必要機材の点検を開始した。


「なあ赤本、僕のカッターメスは?」


「お前の制服に入れっぱなしだったぞ」


「まじかよ!現場着くまでに研げるかな…」


 諏訪部はしょんぼりとしている。


(カッターメスとは何だ?)


「諏訪部さん、メスなんて何に使うんですか?」


「そりゃもちろん体組織の切除だよ。コアまで直通で行けることなんてめったにない。だからそのルートを確保する」


「あー、ちょっと。今そのメスどこにしまった」


 横から緑屋が割り込んできた。普段は寝てばっかりだが、いざ仕事となると活発になる。


「ちょ、広葉ちゃん。僕の服まさぐらないでよ。うわっ、そこには何も入ってないから!」


「変な声出すなよ、代わりにこの私が研いでやると言ってるんだ」


 緑屋は平気で人の体に触れてくる。なんでも人体の解剖を続ける内に感覚がずれてしまったらしい。もう完全にマッドサイエンティストのそれである。


「準備できたか?」


「必要機材は全て確認しました」


 白石がタブレット片手に答える。他の皆がこうして話しているときにも、黙々と作業を進めていたのだろう。やはり真面目だ。


「では全員乗車しろ。出発だ」


 東雲はそう言ってエンジンをつけた。すると低いうなり声のようなエンジン音とともに車内灯が点灯し、運転席の計器類がカラフルに浮かび上がった。計器は全て信頼性重視のアナログだった。


 座席に座ると窓から他の車両が見えた。すでに大方出払っていたが、それでもいくつか残っている。それらは機関銃やロケットランチャーを装備していて、これから向かう現場の特異な危険性を物語っていた。


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