巨大な墓場

源は今、地下鉄に乗っていた。新たに配属される、怪獣特殊処理班は衛生環境庁の処理科に属している。その庁舎が新たに移転された国会議事堂の近くにあるため、こうして宿舎のある旧国会議事堂から地下鉄に乗って移動しているのだ。幸い、この二つは直通線が通っており、源はそれに乗っている。その行き先からか、源の周りには各省庁の職員や自衛隊員、そして本土守備隊の隊員たちの姿が見えた。一般人は一人も乗っていない様子である。


 源はふと前を向くと、向かいの壁のモニターに繰り返し流れているニュース映像を見た。ニュースキャスターが順番に記事を読み上げている。


『おはようございます。今日の天気は晴れ、風量は2、砂嵐の心配はありません。』


 源はそれを聞いてほっとした。今日は防塵マスクをつける必要はないらしい。というのも、怪獣の初出現に端を発した、資源をめぐる世界的紛争、第三次世界大戦によって、地球温暖化がさらに加速したのだ。その影響は当然日本にも波及した。局所的に砂漠化が起き、砂漠の飛び地は互いを吸収して、今に至るまでに中国地方、東北地方の大半が砂漠に覆われた。その砂漠の砂が時折砂嵐となって、居住圏まで流れてくるのだ。


 ニュースは続く。


『まずは本土防衛関連のニュースです。次の怪獣発生予測が1か月早まることになりました。新たな予測時期はおよそ2か月後です。繰り返します、次の怪獣発生予測時期は二か月後です。」


 怪獣の発生時期が早まるのは今年に入ってもう4度目らしい。第一次進攻以来、怪獣の発生サイクルは徐々に短くなっており、最初、数年周期だったのが、今ではたった3か月で次の怪獣が現れる。


『それに伴い、元旦から行われていた電波灯台ハートポイントの定期メンテナンスが延長され、各種弾薬補充も再度行われる見通しです。』


 電波灯台ハートポイントは防衛の要だ。これが無くては毎回莫大なコストの損失と人的損害が出かねない。


『次に、政治経済関連のニュースです。昨日行われた国連サミットにて三神総理は、怪獣根絶を強く訴えました。三神総理は首相就任以来この姿勢を継続的に国内外に示し続けており、今回の件で一部官僚からはまたも疑問の声が上がっています。』


 三神総理は出羽長官と同じ第一次侵攻前の世代だ。いくつもの政策を成功させてきた宰相だが、侵攻前世代特有の強硬さがあり、国会でもよくそれを追及されていた。軍部からの信頼が厚く、その地位はしばらく安泰だと言われている。


『また、本日の国会討論では、本土守備隊の独立問題について意見が交わされる予定であり、総理はこの件について言及を避けています』


 源は隣をちらっと見た。本土守備隊の軍服を来た隊員が、2人座っていたからだ。2人は何事か言葉を交わしていたが、声が小さくて聞き取れなかった。本土守備隊は防衛戦線の拡大によって新設された部隊であり、今では自衛隊に比肩するまでに急成長した軍事組織である。この守備隊には近頃右的思想が流行しており、政府ではそれを危惧する見方が広がっている。


『最後にその他のニュースをお届けします。東京地方渋谷経済特区での連続失踪事件はいまだ解決の糸口が見えません。警視庁は夜の巡回を強化するとともに……』


 そこでニュースキャスターの声をかき消すように車内放送が流れた。


『都営地下鉄中央線をご利用頂きありがとうございます。まもなく終点国会議事堂前です。お荷物をお忘れの無いようお願い申し上げます。お気を付けてご登庁ください。終点国会議事堂前です。』


 しばらくして車内が明るくなった。地上に出たのだ。窓からは東京湾が臨める。太陽光を反射してキラキラと青く光るその地平線には、違和感しかない灰色の大小様々な塔が立ち連なっている。まるで巨大な墓場のように見えるそれは人類の生活を支える防衛設備、電波灯台ハートポイントだ。海の中にあってはまさしく灯台である。最大高さ1キロもあるそれは、陸からも充分に確認できる。源はその様子をまじまじと眺めていたが、他の乗客たちはまるで興味を示さなかった。彼らにとっては通勤途中の1風景に過ぎないのだろう。だがその美しい風景はすぐに遮られた。駅のホームに入ったのだ。源は他の乗客たちと共に駅のホームに降りた。


 つい最近改修したばかりの国会議事堂前駅は、最新の設備がふんだんに盛り込まれていた。目的地である衛生環境庁の最寄り出口に向かう間、天井に出現するホログラムが、様々な広告を流していた。中でも本土守備隊の広告は目を引いた。まるで歴史の教科書に出てくるような旧時代然としたデザインで、旧日本軍を彷彿とさせる軍服に身を包んだ若い将校がこちらを指差している。ホログラムだからというのはあるが、明らかに周りから浮いていた。


 動く歩道に乗って道のりを大幅にショートカットすると、議事堂前の大通りに出た。この通りに庁舎が集中しており、特に第三次大戦後にできた省庁が多い。源は人混みをかき分けるようにして進んだ。通勤時間とかぶっていたので特に人が多い。そしてその半分は外国人だった。東京は今ではアジア1の大都市であり、アジアでの復興事業の中心地として大いに栄えた。それは今でも続いており、世間では第二次高度経済成長期とも呼ばれている。


「あ、おい!」


 不意に声がした。どうやら源に向けられたものらしい。


「おい、源。ちょっと待てって」


 そう言って源の肩を後ろから声の主は掴んだ。源が振り返ると、守備隊の軍服に身を包んだ将校がこちらを見て笑いかけている。


「随分ひさしぶりだな、源。どうだ、びっくりしただろ?」


「えっと、ごめん。俺今記憶が……」


「ああ、そうだったな。いやまてよ、じゃあ俺のことも忘れてるのか?」


「…残念ながら」


 それを聞いて将校はがっくりとうなだれた。


「えっと、ここだと邪魔になるから端に寄らない?あんまり時間ないけど」


 大体5分くらいで切り上げないと遅刻してしまう。将校は源の言葉にうなずき移動した。


「じゃあまずは自己紹介だな。俺は神田明、自衛隊でお前と同部屋だった。しかしお前、口調までまるっきり変わってるんだな。別人みたいだ。」


「元はどんな口調だった?」


「何というか、斜に構えたような感じだったな。まあそれがお前らしかったんだけど」


「…そうなんだ」


 何だか以前の自分が心配になってきた。


「こんなに変わってて何だか申し訳ないな」


「まああんなことになって無事で済むわけないんだし。生きてるだけましだろ。……あっ」


 神田は不意に口をつぐんだ。まるで不謹慎な何かを言ってしまったみたいだ。一体何が気にかかったのか源は気になった。


「どうした?なんで途中で話を止めるんだよ」


「いや、これはこんな場所で俺が言うべきじゃない。自分で確かめてくれ、すまない」


 と、どこか聞き覚えのある事を言って謝った。そうだ、昨日長官がエレベーターの中で言ったことと同じだ。確かあの時、なにかの記録のアクセス権を貰ったはずだ。


「源、俺はもう行くけど、何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれよ。じゃあな」


 神田はそう言って人混みの中に消えていった。急いでいる様子はなかったが、気まずそうだった。


 また源は人の波にもまれながら、やっとの思いで衛生環境庁の前にたどり着いた。源は何回も踏まれた足先をかばいながら、正面入り口の自動ドアを通過した。


 中は驚くほど静かだった。地球防衛省とは比べ物にならないほど小さなエントランスホールには、受付以外に人影はなく、閑散としていた。だが、そんな空間にひときわ目を引くものがあった。巨大な骨格標本である。その標本は天井から吊り下げられていて、周囲を威圧していた。その骨格はところどころ奇妙な部分があり、例えば、どう見ても哺乳類の骨格なのに足が6本あった。まるで宇宙人の様にも見えた。源はその標本に気を取られながらも受付に向かった。


「元自衛隊三等空佐の源王城です。処理科、特殊処理班の場所を知りたいのですが」


「特殊処理班ですか?少々お待ちください」


 受付は源をチラチラ見ながらタッチパネルを操作していた。どうやら疑われているらしい。恐らく源と同じようにしてここを訪れる人はあまりいないのだろう。源が初めての可能性もある。


「確認しました、源様ですね。処理科は29階になります。そちらのエレベーターをお使いくだい」


 どうやら身元の確認が済んだようである。源は受付の案内に従ってエレベーターに乗り込んだ。当然と言えば当然だが、地球防衛省のものよりずいぶん狭かった。室内にはインテリアなどは一切なく、その内装は旧市街地の設備を彷彿とさせた。


 29階はこの庁舎の実質的な最上階だ。本当の最上階である30階は改修中だからだ。現場入り口の液晶モニターには『庁舎の規模縮小に伴う屋上緑地化について』と表示されていた。


 源がフロアに入ると、入り口近くの職員が一斉にこちらを見た。何やら小声で囁きあっている。そんなに来客は珍しいのだろうか。源は真っ直ぐその中を進んだ。途中で曲がると、その先には特殊処理班と書かれた扉が見えた。なぜかその一角だけぽっかりとスペースが空いている。他の職員たちから避けられているようだった。源が扉の前まで来ると、後ろの職員たちの話す声が大きくなった。


「おい、あいつ特殊処理の前まで来たぞ」


「まじかよ、また増えるのか?」


「勘弁してくれよ、安心して仕事が出来やしない」


 源はそれらの声を無視して扉の横についているインターホンを押した。するとすぐに扉が開き、どこからか声がした。


「時間通りだな、源君。もう他の面々は待機している。さあ、入りなさい」


 恐らく東雲班長だろう。源は唾をごくりと飲み込むと、その中に足を踏み入れた。


 ついに新しい仲間たちと対面だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る