前章

怪獣特殊処理班

東京には二つ都市機能がある。一つは旧国会議事堂、もう一つは皇居地下である。そして、地球防衛省庁舎は旧国会議事堂に建てられている。

「ここが地球防衛省…」

 自衛隊の制服に身を包んだ若い男は、山のようにそびえたつ庁舎を前にしてそう呟いた。彼はしばらく立ち止まっていたが、意を決すると、正面玄関に伸びる、長い階段に足を掛けた。

「あの、人事部に面会の用事があるのですが」

 やっとのことで階段を登り終えたその男は、とても室内とは思えない広さのエントランスホールで、受付嬢にそう話しかけた。

「お名前をお聞きしても?」

 受付嬢は男の服装をちらっと見るとタッチパネルを立ち上げた。

「源、源王城です。王様の王に城でオウジです」

「源王城3等空佐ですね?」

 受付嬢は慣れた手つきでタッチパネルを操ると、何やらリストをスクロールした。しばらくすると、不意に受付嬢がにっこり笑った。

「150階、長官執務室で出羽長官主席がお待ちです」

「ありがとうございます」

 源は礼を言うと、その場を立ち去ろうとした。すると後ろから、

「おめでとうございます」

 と言う声が聞こえた。源はその言葉の意味を図りかねたので、曖昧な返事をしておいた。

 来客用のエレベーターは空いていた。車2台ぐらいだったら簡単に入ってしまうような大きなエレベーターだった。そんな空間に源は一人だった。源は何故か胸が苦しくなったが、その理由は先ほどの受付嬢の言葉と同じで思い当たる節もなく、その答えは分からなかった。

 しばらくして、いや、1分弱ほどでエレベーターは150階に到着した。来客用に速度が抑えられているからというのもあるが、やけに長く感じた。

 エレベーターから降りた先は、これまた受付だった。こんどは男の受付に自分の名前と要件を伝えた。

「源王城様…A級案件ですね。すぐご案内します」

 男は少し驚いた様子だった。源が案内されたのはある扉の前だった。横のパネルには今では珍しい手書きの文字で、長官執務室と書かれている。毛筆で書かれているためか、迫力がある。

 源が扉をノックすると、カチッという音がして、引き戸が少し空いた。

(自分で開けろってことか)

 源がドアをスライドさせると、中に入った。ちょうど引き戸のところにホログラムが投影されており、中の様子は室内でないと分からないようになっていた。

「み、源王城三等空佐です」

 源は少しどもりながら自らの名前と所属を名乗った。その源の視線の先には、恰幅の良い中年男性が座っていた。ただ、普通の中年男性と違う点があるとすれば、それは目である。彼、出羽長官の目は鋭く、そして冷静だった。その目は少しの揺らぎもなく源を見据えていた。

「源三佐、なぜ君がここに呼ばれたかわかるか?」

「は、小官の適・合・率・というのが通常よりはるかに高かったからと……」

「そうだ。時に源三佐、君は怪獣の駆除方法を知っているな?」

「電波灯台ハートポイントと地対獣ミサイルの併用による燃焼駆除、でありますか?」

 長官はここで初めて源から目を離した。源はふうと肩の力を少し抜いた。

「それは表向きだ。本当の駆除方法は、いや、最終的な駆除方法は別にある」

(それは初耳だ)

 恐らく機密情報らしかった。

「といいますと?」

「怪獣のコアを人間の念波によって破壊するのだ。浄化、と呼ばれている」

「浄化、ですか…」

 源はいまいちピンとこない様子である。長官はそれを察したのか、言葉を継いだ。

「浄化には人間の念波が必要だ。そして、それはごく一部の人間しか持っていない。具体的には、適合率という数値で表せる」

 最後の言葉を聞いて源ははっとした。

「もしかして、小官にその『浄化』を?」

「そうだ、すでに手配してある」

 その言葉とともに部屋を覆っていたホログラムが解け、この部屋が実際にはさらに広いことが分かった。そして、ホログラムの外側には、長官の横に一人の男が立っていた。

「彼は東雲侑、浄化を専門とする怪獣特殊処理班の班長をしている。君の新たな上司だ。」

「改めて、怪獣特殊処理班班長、東雲侑だ。これからよろしく頼む」

 東雲はそう言って源を見た。長官に負けず劣らずの鋭い目だ。源は長官に向き直った。

「ですが長官…」

「すでに自衛隊からは名誉除隊扱いにした。それに、君の失った記憶というのも、この仕事に着けばそれが戻るのは時間の問題だろう。」

 すでに選択の余地は無いらしかった。

(記憶が戻る、か。)

 源はついに腹をくくった。

「源王城、拝命いたします」

「そうか、では本題だ」

 長官は源がそう答えるのを分かっていたかのようだった。そしてこう尋ねた。

「人は殺せるか?」

「人、ですか」

 源は唐突なその質問に戸惑った。

「やむを得ない状況であれば…」

「そうだ、やむを得ない状況、危機的な局面においては、殺人は正当化できる。それは怪獣駆除においても同じだ。」

 長官は一枚の写真を空中に映し出した。写真には犬らしき巨大な生物の砕けた頭部と、その中にある明らかな異物、灰色の球があった。

「これが本物のコアだ。コアなどとややこしい言い方をしているが、要するに脳のことだ」

「これを破壊する」

 東雲が言葉を継いだ。

「この中には怪獣本体の意識と共にベースとなった生物の意識も含まれる。意識は複雑に混ざり合っているからまとめて浄化するしかない。そして…」

 東雲の言葉でもう一枚写真が浮かび上がった。それは顔や体が醜く変形した人間の姿だった。長官は言った。

「これらは怪人と呼ばれるものだ。確率は非常に低いが稀に人間が怪獣になる。」

「私たちは怪人も浄化しなければならない」

「…つまりその人の意識を破壊するってことですか?」

「浄化の前に昏睡状態にさせるが、…まあそうだ」

 東雲は言いにくそうに言った。冷酷そうな印象なのにそういったところは敏感なようだった。

「改めて問おう。君は人を殺せるか?」

 長官はまた僕の目を見据えて言った。源は何やら品定めされているような気分になった。

「それは…」

 源は写真を見て答えに詰まった。怪獣はともかく、怪人となった人たちの様子はとても痛々しかった。

(僕にこの人たちを殺せるのか?)

 無理だ、と源は思った。これには何の正当な理由がない、ただの人殺しだ。

「言い忘れていたが、この怪人を浄化しないと怪獣は周囲の人間に伝播する。すると人々はたちまち理性を失い、人間を無差別に襲い始める。もちろん自分自身もだ」

 長官の発言に源は揺れた。理由はあった。だが倫理観や道徳は無かった。これは自衛隊でも同じだ。確か僕は自衛隊でも同じ悩みを抱えていたのだ。そしてその答えはすでに過去の自分がだしていた。

「……殺せます」

「それでいい」

 長官は立ち上がった。

「早速君には試験を受けてもらう」

「試験、ですか?」

「君の力を見たいのだ」

 こうして源は庁舎の地下66階に向かった。

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