25. これが精霊使いとの違いよ!

「あらいんちゃん、早速男漁りしてるの?」

「あれって確かヴァルキュリアの……やっぱり良い職業に就いていれば遊び放題なんだね……汚らわしい」

「おねーちゃん、その人かれし?いいなー」


 家から出てくる人が、すれ違う人が、近所の子どもが、いんを見つけるたびに、彼女の職業を羨み、やっかみの言葉を投げかけてくる。


「違う!違う違う違う違う!私はそんなんじゃない!私は!私は!」

「こっちだよ!」


 その度にパニックになりそうになるいんの手を強引に引き、誰も居ない方向へと駆けて行く。


「(誰も居なかったのに、いつの間にかどんどん魔物が増えてくる)」


 最初はいんの知り合いご近所さんがレッサーデーモンと化した。

 しかし住宅街を逃げていると、見知らぬ通行人から不躾な視線で見つめられ、自分勝手な暴言を吐きながらその姿をレッサーデーモンへと変化させて襲ってくる。


「(何故かしっかり追ってこないけど、猪呂いろさんを精神的に追い詰めるのを優先しているからなのかな)」


 レッサーデーモンは身体能力が高く、全力で走って追いかけてきたらダイヤ達にすぐに追いつくだろう。だがレッサーデーモンは走ろうとせず、ゆっくりと歩いて迫ってくるだけ。おかげで逃げられてはいるが、街中に徐々にレッサーデーモンが増えてきていることを考えると、いずれ逃げ場所が無くなってしまうかもしれない。


「(いつまでも逃げているだけじゃダメだ。レッサーデーモンのこともそうだけど、猪呂いろさんも限界っぽいし)」


 今はどうにかダイヤに引っ張られながら走ってくれているが、精神的に追い詰められ続けたいんは今にも足を止めて崩れ落ちそうな表情をしている。


「(気の利いた言葉の一つでもかけてあげたいところだけど、それはこの状況を乗り越えてからだ)」


 中途半端に慰めの言葉をかけて失敗し、逆効果にでもなってしまったらいんは全てを諦めて絶望してしまうかもしれない。そもそも何故こんな風にいんが責められているのかも分かっていないのだ。行き当たりばったりではなく、真摯に彼女の心に向き合わなければならないとダイヤは考え、まずは落ち着いてその向き合える状況を作り出すことが最優先だと判断した。


「あっちだよ!」


 レッサーデーモンの影が見えなくなったところで土手に突き当たったので、その上に登った。

 土手には遊歩道が整備されていて、土手の下には小さな河川敷がありその向こうに幅の広い大きな川が流れていた。


「ふぅ……ここには誰もいないみたい」


 見晴らしが良く見つかりやすい場所ではあるが、今のところ魔物の気配は感じられない。

 どうせレッサーデーモンは積極的に追ってこないのだから、見つかったとしてもここまで来るには時間がかかるだろう。それに見晴らしの良い場所は精神的に参っているいんにとって少しは気分転換になるかもしれない。


「少し歩こうか」

「…………ええ」


 まだ顔色は悪いが、返事をしてくれる余裕はあるらしい。


「…………」

「…………」


 いつものように茶化して元気になってもらおうか。

 それとも何が起きているのかを確認するべきか。


 沈黙の中でダイヤは高速で思考を巡らせる。


 そうして出した結論は。


猪呂いろさんは何の武器が得意なの」

「え?」


 戦闘に関する話だった。


 てっきり街の人の話を聞かれるのだと思っていたのだろう。

 予想外の話にいんは少し驚いたが、すぐに納得した。


 これから魔物と戦わなければならないのに、パートナーの戦い方を全く知らないなど話にならないからだ。


「強いてあげるならランスかしら」

「そういえば沼地ではランスを使ってたね。他の武器もやっぱり全部使えるの?」

「……ええ」


 ヴァルキュリアの特徴はあらゆる武器を使いこなせるということ。

 剣や槍などのメジャーな武器から、けん玉やフライパンなどといったネタ武器まで、武器にカテゴライズされるものなら何でも扱える。もちろんそれぞれの武器に応じたスキルも沢山覚えることが出来るのだ。


「ランスを選んだ理由は?」

「初心者はランスを選ぶべきでしょう?」

「好みとかじゃなかったんだね」

「当然よ。今の自分に何がふさわしいかで選ばなきゃ」


 初心者の間は一番扱いやすいと言われている槍を選び、慣れてきたら他の武器を選ぶつもりなのだろう。


「ちなみにスキルレベルとか聞いて良い?」

「構わないけれど、とても多いわよ」

「あ~上位のだけで」


 レベル一で使ってない武器のスキルが山ほどあり、全部を伝えるのは時間がかかりすぎる。

 今はひとまず高レベルのスキルを確認しておくことにした。


「槍スキルが六、剣スキルが三、鞭スキルが二、薙刀スキルが二、スラッシュが六、スラストが六。後は個別の技スキルね」

「……高すぎない?」


 個人のレベルに上限は無いが、スキルレベルの上限は十だ。


 基本技スキルのスラッシュやスラスト等のレベルが五になると、技の精度が高まり命中率や威力が高まると同時にもたつくことなく自然に攻撃動作を完遂出来るようになる。レベル十になると達人級だ。


 そして武器スキルが基本技スキルよりも上になると、その武器でならば意識せずに基本技スキルを放つことが出来る。毎回『スラッシュ』『スラッシュ』と叫ぶ必要も、一振りするごとに『スラッシュ』を発動する必要もなくなる。しかも『スラッシュ』と『スラッシュ』の間の繋ぎの動作も武器スキルのレベルが上だとスムーズに出来るようになる。


 あくまでも基本技スキルは単発の攻撃動作を補助するスキルであり、武器スキルはその武器を使いこなすためのスキルなのだ。


 その武器スキルも共通技スキルも初心者であるにも関わらず五を超えている。

 たった二週間近くでそこまで成長させたということだろう。

 ヴァルキュリアという職の補正はそれほど大きく、他の人が羨むのも仕方のない話であろう。


「それなりに努力したからね」


 だがいくらヴァルキュリアとは言え、何もしなければスキルレベルは上がらない。

 武器を使う練習をし、魔物を倒してレベルを上げようと努力したからこそ、短期間でレベル六にまで到達したのだ。


「もしかして女王様プレイとか好きなの?僕SMはちょっと……」

「違うわよ!遠距離攻撃だから鞭も便利かなって思って試しただけ!なんなら棘付き鞭であんたの身体を引き裂いてやりましょうか!?」

「わぁお、こわーい」


 鞭のレベルが二になっていることを茶化したら、いんは真っ赤になって反論した。

 話をしている間に、ダメージを負っていた気持ちが回復してきたのかもしれない。


「あんたは格闘しか出来ないの?」

「うん」

「はぁ……なら私がやるしかないのね」


 鋭く長い爪を持つレッサーデーモンを相手にするならば、こちらもリーチのある武器で対応すべきだ。腕ぐらいならスパっと斬ってしまいそうな爪の攻撃範囲に入るなど愚の骨頂。となると戦えるのは武器を扱えるいんだけだ。


「僕も戦えるよ?」

「どうせまた無茶するのでしょう。止めなさい。今度こそ本当に死ぬわよ」


 精神攻撃でいんの気持ちは揺さぶられ続けた。

 しかしダイヤを死なせるわけにはいかないという気持ちが彼女を奮い立たせ、気力が戻ってきた。


猪呂いろさんこそ無茶しないでね」

「あなたと違って私は慎重だから平気よ」

「(だと良いんだけど……)」


 本来のいんであればその言葉を信じただろう。

 しかし今は命の危機と精神攻撃の両面で心がダメージを負っている状況だ。回復傾向にあるとはいえ、まだ心が脆く不安定で何が起きるか分からない。いんの空元気を鵜吞みには出来なかった。


「(僕がサポートしなきゃ)」


 相手を死なせたくないのはお互い様。

 たとえいんが戦うなと言おうとも、いざという時には戦いに割って入る気満々であった。


「あ」


 いんが小さく声を上げた。

 前から一人の老人男性がゆっくりと歩いてくることに気が付いたからだ。


 先ほどまでは居なかったので、まさしく魔物のように突然出現したのだろう。


「戦おう」

「え?」


 先ほどスキルレベルの確認をしたが、戦うのはもっと追い詰められてからだといんは思い込んでいた。周囲にはまだ逃げる場所が沢山あり、今はまだ戦う時ではないのだと。


「ここは他に敵がいないし広くて戦いやすい」

「で、でも逃げられるのに不必要に戦う必要はないわ」

「いつまでも逃げてばかりが通用すると本気で思ってる?」

「…………」


 いずれ街中にレッサーデーモンが満ちて、逃げ道が無くなった時には多数の魔物に囲まれているなんて可能性もありえるのだ。生き残るためにもここで戦い、どうすれば撃破できるのかを把握しなければならない。


「やっぱり僕が戦うよ」


 逃げ腰のいんはまだ戦う覚悟が出来ていない。

 そんな人間が戦ったとしても結果は見えている。


「いいえ、私がやるわ」

「ダメだって」

「自分が情けないのは分かってる!でも、それでもあんたを前にはやれないもの!」

猪呂いろさん……」


 いんに残された立ち上がれる理由は、最早ダイヤを守りたいという気持ちしかなかった。

 それすらも否定されてしまったのならば、身動き取れずこのままここで朽ちてしまうだけ。


 震えを強引に抑え込むかのように、いんは腰に下げたポーチから勢い良くランスを取り出し構えた。

 どうやらそのポーチはダイヤが持っている小箱と同じようにアイテムボックス的なものらしい。


「さあ来なさい!」


 そして強引にダイヤを押しのけて前に出て、老人にランスの先を向けるのであった。

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