魔力
第21話
リックは自分の置かれている状況を、今一つ把握しきれていなかった。
朝、いつものように勉強道具の入ったカバンを持ち、ついでに母から託された荷物を持った。
託されたのは、父、フランクの着替え。
昨夜フランクは家に戻らなかった。
城で何かあるとフランクは城に泊った。
リックは父親に着替えを運ぶ為に城に向かった。
門番に着替えを渡し、急ぎ足でアーシャの店に行った。
そこで今日は休みだ、という張り紙を見た。
いつもより遅くなったからアーシャはきっと心配しているだろう、と思っていたので、がっかりだった。
店の前で本を開き、アーシャの帰りを待った。
休みだと書いてあるし、いつ戻ると書いては無いが、戻って来た時に、おかえりなさい、と言いたかったから。
が、来るのは子どもばかり。
リックはまだ字が読めない子ども達に、今日は休みだ、と教えながら、待った。
が、アーシャは戻らない。
子どもの姿もなくなったので、家に帰ろうと踵を返した。
昼からまた来ればいい。
そして新しい事を教えてもらおう。
と、向こうから女の子が走ってきた。
リックは目を丸くした。
「キャシー?」
その子の顔に見覚えがあった。
でもその顔は、涙でくしゃくしゃだった。
キャシーらしき子はリックに目もくれず、アーシャの店の戸のノブをがちゃがちゃと回した。
リックは女の子を観察した。
スカートが短い。
ふくらはぎまで隠すはずのスカートは、膝を丸ごと見せている。
上着の袖も、まだ肌寒いのに肘までしかない。
身頃も窮屈そうで、明らかにサイズが小さい。
足は裸足。
一体どういう事なんだろう?
本当にこの子はキャシーなのか?
女の子は戸をどんどんと叩いた。
「アーシャ、開けて!お願い!!アーシャっ!!」
女の子は泣きながら戸を叩く。
リックは戸を叩く音に我に帰ると、女の子の手を掴んだ。
「アーシャは城だ。張り紙があるだろう?」
女の子はリックの言葉に、初めて張り紙に気付いたようだった。
「ぁ………どしよ………」
女の子は、ぽろぽろ涙をこぼした。
「どしよ………も………わかんなぃ……うぅ~~」
リックは掴んでいた手を放して、ポケットからハンカチを出した。
女の子の前に差し出したが、彼女は目を閉じて泣いているので気付かない。
唇を噛み、その手はスカートを掴んでいる。
リックは途方に暮れた。
まるで僕が泣かせているようだ、と思う。
「泣くなよ」
リックは女の子の腕を掴んで、自分に意識を向けさせた。
女の子は目を開けた。
あぁ、やっぱりキャシーだ。
リックは確信した。
こんな髪型で、こんな瞳の子を、リックは他に知らない。
「キャシー、一体どうした?その髪は?薬を飲まなかったのか?」
キャシーの髪は、ストロベリーソフトクリームのように渦巻いていた。
酷い癖毛だというその姿をリックが見たのは久しぶり。
小さな頃はともかく、2年程前からキャシーはこの髪形が恥ずかしくてたまらなくなったらしい。
だから、こんな昼近い時間にこの髪型のまま外に出るなんてない、はずだった。
アーシャから薬を買い忘れたんだろうか?
それに、もう一つ。
いつものキャシーとは、全く、全然、違う所があった。
だからこそ、キャシーだ、と確信が持てなかった。
が、それを聞くのは躊躇われた。
だからリックはワザとその事は聞かなかった。
「の……んだ…」
キャシーは喉から声を絞り出した。
「飲んだ?なのに髪が下りなかったのか?」
アーシャの薬が効かなくなったって事?
リックは、あり得ない事だ、と思いながらまた聞いた。
キャシーは頭を振る。
「下りたけど、また戻ったって事か?」
キャシーは頷く。
という事はやっぱり。
「アーシャの薬の効き目が薄かったのか」
リックの呟きにキャシーが頭を振る。
「ちがっ………ぁたっ……あたしがっ…」
キャシーの目からまた、新しい涙があふれ出す。
「あぁ、分かった。泣くな。頼むから、僕がいじめているようだろう?」
リックの頼みにもキャシーは頭を振った。
それがリックにいじめられていない、という意思表示であっても、リックには何の助けにもならない。
問題は他人にどう見られるかなんだ。
それをキャシーは分かっていない。
リックは辺りを見回した。
誰もいない。
が、いずれ誰か来るだろう。
とにかく、だ。
アーシャは城にいる。
城に行くには町の真ん中を歩いて行かなければならない。
でもそれは難しい。
キャシーはこの髪型で町の中を歩きたくないだろうし、僕だって泣いてるキャシーと一緒に歩くなんて、嫌だ。
と、すると。
「キャシー、森に行こう。森にはアーシャの家がある。僕達にアーシャの家は見つけられないけど、アーシャは僕達を見つけられる。だから森に行こう」
キャシーは頷いた。
リックはカバンから筆入れを出し、羽根ペンの先を舐めて、張り紙の下の方に自分の名とキャシーと森に行く、と書いた。
それからリックはキャシーにハンカチを渡すと反対の手を引いて、町と反対の方向に歩き出した。
キャシーは森に入っても泣きっぱなしだった。
リックはある程度中に入った所で足を止めた。
うろうろしても疲れるだけ。
後はアーシャに見つけてもらうしかない。
アーシャの用事が大変なモノで遅くなるようなら、森を出た方がいい。
夕方まで待って、暗くなる前には一度アーシャの店に戻る。
その後、キャシーを家に送って行って、そのまま城に行くのも悪くない。
リックは森に入るまでに、そこまで決めていた。
母様が心配するかもしれないが、事情を話せば分かってくれると思う。
自分の目の前で泣いている女の子を放って行くような事は、すべきじゃない。
少なくともリックはそう思う。
「キャシー、ここでアーシャを待っていよう。ほら、そこに座って」
キャシーはぐすぐすと鼻をすすりながら、リックが示した切り株に座った。
リックは少し離れた切り株に座って、改めてキャシーを見た。
キャシーは俯いたまま、ハンカチを握りしめ、時折目元を拭いている。
まだ涙は出ているようだけれど、だいぶ落ち着いたようだ。
リックは思い切って声をかけた。
「キャシー、僕にはさっぱり分からない」
キャシーは顔を上げ、真っ赤な目をリックに向けた。
「これはどういう事だ?何があった?どうしてそんな事になっているんだ?」
キャシーは口をひん曲げた。
「ぁ、えっと、話したくないよな?それは分かる。でも僕としては、その、教えてもらってもいいと思うんだ」
リックは慌てて言い足した。
キャシーは頷いて、何度か深呼吸をした。
「ぁのね………ママとケンカしたの………」
キャシーは一生懸命、といった様子で話し始めた。
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